拮抗
グレイグが、一歩を踏み出した。
《クストス》を前へ。
右手の大剣は、盾の陰に隠すように構えている。
ゴートーは《犀嶽》を握り直した。
先に動いたのは、グレイグだった。
盾を突き出しながら間合いを詰める。
ゴートーは《犀嶽》を振り下ろした。
ガァンッ!
重い衝撃が、二人の腕を伝う。
グレイグの足が僅かに沈んだ。
だが、盾は下がらない。
そのまま大剣を横へ振るう。
「……ぬっ!」
ゴートーが《犀嶽》を引き戻した。
ギィンッ!
刃が噛み合う。
グレイグは剣を押しつけたまま、盾を動かした。
《クストス》の縁が、ゴートーの胸元へ迫る。
しかし。
ドンッ!
ゴートーが足を踏み鳴らした。
「《地鎮》!」
足元の石畳が震える。
グレイグの踏み込みが、僅かに乱れた。
その隙に、ゴートーは身体を捻る。
《犀嶽》を横へ振り抜いた。
「……っ!」
グレイグが盾を戻す。
ガァァンッ!
凄まじい衝撃。
《クストス》が押し込まれ、グレイグの足が半歩下がった。
ゴートーは追撃する。
大剣を引き戻し、今度は頭上から叩きつけた。
だが。
「……甘い!」
グレイグが盾を傾けた。
《犀嶽》の刃が滑る。
そのまま身体を回し、大剣を振るった。
ザシュッ!
「……ぐっ!」
ゴートーの右肩に、新たな傷が走った。
鮮血が散る。
しかし、ゴートーは退かない。
《犀嶽》の柄を持ち上げ、グレイグの剣を押し返した。
そして、肩からぶつかる。
ドンッ!
「……ぬぅっ!」
グレイグの身体が揺れた。
盾を差し込もうとする。
だが、ゴートーはその動きを読んでいた。
左足を引き、盾の縁を躱す。
そのまま《犀嶽》を振り上げた。
「《犀絶》!」
巨剣が唸る。
グレイグは咄嗟に盾を構えた。
「第一継承技――《鉄壁》!」
ドゴォォンッ!
衝撃が石畳を砕いた。
グレイグの膝が沈む。
左腕に、凄まじい負荷がかかった。
カタカタカタッ!
《クストス》を握る指が震える。
それでも、盾は崩れなかった。
「……ふんっ!」
グレイグが押し返す。
《犀嶽》が弾かれた。
その瞬間。
グレイグの右手が動く。
「第二継承技――《断閃》!」
鋭い一閃。
ゴートーは《犀嶽》を引き戻した。
ギィィンッ!
刃が激突する。
だが、完全には受け止められない。
ザシュッ!
「……ぐっ!」
ゴートーの脇腹を、刃が掠めた。
巨体が後退する。
一歩。
二歩。
ゴートーは《犀嶽》を石畳へ突き立て、どうにか踏み止まった。
「……はぁっ……!」
荒い呼吸。
肩から血が滴る。
脇腹の傷も、再び開いていた。
グレイグもまた、肩で息をしている。
右肩の傷が疼く。
盾を握る左手は、先ほどよりも強く震えていた。
それでも。
両者の構えは崩れない。
「……やるな」
グレイグが言った。
「《鉄壁》を、ここまで押し込まれるとは思わなかった」
「…………」
ゴートーは答えない。
ただ、ゆっくりと《犀嶽》を引き抜いた。
そして。
その切っ先を、地面へ向ける。
「……これで決める」
低い声。
グレイグの目が細くなった。
ゴートーは大剣を身体の右側へ引いた。
両手で柄を握り、腰を深く落とす。
先ほどまでの構えとは違う。
切っ先は低く。
身体は前へ。
まるで、突進する獣のようだった。
(……突きか)
グレイグは盾を構え直した。
だが、ただの突きではない。
ゴートーの足元。
石畳に、細かな亀裂が走り始めていた。
全身を巡る魔力が、徐々に脚へ集まっていく。
肩。
背中。
腰。
そして、両腕。
巨体が、僅かに沈んだ。
「…………」
グレイグは静かに息を吐いた。
《クストス》を身体の正面へ。
右手の大剣を、その陰へ隠す。
そして、腰を落とした。
「……よかろう」
左手が震える。
カタカタ……。
金具が小さく鳴った。
だが、グレイグは気に留めない。
「私も、全力で応えよう」
ゴートーが頷いた。
互いの視線が交わる。
そして。
「……《犀震》!」
ドンッ!
ゴートーが踏み込んだ。
石畳が爆ぜる。
巨体が、一気に加速した。
《犀嶽》の切っ先が、一直線にグレイグへ迫る。
狙いは胸。
ただ、それだけ。
軌道を変えることも。
相手を惑わせることもない。
全身の力を、一点へ。
踏み込み。
腰の回転。
両腕の押し出し。
そのすべてを、刃の先端へ集めた。
一撃必殺。
受け損なえば、盾ごと身体を貫かれる。
グレイグは、その威力を瞬時に理解した。
そして。
退かなかった。
「第三継承技――」
《クストス》を前へ突き出す。
「《攻城》!」
ガァァァンッ!
《犀嶽》の切っ先が、盾へ激突した。
衝撃が、グレイグの全身を駆け抜ける。
「……ぐぅっ!」
左腕が軋む。
足元の石畳が砕けた。
だが、グレイグは止まらない。
盾を斜めに傾け、切っ先を中心から僅かに逸らす。
そして。
自ら踏み込んだ。
「……っ!」
ゴートーの目が見開かれる。
《犀嶽》を受けながら。
その威力を逃がしながら。
グレイグが前へ出てくる。
《クストス》の縁が、ゴートーの左肩へ迫った。
だが。
「……ぬぅっ!」
ゴートーも退かなかった。
《犀嶽》をさらに押し込む。
盾の角度が変わろうとも、強引に切っ先を戻そうとする。
ギギギギッ!
金属が悲鳴を上げた。
グレイグの盾が軋む。
ゴートーの両腕が震える。
互いの足元で、石畳が砕けていく。
「……おおおおっ!」
ゴートーが吠えた。
魔力が、全身を駆け巡る。
《犀嶽》が、僅かに前へ進む。
だが。
「……まだだ!」
グレイグが踏み込んだ。
《クストス》が押し返す。
盾の縁が、ゴートーの肩へ近づく。
同時に、右手の大剣が盾の陰から動き始めた。
守りながら、攻める。
攻めながら、守る。
その二つを、ひとつの動作へ。
ゴートーの一撃を受け止めながら、グレイグは反撃の間合いへ入ろうとしていた。
しかし。
ゴートーも、それを許さない。
「……ふんっ!」
右足を、さらに踏み込んだ。
《犀嶽》の切っ先が、盾の表面を削る。
グレイグの左腕が沈む。
その一瞬。
ゴートーが剣を押し込んだ。
「……っ!」
グレイグの身体が、僅かに揺れた。
だが、倒れない。
盾を引かない。
右足を前へ。
左足を、その後ろへ。
ゴートーの突進を受けながら、なお前進する。
「……ぐぅぅっ!」
グレイグの歯が軋む。
左手の震えが、激しさを増した。
それでも。
《クストス》は下がらなかった。
ゴートーもまた、《犀嶽》を引かない。
二人の巨体が、真正面からぶつかり合う。
押す。
押し返す。
また押し込む。
どちらも、一歩たりとも退こうとしなかった。
そして。
ギィィィンッ!
《犀嶽》の切っ先が、盾の縁へ滑った。
グレイグの右手が動く。
大剣が、盾の陰から現れた。
狙いは、ゴートーの首元。
同時に。
ゴートーは《犀嶽》を押し込みながら、身体をさらに前へ倒した。
切っ先が、グレイグの胸元へ迫る。
どちらも、止まらない。
どちらも、引かない。
そのときだった。
「…………」
ゴートーの身体が、僅かに揺れた。
踏み込みに使った脚が、ふらつく。
右膝が沈みかける。
だが、ゴートーは《犀嶽》を引かなかった。
そのまま、踏み止まる。
そして。
「…………?」
何かに気づいた。
視線が、僅かに動く。
戦場のどこか。
いや。
もっと近く。
肌に触れる空気の中に、何かが混じったような。
ゴートーは、ゆっくりと顔を上げた。
その口角が、僅かに上がる。
「……そうか」
小さな呟き。
グレイグもまた、異変を感じ取っていた。
「……っ!」
盾を押し出したまま、目を細める。
何かがいる。
いや、何かが起きようとしている。
その気配だけが、確かに伝わってくる。
(……何だ、この感覚は)
グレイグは《クストス》を握る左手に、さらに力を込めた。
右手の大剣を引き寄せる。
攻撃を続けるべきか。
距離を取るべきか。
判断がつかない。
だが、警戒だけは緩めなかった。
対するゴートーは。
「…………」
口角を上げたまま、グレイグを見据えている。
その表情には、先ほどまでの険しさがなかった。
グレイグは、さらに腰を落とした。
盾を前へ。
剣を構える。
ゴートーもまた、《犀嶽》を握り直した。
二人は、互いから目を逸らさない。
しかし。
その意識は、もはや目の前の相手だけに向けられてはいなかった。
◇ ◇ ◇




