戦いの気配④
その頃。
リオネルは、一人の男へ向かって歩いていた。
紫色の装飾が一部に施された軍服。
緩く開いた襟元からは、太い金のネックレスが覗いている。
小太りの身体をだらしなく揺らしながら、男は長さの異なる二振りの剣を手にしていた。
魔器《化双》。
不死隊の軍服を纏っていなければ、とても軍人には見えない男だった。
「……おい」
「あぁん?」
ドーマが面倒臭そうに顔を向けた。
「……貴様」
「なんだぁ? 俺に用かよ」
リオネルは騎士剣を握り締めた。
「貴様が……レテ殿を傷つけたのか」
「……は?」
「答えろ!」
その声に、ドーマが目を細める。
そして。
「……だったら、どうすんだぁ?」
にやり。
人を小馬鹿にするような笑みが浮かんだ。
「……!」
リオネルの表情が険しくなる。
「ならば……」
騎士剣を引き抜いた。
「ここで斬る!」
「へっ!」
ドーマが笑う。
「できんのかぁ? てめぇによぉ!」
「スパーナ騎士団、第――」
その瞬間。
「⁉︎」
視界に、刃が飛び込んできた。
《化双》。
ドーマの右手に握られた長剣が、リオネルの首筋へ迫っていた。
「くっ!」
咄嗟にバックラーを構える。
刃と盾が激突する。
――はずだった。
「……なっ⁉︎」
長剣が、止まった。
盾に触れる寸前。
まるで最初から振り下ろすつもりなどなかったかのように。
「名乗りなんざ、どうでもいいんだよ」
ドーマの身体が、不自然に傾く。
長剣を止めた姿勢のまま。
左手の短剣が、リオネルの顔面へ突き出された。
「⁉︎」
リオネルは咄嗟に首を捻った。
鋭い切っ先が、頬を掠める。
「……くっ!」
後方へ飛び退く。
「……チッ」
ドーマが舌打ちした。
「ちょこまかしやがって……」
だが。
追撃は来なかった。
「……?」
リオネルが眉を寄せる。
ドーマは、ゆっくりと腕を動かしていた。
その切っ先が向けられた先には。
「……ッ」
レテ。
「……貴様」
リオネルの声が震える。
「へへっ」
ドーマが笑った。
「ほら、来いよ」
長剣を、ゆらりと揺らす。
「来ねぇなら……」
その刃が、レテへ向けられた。
「殺しちまうぞ?」
「貴様ぁぁぁぁ!」
リオネルが地面を蹴った。
怒りに任せた踏み込み。
その姿を見て、ドーマの口元がさらに歪む。
「……へっ」
長短二本の刃が、不規則に揺れた。
◇ ◇ ◇
「あーあー……」
広場の端。
ミュゼは、周囲を見渡しながら溜息をついていた。
「皆さん、血の気が多いことで……」
あちらでは剣がぶつかり合い。
こちらでは怒号が飛び交う。
どいつもこいつも、殺気立っている。
「……ん?」
ふと。
足元に、何かが転がっているのが見えた。
「……お?」
ミュゼが目を凝らす。
そして。
「ひっ⁉︎」
思わず肩を跳ねさせた。
「……ちょ、なんでこんなとこに置いておくかなぁ……」
グウェンの首だった。
ミュゼは恐る恐る近づき、しゃがみ込む。
「……ったく」
その首を両手で拾い上げた。
「こういうの、ちゃんと片付けといてほしいっすよ……」
ぶつぶつと文句を言いながら、道の隅へ運ぶ。
壁際にそっと置き、位置を整えた。
「……よし」
手を払う。
「これでよしっと」
「……それ」
「……ん?」
背後から声がした。
ミュゼが振り向く。
「あ」
そこには、アルトが立っていた。
フーガから解放されたのだろう。
右肩を押さえ、足元をふらつかせながらも、どうにか身体を起こしている。
「あー、アルトさん」
ミュゼが片手を上げた。
「解放されたんすか?」
「……あぁ」
アルトの視線は、壁際へ向けられていた。
「……それ」
「これ?」
ミュゼがグウェンの首を指差す。
「グウェンさんのっすよ」
「……ちゃんと埋めたいんだ」
「…………」
ミュゼの動きが止まった。
「……は?」
「グウェンのこと、ちゃんと埋めてやりたい」
「…………」
数秒。
ミュゼは、アルトの顔を見つめていた。
そして。
「……アルトさん」
「ん?」
「本当に不死隊にいたんすか?」
「……え?」
「いや、だって」
ミュゼが困ったように笑う。
「分かるでしょ? あの人たちが、どんな造りしてるか」
「…………」
「埋葬なんて、意味ないっすよ?」
軽い口調。
まるで、壊れた道具を片付けるかどうか相談しているようだった。
アルトは、ゆっくりと首を横に振る。
「……それでも」
「……?」
「意味のない死は、ないから……」
「…………」
ミュゼの笑みが消えた。
「……なんすか、それ」
小さく呟く。
「こっちは意味もなく、何回も殺されてきたっつーの……」
「……何回も?」
アルトが顔を上げる。
「どういう意味だ?」
「…………」
ミュゼは口を閉ざした。
そして、視線を逸らす。
「……秘密」
「……え?」
「つーか、話したくないっす」
吐き捨てるように言い、頭を掻いた。
「……それで?」
「……?」
「どうすんすか?」
「……どうするって?」
ミュゼが両手を広げた。
「見てくださいよ、周り」
広場では、激しい戦闘が続いている。
剣戟。
衝撃音。
怒号。
「みーんな、バチバチやってるじゃないっすか」
ミュゼは肩を竦めた。
「俺たちだけ、こんなとこで雑談してるんすか?」
少し笑う。
「別に、いいっすけど」
「…………」
アルトは答えなかった。
右肩を押さえたまま、俯いている。
「……はぁ」
ミュゼが溜息をついた。
そして。
両手を、ゆっくりと持ち上げた。
その手を覆うのは、手甲型の魔器《遊猫》。
手甲から伸びる鋭い鉤爪が、鈍い光を放つ。
「……なんか、むかつくわ」
「……?」
「不死隊第八席」
ミュゼが腰を落とす。
「――《九生》ミュゼ」
その声から、先ほどまでの軽さが消えていた。
「……名乗れよ」
「…………」
アルトは黙っていた。
ただ、目の前の青年を見つめている。
「……おせーよ」
ミュゼが低く呟いた。
「不死隊で、何を学んだ?」
「…………」
「これまで、何をしてた?」
一歩。
ミュゼが前へ出る。
「……お前みたいなやつのために」
その瞳が、鋭く細められた。
「グウェンさんは、一度死んだのか?」
「……ッ」
アルトの表情が歪む。
ミュゼは、それを見ても表情を変えなかった。
「……もういいわ」
鉤爪を構え直す。
「作戦とは違うけど……」
小さく息を吐いた。
「本当に、殺るか」
「……作戦?」
アルトが顔を上げる。
「何のことだ?」
「…………」
ミュゼは答えなかった。
ただ。
地面を蹴った。
「――死ね」
「⁉︎」
黄色い影が、アルトの眼前へ迫った。




