極致
「ははは。余裕だなぁ」
エルネが《翠角》を軽く振った。
「……じゃあ、これを捌けたら教えてあげるよ」
その瞬間。
エルネの纏う空気が変わった。
「…………」
先ほどまで浮かべていた笑みが消える。
《翠角》の切先が、静かにノエルへ向けられた。
「……へぇ」
ノエルが口元を緩める。
「やってみてよ」
剣を構えた。
互いに動かない。
風が石畳の上を通り抜ける。
静寂。
そして。
「《寸角》」
シュッ!
「……っ!」
ノエルの目が見開かれた。
速い。
いや、違う。
踏み込みも、腕の動きも、あまりに小さい。
気づいたときには、《翠角》の切先が頬に触れていた。
「……くっ!」
キィンッ!
ノエルが剣を跳ね上げる。
間一髪。
レイピアの切先を弾いた。
「よし……!」
だが。
エルネは止まっていなかった。
突き出した腕を引かず、そのまま一歩。
ノエルの懐へ踏み込む。
「《衝角》」
「……え?」
ゴッ!
「ぐっわ!」
ノエルの顔面に衝撃が走った。
鹿の角を模した《翠角》の護剣。
その硬い突起が、ノエルの顔を打ち据えたのだ。
ノエルの身体が後ろへよろめく。
「……いってー……!」
顔を押さえながら、どうにか踏みとどまった。
「……あれ?」
エルネが首を傾げる。
「意識を飛ばすつもりだったんだけどな」
ノエルは顔をしかめた。
護剣が当たる直前。
咄嗟に半歩、後ろへ下がっていた。
衝撃を完全には避けられなかったものの、打撃の威力を殺すことには成功していた。
「……危なかった」
ノエルが息を吐く。
「まともに食らってたら、終わってたかも」
「ははは!」
エルネが笑った。
「まぁ、よくできました!」
《翠角》を肩に担ぐ。
「はなまるとはいかないけど……」
少し考えるように顎へ手を当てた。
「一人だけなら、教えてあげようかな」
「…………」
ノエルは俯いた。
拳を握り締める。
「……悔しい」
「うんうん」
エルネが頷いた。
「自信があるからこそ、それが挫かれたときに意味がある」
ノエルが顔を上げる。
「……君はもっと強くなれる」
エルネは穏やかに笑った。
そして、すぐにいつもの調子へ戻る。
「さて! 誰の極致を知りたい?」
「…………」
ノエルが少し考える。
「……じゃあ、あんた達の頭領の」
「それはダメ」
即答だった。
「えー!」
「ダメなものはダメ」
エルネが首を振る。
「じゃあ……」
辺りを見回した。
「あの紫の小太りの極致を教えるよ」
その視線の先。
リオネルと対峙する、派手な紫色の服を着た男。
ドーマがいた。
「…………」
ノエルが露骨に顔をしかめた。
「……一番興味ない」
「ひどいなぁ」
「……まぁいいや!」
ノエルが剣を構え直す。
「教えて」
「うん」
エルネも《翠角》を構えた。
「彼は《欺刃の極致》」
「……欺刃?」
「そう」
エルネが小さく息を吐く。
「欺き、騙し、翻弄する」
そして。
少しだけ、嫌そうな顔をした。
「……一番、僕が嫌いな極致さ」




