震える剣戟
◇ ◇ ◇
ガァァンッ!
二振りの大剣が激突した。
凄まじい衝撃が、石畳を震わせる。
「……ぬぅっ!」
ゴートーが踏み込んだ。
魔力の巡る両腕に力を込め、《犀嶽》を押し込む。
対するグレイグも、一歩たりとも退かない。
「……ふんっ!」
互いの剣が軋む。
刃と刃の間で、火花が散った。
次の瞬間。
ゴートーが力を抜いた。
「……っ!」
拮抗していた圧力が消え、グレイグの剣が僅かに流れる。
その隙に、ゴートーは《犀嶽》を引き戻した。
そして、横薙ぎ。
グレイグの胴を狙う。
ガギィンッ!
《クストス》が、その一撃を受け止めた。
だが。
「……ぐっ!」
グレイグの足が滑る。
盾越しに伝わる衝撃。
石畳を踏み締めた靴底が、僅かに後退した。
「……まだだ!」
ゴートーが追撃する。
大剣を振り上げ、今度は頭上から叩きつけた。
グレイグは盾を持ち上げる。
ドゴォンッ!
重い衝撃。
《クストス》が大きく沈んだ。
その瞬間。
ゴートーの右足が、石畳を踏み抜いた。
「《地鎮》!」
ゴゴゴッ!
地面が震える。
グレイグの足元に亀裂が走った。
「……っ!」
僅かに体勢が崩れる。
そこへ、《犀嶽》が迫った。
盾を回すには遅い。
グレイグは咄嗟に大剣を立てた。
ギィィンッ!
刃が噛み合う。
だが、完全には止められない。
ザシュッ!
「ぐっ……!」
グレイグの右肩に、赤い線が走った。
ゴートーの剣が、鎧の隙間を掠めたのだ。
「…………」
ゴートーは追撃しようとした。
しかし。
ガンッ!
「……っ!」
グレイグの盾が、《犀嶽》の腹を叩いた。
大剣が外側へ流れる。
そこへ、グレイグが踏み込む。
鋭い突き。
ゴートーは上体を捻った。
ザシュッ!
「……ぐっ!」
刃が左脇腹を掠める。
だが、ゴートーは退かなかった。
《犀嶽》の柄を持ち上げ、グレイグの剣を押さえ込む。
そして。
ドンッ!
肩からぶつかった。
「……ぬっ!」
グレイグの身体が僅かに揺れる。
ゴートーはそのまま押し込んだ。
一歩。
さらに一歩。
だが、三歩目は踏み出せなかった。
グレイグが左足を引き、《クストス》を二人の間へ滑り込ませたのだ。
ガァンッ!
盾がゴートーの胸元を打つ。
「……ぐっ!」
ゴートーが後退する。
すかさずグレイグの大剣が振るわれた。
ゴートーは《犀嶽》で受け止める。
ギィンッ!
火花が散る。
今度は、グレイグが押し込んだ。
「……っ!」
ゴートーの足が半歩下がる。
グレイグは剣を押しつけたまま、盾を僅かに引いた。
そして、下から突き上げる。
ガンッ!
「ぐおっ!」
盾の縁が、ゴートーの顎を捉えた。
視界が揺らぐ。
だが、ゴートーは反射的に《犀嶽》を振り抜いた。
「……ふんっ!」
グレイグが盾を戻す。
ガァァンッ!
衝撃が腕を伝う。
盾を構えたグレイグの足が、一歩後ろへ滑った。
両者が離れる。
「……はぁっ……はぁっ……」
ゴートーが荒く息を吐いた。
脇腹から血が流れている。
顎にも痛みが残っていた。
対するグレイグも、右肩を負傷している。
呼吸は、決して穏やかではない。
それでも。
盾を構える姿勢は崩れていなかった。
「……やるな」
グレイグが口を開く。
「ここまで押し込まれたのは、久しぶりだ」
「…………」
ゴートーは答えなかった。
ただ、《犀嶽》を構え直す。
その視線は、グレイグの左手へ向いていた。
カタカタ……。
盾を握る指が、小刻みに震えている。
(……あの手)
戦いが始まったときから、ずっとだ。
にもかかわらず。
盾を扱う動きに、乱れはない。
むしろ、攻防を重ねるほど正確になっているようにさえ感じられた。
「……その手」
ゴートーが呟く。
「……大丈夫なのか」
「…………」
グレイグは僅かに目を細めた。
「戦いの最中に、相手の心配か?」
「……気になっただけだ」
「ならば、気にするな」
グレイグが盾を持ち上げる。
「貴様の剣を受けるには、十分だ」
「…………」
ゴートーは小さく息を吐いた。
そして。
再び踏み込んだ。
ダンッ!
《犀嶽》が振り下ろされる。
グレイグは盾を構えた。
だが、ゴートーは途中で剣の軌道を変えた。
盾の外側。
右肩を狙う。
「……っ!」
グレイグが大剣を立てる。
ギィンッ!
刃が噛み合った。
そこへ、ゴートーの左足が踏み込まれる。
《地鎮》。
足元へ衝撃が伝わった。
グレイグの重心が僅かに浮く。
ゴートーは、その隙を逃さなかった。
「……おおっ!」
《犀嶽》を押し込む。
グレイグの剣が、少しずつ下がっていく。
あと僅か。
このまま押し切れる。
そう思った瞬間。
「……甘い!」
グレイグが剣を引いた。
「……っ!」
押し込んでいた力が行き場を失う。
ゴートーの身体が前へ流れた。
そこへ。
ガンッ!
《クストス》が、ゴートーの右肩へ叩き込まれた。
「ぐっ!」
体勢が崩れる。
グレイグの大剣が、すぐさま追ってきた。
ゴートーは咄嗟に《犀嶽》を戻す。
ギィィンッ!
辛うじて受け止めた。
しかし、グレイグは攻撃を止めない。
剣を引く。
盾で押す。
再び剣を振るう。
その動きに、無駄がなかった。
「……っ!」
ゴートーは一撃ずつ受け止める。
だが、少しずつ。
本当に僅かずつ。
後ろへ下がっていた。
(……強い)
力ならば、互角。
いや、純粋な膂力では自分が上回っているかもしれない。
だが、グレイグは力をぶつけ合うだけでは終わらせない。
剣を受ければ、盾が来る。
盾を避ければ、剣が待っている。
そして、そのどちらにも対応しようとすれば。
足元を狙われる。
間合いを崩される。
気づけば、相手の望む位置へ立たされている。
「……ぬぅっ!」
ゴートーが《犀嶽》を振り抜いた。
グレイグが盾で受ける。
衝撃。
両者の足が石畳を削った。
しかし。
今度は、ゴートーが先に後退した。
「……はぁっ……!」
肩で息をする。
グレイグも、静かに呼吸を整えていた。
右肩の傷から、血が滴っている。
だが、構えは崩れない。
「……見事だ」
グレイグが言った。
「その巨体で、よくそこまで動ける」
「…………」
「力だけではない。剣も、足運びも、十分に鍛えられている」
ゴートーは《犀嶽》を握り直した。
「……お前もな」
短い返答。
グレイグの口元が、僅かに緩んだ。
「そうか」
そして。
盾を構え直す。
「ならば、続けよう」
「……ああ」
ゴートーが腰を落とした。
両者の間には、まだ十分な距離がある。
どちらも、致命傷は負っていない。
勝負は、決して決まっていなかった。
ただ。
ゴートーは理解していた。
このまま同じ攻防を続ければ。
先に崩れるのは、おそらく自分だ。
その差は、ほんの僅か。
だが。
その僅かな差を、グレイグは確実に積み重ねていた。
「…………」
ゴートーが、ゆっくりと息を吸う。
《犀嶽》を握る両腕に、再び力が籠もった。
その正面で。
グレイグが、一歩を踏み出した。




