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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
休暇

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折りたくなっちまう

 先に届いたのは、リオネルの剣だった。


 騎士剣がドーマの胸元へ伸びる。


 ドーマは上体から力を抜き、刃の軌道を外れた。


(……そこだ!)


 リオネルは突きを止め、手首を返す。


 ザシュッ!


「ぐっ……!」


 ドーマの右肩が裂けた。


 すかさず短剣が下から跳ね上がるが、リオネルはバックラーで弾き、そのまま騎士剣を振り下ろした。


 ドーマは身体を捻り、再び脱力する。


 しかし、リオネルの刃は追わなかった。


 狙いは、ドーマが次に踏み込む位置。


 受け流した後、反撃へ移るには必ず身体を引き締めなければならない。


 その一瞬を待っていた。


「……あ?」


 ドーマの右足が石畳を踏む。


 ザンッ!


「ぐあっ!」


 騎士剣が脇腹を深く斬り裂いた。


 鮮血が散り、ドーマの身体が大きく傾く。


 リオネルは剣を引き戻した。


 追撃の間合い。


 今度こそ逃がさない。


「これで終わりだ!」


 騎士剣を振り上げる。


 そのとき、ドーマが笑った。


「……へへっ」


 短剣は下がったまま。


 右腕もだらりと垂れている。


 防ぐつもりも、避ける素振りもない。


(……何を?)


 リオネルの剣が首筋へ振り下ろされる。


「……捕まえた」


 ドーマが前へ踏み込んだ。


 刃へ向かって。


 ザシュッ!


 左肩が斬り裂かれ、血が噴き出す。


 それでもドーマは止まらない。


「なっ……!」


 リオネルが剣を引こうとした瞬間、ドーマの右手がその腕を掴んだ。


「やっと捕まえたぜぇ」


「貴様!」


 リオネルは即座にバックラーを振るった。


 しかし、ドーマは短剣を握った左前腕を盾の縁に押しつけ、その動きを封じる。


 両者の距離が一気に詰まった。


 リオネルは右腕を引く。


 だが、ドーマは離さない。


「……よっと」


 ドーマが身を沈め、さらに懐へ入り込んだ。


 リオネルは右膝を突き上げる。


 その動きを読んだように、ドーマの膝が先に太腿へ突き刺さった。


「ぐっ!」


 脚が止まる。


 ドーマは左腕を押し込み、バックラーを僅かに持ち上げた。


「剣は上手ぇよ、あんた」


 耳元で声がした。


「ほんっと、惚れ惚れするくらいになぁ」


「黙れ!」


 リオネルは額を突き出した。


 ゴッ!


「ぶへっ!」


 ドーマの鼻から血が飛ぶ。


 だが、腕を掴む力は緩まなかった。


「ぶっはは! いいねぇ、騎士様!」


 ドーマは血を流しながら笑う。


「剣が駄目なら頭か! そういうの、嫌いじゃねぇぜ!」


「……何が言いたい!」


「でもよ」


 ドーマの声が低くなる。


「そいつぁ、俺も同じなんだわ」


 右腕に力が籠もり、リオネルの剣が外側へ引かれた。


 同時に、短剣がバックラーの縁を滑る。


(……まずい!)


 リオネルは身体を捻った。


 しかし、短剣は盾の内側へ潜り込んでいた。


 ザシュッ!


「ぐあっ!」


 左脇腹に鋭い痛みが走る。


 リオネルは後退しようとするが、掴まれた右腕を引かれ、重心が前へ崩れた。


 そこへドーマの額が叩き込まれる。


「がはっ!」


 視界が白く弾けた。


 それでも、リオネルは剣を離さない。


「ぬぅっ!」


 右腕を強引に引き戻す。


 引き寄せられたドーマの側頭部へ、バックラーを叩きつけた。


 ガンッ!


「ぐおっ!」


 ようやくドーマの手が離れる。


 リオネルは間合いを取り、騎士剣を構え直した。


 左脇腹から血が流れている。


 鼻にも痛みが残っていた。


 呼吸は荒い。


 だが、剣先は少しも下がっていなかった。


「……はぁっ……はぁっ……!」


 正面では、ドーマがふらつきながら後退していた。


 右肩、左肩、脇腹。


 いずれも深く斬られている。


 派手な紫色の服は、血で色を変えていた。


「……いててて。あーあ、こりゃひでぇや」


 ドーマが左肩を押さえる。


「騎士様、ちっとは手加減してくれよぉ」


「貴様こそ……随分と無茶な戦い方をする」


「そうかぁ?」


「自ら斬られに来るなど、正気の沙汰ではない」


「ぶっはは! そりゃそうだろうなぁ!」


 ドーマは傷の痛みに顔をしかめながらも、笑みを崩さなかった。


「けどよ、騎士様」


「…………」


「あんた、俺の身体を斬ったとき……勝ったと思っただろ?」


 リオネルは答えなかった。


 確かに、刃は届いた。


 《化身》によって身体を引き締める瞬間を捉えたのだ。


 剣技では、間違いなく上回っていた。


 だが、ドーマはその先まで考えていた。


 傷を負うことさえ、勝利のために利用して。


「……最初から、斬られるつもりだったのか」


「さぁてねぇ」


 ドーマは肩をすくめようとして、痛みに顔を歪めた。


「っつぅ……! ま、斬られずに済むなら、その方がよかったけどな」


「…………」


「けど、あんたの剣をまともに相手してたら、いつまで経っても捕まえられねぇだろ?」


 リオネルの目が細くなる。


 ドーマは短剣を握り直した。


「剣で勝てねぇなら、別のもんで勝ちゃいい。簡単な話だぜ」


「……なるほどな」


 リオネルが騎士剣を構える。


「貴様は、勝つためなら自らの身体さえ犠牲にする男か」


「へへっ。ようやく分かってくれたかい?」


「理解はした」


 リオネルが一歩前へ出る。


「だが、認めるつもりはない」


「……ほう?」


「貴様の剣は見切った。身体の動きも、少しずつ理解している」


 切っ先が、真っ直ぐドーマへ向けられた。


「そして今、貴様がどのような手段を使う男なのかも分かった」


 左脇腹が痛む。


 それでもリオネルは、姿勢を崩さなかった。


 相手は斬られることを恐れない。


 ならば、斬った後まで油断しなければよい。


 傷を負ってなお踏み込んでくるなら、その踏み込みごと迎え撃つ。


「……来い」


 リオネルが告げた。


「貴様のすべてを、私の剣で受けて立つ」


 ドーマは一瞬、黙り込んだ。


 やがて、大きく笑い出す。


「ぶっははは! いいねぇ!」


 短剣を握る左手に力が籠もる。


「ほんっと、いい男だよ! あんた!」


 だが、次に浮かべた笑みは冷たかった。


「……だからこそ、折りたくなっちまうんだよなぁ」


 血に濡れた身体が、ゆらりと揺れる。


 リオネルは騎士剣を構えたまま、その動きを見据えた。


 二人の間を風が吹き抜ける。


 石畳に落ちた血が、ゆっくりと広がっていく。


 そして、ドーマの足が音もなく前へ出た。

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