↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
休暇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

654/671

魔脈 化身

     ◇ ◇ ◇


 カランッ。


 石畳の上で、長剣が小さく音を立てた。


「…………」


 リオネルは動かなかった。


 正面には、短剣を構えたドーマ。


 その足元には、先ほど手放した《化双》の長剣が転がっている。


「……どうしたよ、騎士様」


 ドーマがにたりと笑った。


「そんな怖ぇ顔して。拾っちまうぞ?」


「…………」


「おいおい、無視かよ」


 ドーマが右足を動かした。


 爪先が、長剣の柄へ近づく。


 リオネルの視線が、僅かに下がった。


「……へへっ」


 その瞬間。


 ドーマが地面を蹴った。


 長剣は拾わない。


 左手の短剣を突き出し、リオネルの懐へ飛び込む。


「ほらよ!」


 シュッ!


 狙いは喉。


 リオネルはバックラーを持ち上げた。


 カンッ!


 短剣が弾かれる。


 だが、ドーマは笑っていた。


「……そっちじゃねぇんだよ!」


 右足が跳ね上がる。


 足元に転がっていた長剣。


 その柄を、爪先が掬い上げた。


 クルッ!


 宙へ舞う長剣。


 ドーマは右手を伸ばした。


 短剣を盾で受けさせ、長剣を拾い直す。


 そして、盾を上げたリオネルの右側から斬り込む。


 それが、ドーマの狙いだった。


 だが。


「……遅い!」


「……あ?」


 リオネルは長剣を見ていなかった。


 短剣を弾いたバックラーを引き戻すと同時に、右足を踏み込む。


 ドーマの右手が長剣を掴む。


 その直前。


 シュッ!


 騎士剣が走った。


「ぐあっ!」


 ザシュッ!


 ドーマの右腕に、深い傷が刻まれた。


 伸ばした手が止まる。


 長剣は、そのまま二人の間を落ちていった。


 カランッ!


「……っの野郎!」


 ドーマが短剣を振るう。


 だが、リオネルは既に身体を捻っていた。


 第二継承技。


 《受流(ルフレ)》。


 バックラーの縁が短剣の側面を捉える。


 カンッ!


 刃が外側へ流れた。


 そのまま踏み込む。


「はぁっ!」


 騎士剣が、ドーマの胸元へ迫った。


「……くそっ!」


 ドーマが後方へ跳ぶ。


 ザシュッ!


 紫色の服が裂け、胸に赤い線が走った。


 着地したドーマが、数歩よろめく。


「……いってぇなぁ、おい」


 右腕を押さえた。


 指の間から、血が滴っている。


「……ったく。どいつもこいつも……」


 リオネルは剣を構え直した。


「貴様の狙いは、あの長剣だろう」


「……あ?」


「私に短剣を防がせ、その隙に拾い上げた長剣で斬り込む」


「…………」


「だが、貴様の右腕が動くより、私の剣の方が速い」


 ドーマが黙り込んだ。


 そして。


「……へへっ」


 笑った。


「よく分かったじゃねぇか」


 右腕をぶらりと下げる。


「でもよぉ……」


 ドーマの口元が歪む。


「本当に、それだけだと思うか?」


「…………」


 リオネルの目が細くなった。


 ドーマは、落ちた長剣へ視線を向けた。


 そして、わざとらしく肩を竦める。


「……あーあ。拾えなかったなぁ」


 右足が、再び動く。


 今度は長剣の刃へ向けて。


(……またか)


 リオネルは騎士剣を握り直した。


 先ほどの失敗。


 それさえも、次の攻撃へつなげようとしている。


 ドーマの右手は負傷している。


 長剣を拾ったところで、満足に振るえるとは限らない。


 ならば。


(……本命は別にある)


 リオネルはドーマの足元を見た。


 長剣。


 右足。


 そして、僅かに沈んだ腰。


「……そこか!」


 ダンッ!


 リオネルが踏み込んだ。


 ドーマの右足が跳ね上がる。


 だが、長剣は蹴り上げられなかった。


 代わりに。


 ブンッ!


 蹴りが、リオネルの膝へ向かって放たれる。


「……へへっ!」


 ドーマが笑う。


「引っ掛かったなぁ!」


 だが。


 その蹴りは、空を切った。


「……あ?」


 リオネルは踏み込む足を変えていた。


 右ではなく、左。


 身体を半歩だけ外側へずらし、蹴りの軌道から外れる。


 そして。


 ガンッ!


 バックラーが、ドーマの膝を打った。


「ぐおっ!」


 ドーマの身体が傾く。


 そこへ、騎士剣が伸びた。


 シュッ!


「……っ!」


 ドーマは咄嗟に短剣を持ち上げた。


 ガキィンッ!


 刃がぶつかる。


 だが、力が違う。


 ドーマの左腕が押し込まれた。


「……ぐっ!」


 リオネルは剣を引く。


 そして、間を置かずに振り下ろした。


 ザシュッ!


「ぐあっ!」


 ドーマの肩が裂ける。


 さらに一撃。


 ドーマが短剣で受けようとする。


 だが。


 カンッ!


 リオネルの騎士剣が、短剣の側面を弾いた。


 開いた胴へ。


 ドッ!


 バックラーが叩き込まれる。


「ぐぼっ!」


 ドーマの身体が後方へ吹き飛んだ。


 ズザザッ!


 石畳を滑り、片膝をつく。


「……げほっ! げほっ!」


 咳き込む。


 右腕。


 肩。


 胸。


 先ほど斬られた腹部も、まだ血が滲んでいた。


「……くそっ」


 ドーマが顔を上げる。


 その正面。


 リオネルは騎士剣を下ろさず、静かに立っていた。


「……貴様の剣は、確かに厄介だ」


「……あぁ?」


「だが、どれほど手を変えようと、貴様自身が動かなければ攻撃は成立しない」


 リオネルが一歩、前へ出る。


「私が見ているのは、刃だけではない」


「…………」


「貴様の足運び。重心。呼吸。そして、攻撃に移る瞬間」


 騎士剣の切っ先が、ドーマへ向けられた。


「欺くための動きも、剣を振るうための動きも、見極めればよい」


「…………」


 ドーマは、しばらく黙っていた。


 やがて。


「……いやぁ」


 ゆっくりと立ち上がる。


「強い強い。さすが騎士様」


 傷ついた右腕を軽く振った。


「参ったねぇ。こりゃ、剣じゃ敵わねぇわ」


「…………」


「いや、ほんと。大したもんだ」


 ドーマが笑う。


 だが、リオネルは表情を変えなかった。


「貴様では、私には勝てない」


「…………」


 一瞬。


 ドーマの動きが止まった。


 そして。


「……ぶっははは!」


 腹を抱えて笑い出した。


「ひっでぇなぁ! おい!」


 笑い声が、広場へ響く。


「こっちは褒めてやってんのによぉ!」


「事実を述べたまでだ」


「……ぶはっ! 事実だってよ!」


 ドーマは何度も肩を揺らした。


 だが。


 その笑い声が、不意に止まる。


「…………」


 俯いたまま、口元を歪めた。


「……あんまり舐めたこと言ってんじゃねぇぞ、コラ?」


 低い声。


 先ほどまでの軽薄な調子が、消えていた。


 リオネルは僅かに目を細める。


「……ならば」


 騎士剣を構え直した。


「これで終わりだ!」


 ダンッ!


 リオネルが踏み込む。


 鋭い一閃。


 ドーマの胴を捉える、迷いのない斬撃。


 だが。


「《魔脈》」


 ドーマが呟いた。


 その身体へ、魔力が巡り始める。


「…………!」


 リオネルの瞳が動いた。


 先ほどまでとは違う。


 ドーマの全身に、異質な力が満ちていく。


 そして。


「《化身》」


 ゆらり。


 ドーマの身体が揺れた。


 酔いに任せて倒れかけたような、頼りない動き。


 だが、リオネルは剣を止めなかった。


 間合いは捉えている。


 相手の重心も、見えている。


 この距離ならば、避けられない。


 シュバッ!


 騎士剣が、ドーマの胴を薙いだ。


 ザシュッ!


「…………?」


 リオネルの眉が動く。


 斬った。


 確かに、刃は届いた。


 だが。


(……浅い?)


 ドーマの身体が、斬撃に沿うように傾いていた。


 まるで、身体を支える骨が消えたかのように。


 力なく沈み込み、刃の進む方向へ流れていく。


 衣服が裂け、血が散る。


 しかし、致命傷には届かない。


「……なんだ……?」


 リオネルは咄嗟に剣を引こうとした。


 だが、その瞬間。


 ぐんっ!


 ドーマの身体が跳ね起きた。


「……どこ見てんだ」


「……!」


 声が、懐から響いた。


 ドーマの左手。


 短剣が、既にリオネルの脇腹へ向けられている。


「……っ!」


 リオネルはバックラーを差し込んだ。


 ガキィンッ!


 短剣が盾を捉える。


 だが。


 ドーマは止まらない。


 弾かれた左腕の力を抜き、肩を落とす。


 そのまま、身体が横へ崩れた。


「……っ!」


 リオネルが目で追う。


 ドーマの膝が折れる。


 倒れる。


 そう思った瞬間。


 ドッ!


「ぐっ!」


 ドーマの肩が、リオネルの胸へ突き刺さった。


 衝撃。


 身体が後方へ押し戻される。


 だが、リオネルは踏みとどまった。


「……はぁっ!」


 騎士剣を振るう。


 ドーマの首元へ。


 だが。


 ゆらり。


 ドーマの頭が傾いた。


 刃が髪を掠める。


 次の瞬間には、反対側へ身体が流れていた。


「……なっ!」


「へへっ!」


 ドーマが笑う。


「どうしたよ、騎士様!」


 短剣が伸びる。


 リオネルはバックラーで弾いた。


 カンッ!


 そのまま剣を返す。


 だが、ドーマは力を抜いた。


 斬撃の直前に、身体が沈む。


 そして、刃が通り過ぎた瞬間。


 再び、全身が引き締まる。


 ドッ!


「ぐっ!」


 ドーマの肘が、リオネルの肩を打った。


 リオネルが一歩下がる。


 そこへ、さらに短剣。


「……くっ!」


 ガキィンッ!


 バックラーで受ける。


 だが、ドーマの身体は既に別の方向へ傾いていた。


 右へ。


 左へ。


 前へ。


 後ろへ。


 まるで、足元の定まらない酔漢。


 しかし。


 倒れそうになるたび、その身体は不自然なほど鋭く動き出す。


(……これは……)


 リオネルが歯を食いしばる。


 動きが読めない。


 いや。


 違う。


 読んだ動きと、実際の動きが一致しない。


 重心が崩れたと思えば、次の瞬間には踏み込んでいる。


 攻撃を受ける直前に力を抜き、反撃の瞬間だけ全身を締める。


 筋肉の緊張と脱力。


 その切り替えが、あまりにも速い。


「……へへっ」


 ドーマが笑った。


「どうよ?」


 ゆらり。


 身体が揺れる。


「剣は、あんたの方が上手ぇ」


 短剣をだらりと下げた。


「そいつぁ認めるよ」


「…………」


「けどなぁ……」


 ドーマが、ゆっくりと顔を上げる。


 その目には、先ほどまでのふざけた色が戻っていた。


「剣が上手けりゃ勝てるってんなら、苦労しねぇんだわ」


 リオネルは答えなかった。


 ただ、騎士剣を構え直す。


 左腕のバックラーを、胸元へ。


 呼吸を整える。


「……なるほど」


 静かに呟いた。


「貴様の言う通りだ」


「……あ?」


「私は、貴様の剣を見極めたつもりでいた」


 リオネルが一歩、前へ出る。


「だが、まだ知らぬ技があった。それだけのこと」


「…………」


「ならば、改めて見極めるまでだ」


 ドーマが目を丸くした。


 そして。


「……ぶっはは!」


 笑った。


「おいおい! まだやる気かよ!」


「当然だ」


 リオネルの剣先が、僅かに下がる。


 構えを変えたのだ。


 先ほどよりも、腰が低い。


 バックラーは身体の近くへ。


 相手の動きに合わせて、大きく剣を振るうつもりはない。


 ドーマの不規則な動きに対し、最小限の動作で応じる構え。


「……貴様がいかなる技を使おうと」


 リオネルは、真っ直ぐにドーマを見据えた。


「私の剣が鈍る理由にはならぬ」


「…………」


 ドーマの笑みが、僅かに深くなった。


「……いいねぇ」


 短剣を握り直す。


「そういうの、嫌いじゃねぇぜ」


 ゆらり。


 再び、身体が揺れた。


「……ほらよ」


 ドーマが笑う。


「今度は、どこから来ると思う?」


 リオネルは答えない。


 ただ、剣を構える。


 そして。


 ダンッ!


 二人が、同時に踏み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。