実力の片鱗
◇
カンッ!
二本の槍がぶつかった。
すぐに離れる。
「…………」
「…………」
第四騎士団長。
《慧眼》シルヴァン・レーク
身に纏う鎧には、幾筋もの傷が刻まれていた。
手には長槍。
片眼鏡の奥で、瞳が鋭く細められる。
第一継承技。
《慧眼》。
相手の姿勢。
重心。
筋肉の動き。
視線。
それらを観察し、次の動きを予測する技。
シルヴァンは既に、その力を使っていた。
対するは、長身の男。
紺色の髪を後ろへ撫でつけたオールバック。
バルド。
槍《蜂穿》を片手に、猫背のまま立っていた。
「……来ねぇのか」
低く、ぼそぼそとした声。
「……何か?」
「……来ねぇのか、って言ったんだよ」
「失礼。少々聞き取りづらかったもので」
「……ちっ」
バルドが踏み込んだ。
シュッ!
槍が伸びる。
狙いは胸。
シルヴァンは半歩だけ身体をずらした。
穂先が鎧の脇を抜ける。
すぐに《アクメン》を突き返す。
だが。
カンッ!
バルドは柄で弾いた。
続けて、もう一撃。
シュッ!
「っ!」
シルヴァンが首を傾ける。
穂先が頬を掠めた。
さらに三撃目。
ガギィンッ!
《アクメン》で受け止める。
シルヴァンが後退した。
「……ふむ」
バルドは追わない。
槍を構え直す。
「…………」
シルヴァンは片眼鏡に触れた。
今の三撃。
全て予測できていた。
だが。
予測してなお、避けるのが精一杯だった。
「……随分と速いですね」
「……そうかよ」
バルドが再び踏み込む。
右肩が沈む。
重心は前。
狙いは腹部。
シルヴァンは《アクメン》を下げた。
カンッ!
槍がぶつかる。
その瞬間。
バルドの手が柄を滑った。
間合いが伸びる。
「……!」
シルヴァンが身を引いた。
シュッ!
穂先が兜の縁を掠めた。
金属片が飛ぶ。
バルドは何事もなかったように槍を戻す。
「……よく避けんな」
「お褒めにあずかり光栄です」
シルヴァンが構え直した。
「ですが、そろそろこちらからも」
右足を踏み込む。
槍を突く。
バルドが身体を傾けた。
穂先が肩を掠める。
だが、シルヴァンは止まらない。
すぐに槍を引き戻す。
二撃目。
狙いは膝。
バルドが後ろへ下がる。
そこへ三撃目。
胸。
カンッ!
バルドが柄で弾いた。
「……へぇ」
ぼそりと呟く。
シルヴァンは槍を構え直す。
「あなたの回避には、一定の癖がある」
「…………」
「右からの突きには左へ。低い攻撃には後退する傾向が強い」
バルドは黙っていた。
「それが分かれば、次の位置も予測できます」
「……そうか」
バルドが槍を構える。
シルヴァンが踏み込んだ。
シュッ!
狙いは右肩。
バルドが左へ動く。
予測どおり。
シルヴァンは既に槍を引いていた。
次の突き。
左へ移動したバルドの胸を狙う。
だが。
カンッ!
バルドの槍が、穂先を弾いた。
「……っ!」
シルヴァンが目を見開く。
次の瞬間。
シュッ!
バルドの槍が伸びた。
ガギィンッ!
シルヴァンは咄嗟に《アクメン》を横へ倒した。
穂先が鎧を擦る。
火花が散った。
バルドは一歩下がる。
「……それで?」
「…………」
「……終わりか」
シルヴァンは答えなかった。
片眼鏡の奥で、視線が動く。
肩。
肘。
手首。
足。
呼吸。
あらゆる動きを観察する。
だが。
バルドの槍先は、ほとんど揺れていなかった。
「……来ねぇなら、こっちから行くぞ」
バルドが踏み込む。
右肩が下がる。
重心が前へ移る。
胸への突き。
シルヴァンはそう読んだ。
だが。
バルドの槍は動かなかった。
「……!」
踏み込みだけ。
シルヴァンが反応した、その瞬間。
バルドが槍を突き出した。
シュッ!
狙いは喉。
シルヴァンが身を捻る。
ザシュッ!
首元の鎧の隙間を、穂先が掠めた。
血が散る。
「くっ!」
シルヴァンは後ろへ跳んだ。
バルドは追わない。
「……惜しい」
ぼそりと呟く。
シルヴァンは首元を押さえた。
指先に血がつく。
「……なるほど」
小さく息を吐く。
「私が何を見ているのか、分かっているわけですか」
「……さぁな」
バルドが槍を肩に担いだ。
「……ただ」
「……?」
声が小さすぎて聞き取れない。
「申し訳ありません。もう一度お願いできますか?」
「……面倒くせぇな」
バルドは槍を構え直した。
「……もっと速く突きゃ、当たんだろ」
「…………」
シルヴァンは片眼鏡を押し上げた。
そして、静かに笑った。
「実に厄介な相手ですね」
「……お互い様だろ」
二人の槍先が向き合う。
静寂。
互いの足が、わずかに動く。
シルヴァンは観察する。
バルドは、その視線を見ている。
そして。
どちらからともなく、踏み込んだ。




