ヴォルグへ④
ガオンは街道を駆け、商団との距離を一気に詰めていく。
「速っ……!」
アルトも地面を蹴り、その背中を追った。
二人が近づくと、最後尾を歩いていた護衛が振り返る。
「止まれ!」
鋭い声と同時に、数人の護衛が剣へ手をかけた。
商団は三台の馬車で構成されていた。
荷台には木箱や麻袋が積まれ、先頭の馬車には歯車を模した旗が掲げられている。
ガオンは速度を落とし、護衛たちの前で立ち止まった。
「何者だ。」
「旅人だ。」
堂々と答えるガオンの隣へ、アルトが追いつく。
「ヴォルグまで乗せろ。」
「頼み方ってものがあるだろ……。」
アルトが小声で呟く。
護衛の男は二人を警戒したまま、即座に答えた。
「断る。」
「ほら、断られたじゃん。」
「まだ話は終わってねぇ。」
「こっちは終わってる。」
護衛は剣の柄から手を離さない。
「身元も分からない奴を商団へ近づけられるか。ましてや、その態度ではな。」
「俺たちは強い。護衛くらいしてやる。」
「間に合っている。」
「そいつらより、俺の方が強いぞ。」
護衛たちの表情が険しくなる。
「お前、喧嘩を売りに来たのか?」
「事実を言っただけだ。」
「ガオン、黙ってろ!」
アルトが慌ててガオンの口を塞ごうとする。
ガオンはその手を乱暴に払いのけた。
「触るな。」
「お前が余計なこと言うからだろ!」
二人が言い争っていると、馬車の前方から年老いた男が姿を現した。
上等な外套を羽織り、白い髭を短く整えている。
「何の騒ぎだ。」
「会頭。この二人が、ヴォルグまで乗せろと。」
会頭と呼ばれた老人は、アルトとガオンを静かに見回した。
「代金は持っているのか?」
二人は顔を見合わせる。
「……ない。」
アルトが正直に答えた。
「では、乗せる理由がないな。」
「護衛をしてやると言っている。」
「護衛はすでに雇っている。」
ガオンが眉をひそめる。
「そいつらより強い。」
「強さを証明するために、こちらの護衛と争うつもりか?」
「それでもいいぞ。」
「よくねぇよ!」
アルトがガオンの肩を掴んだ。
「すみません。こいつ、頭がおかしくて。」
「お前にだけは言われたくねぇ。」
「俺は人に乗せろって命令しない!」
会頭は呆れたように息を吐く。
「悪いが、他を当たってくれ。」
そう言って、背を向けようとした時だった。
一本の矢が飛来した。
「危ない!」
アルトが会頭の外套を掴み、勢いよく後ろへ引く。
矢は老人の顔があった場所を通り過ぎ、馬車の側面へ突き刺さった。
「敵襲!」
護衛が叫ぶ。
街道の左右。
木々と岩陰から、武器を持った男たちが次々と姿を現した。
剣。
斧。
槍。
弓。
顔の下半分を布で隠した盗賊たちが、商団を囲んでいく。
その数は十五人ほど。
「全員、馬車の陰へ!」
護衛たちが商人を庇い、円を描くように武器を構える。
盗賊の中から、一際大柄な男が前へ出た。
肩には刃の欠けた大斧を担いでいる。
「荷物と馬を置いていけ。」
男は商団を見渡しながら笑った。
「大人しく従えば、命までは取らねぇ。」
ガオンの口元がゆっくりと吊り上がる。
「ちょうどいい。」
「何がだよ。」
「乗せてもらう理由ができた。」
「勝手に決めんなって。」
盗賊の頭が二人へ目を向ける。
「なんだ、お前ら。」
「こいつらとは関係ない。」
護衛の男が即座に答えた。
「今来たばかりの旅人だ。」
「なら、見逃してやる。消えな。」
ガオンが鼻で笑う。
「はっ!」
その笑みに、盗賊の頭の眉が動いた。
「何がおかしい。」
「十五人も集めて、やることが商人いじめか。」
「……死にてぇらしいな。」
「やってみろ。」
ガオンが一歩前へ出る。
身体から熱気が漏れ、周囲の空気が揺らいだ。
「ガオン。」
アルトが腰の《砕》を抜く。
「殺すなよ。」
「向こう次第だ。」
「そういうのやめろって。」
「お前こそ、足を引っ張るなよ。」
「誰に言ってんだ。」
アルトは《砕》を肩へ担ぎ、盗賊たちを見据えた。
盗賊の頭が片手を上げる。
「殺せ!」
二人の弓兵が、同時に弦を放した。
矢が一直線にアルトとガオンへ迫る。
アルトは《砕》を振るい、一本を弾き飛ばす。
ガオンは身体を僅かに傾け、もう一本を避けた。
「先に行くぞ!」
ガオンが地面を蹴る。
「待て!」
一瞬で盗賊との距離を詰め、その腹へ拳を叩き込んだ。
「がっ――!」
殴られた男の身体が地面から浮き、後ろにいた仲間ごと吹き飛ぶ。
「なんだ、こいつ……!」
別の盗賊が剣を振り上げる。
ガオンは刃を腕で受け流し、相手の胸倉を掴んだ。
「軽い。」
そのまま片手で持ち上げ、横から迫った二人へ投げつける。
三人がまとめて地面を転がった。
「無茶苦茶だな、あいつ……。」
アルトが呟く。
「よそ見すんな!」
盗賊が斧を振り下ろす。
アルトは《砕》の中心で刃を受け止めた。
金属同士がぶつかり、甲高い音が響く。
盗賊が両腕へ力を込める。
だが、《砕》は僅かにも動かなかった。
「……なんだ、その力。」
「そっちが弱いんじゃねぇの?」
アルトは棒を捻り、斧を弾く。
がら空きになった胴へ、《砕》を横薙ぎに叩き込んだ。
盗賊は声を上げる間もなく吹き飛び、街道脇の茂みへ突っ込んだ。
背後から槍が迫る。
アルトは振り返らずに身を沈め、槍を避ける。
その柄を掴むと、盗賊ごと引き寄せた。
「うわっ!」
近づいてきた相手の顎へ、頭突きを叩き込む。
男の身体から力が抜けた。
アルトは槍を奪い、離れた弓兵へ投げる。
槍は男の足元へ突き刺さった。
「ひっ……!」
「次に撃ったら、今度は当てるぞ。」
弓兵の顔が青ざめる。
「脅してどうすんだ!」
護衛の一人が叫ぶ。
「殺すよりいいだろ!」
その間にも、ガオンは盗賊たちの中央で暴れ続けていた。
一人を殴り倒し、もう一人の足を払う。
獅子のような赤い髪を揺らしながら、次々と相手を地面へ沈めていく。
「おい、アルト!」
「なんだよ!」
「どっちが多く倒せるか勝負だ!」
「今それやるのかよ!」
「怖気づいたか?」
「やってやるよ!」
アルトが《砕》を構え直す。
商団の護衛たちは、唖然としながら二人の背中を見つめていた。




