ヴォルグへ②
「話す側は、自分の国の言葉を使ってるんだよな。」
アルトが尋ねる。
「ああ。」
ガオンは歩みを止めずに答えた。
「聞く側には、自分が理解できる言葉として届く。各国の言葉そのものを消したわけじゃねぇ。」
「会話の意味だけを繋いでるのか。」
「そういうことだ。」
「すげぇ術だな。」
「世界中に勝手にかけてなきゃ、素直に褒められたんだけどな。」
「便利なんだからいいだろ。」
「国の上に立つ側からすりゃ、他国の許可も取らずに世界を弄る奴は頭痛の種だ。」
アルトがガオンを見る。
「妙に詳しいな。」
「常識だ。」
「本当か?」
「疑うな。」
ガオンは前を向いたまま続ける。
「ただし、文字までは変わらねぇ。」
「ヴォルグに着いても、看板は読めないのか。」
「お前、ヴォルグ語を読めるのか?」
「少しなら。」
「何が読める。」
「武器の名前。」
「役に立たねぇ知識だな。」
「お前よりは役に立つ。」
「言うようになったじゃねぇか。」
ガオンは鼻で笑った。
だが、数歩進んだところで、ふいに足を止める。
「……そういや。」
「なんだよ。」
「その言語の術、なんでお前にも効いてるんだ?」
アルトも足を止めた。
「は?」
「精霊はお前を恐れて逃げる。」
ガオンが振り返る。
「なのに、精霊術で作られた言語の仕組みは消えてねぇ。」
「世界に残ってる術だからじゃないのか?」
「多分な。」
ガオンは夜空へ目を向けた。
「今この場で、精霊が力を貸してるわけじゃねぇ。昔のジーアスが、術そのものを世界に刻みつけた。」
「だから、俺がいても消えない。」
「ああ。」
そこまで言ってから、ガオンはアルトをじっと見る。
「だが、それだけじゃねぇ。」
「どういう意味だよ。」
「術がお前を対象として認めてなきゃ、言葉は通じねぇはずだ。」
「……対象?」
「この術は、言葉を話す相手と聞く相手を繋ぐ仕組みだろ。」
ガオンがアルトの胸元を指差す。
「世界に刻まれた術が、お前を何かしらの存在として認識してるから、俺の言葉がお前に届いてる。」
「何かしらって、なんだよ。」
「知らねぇ。」
「知らないのかよ。」
「だから考えてんだろ。」
ガオンは腕を組んだ。
「精霊には拒まれてる。だが、世界に刻まれた術は、お前を拒んでねぇ。」
アルトは何も答えられなかった。
精霊は、自分を見るだけで逃げていく。
近づくことすら嫌がる。
それなのに、世界そのものへ刻まれた術は、自分を会話の中へ受け入れている。
「世界が俺を……。」
「人間として見てるのか、それ以外として見てるのかは知らねぇ。」
ガオンは再び歩き始める。
「だが、少なくとも完全に弾かれてはいない。」
アルトも遅れてその背中を追った。
「ヴォルグへ行けば、何か分かるかな。」
「さあな。」
「適当だな。」
「答えが分かってんなら、わざわざ行く必要ねぇだろ。」
「それもそうか。」
「お前は自分が何者なのかを探す。」
ガオンが振り返る。
「俺は好きに暴れる。」
「暴れるなって。」
「細けぇことは着いてから決める。」
「やっぱり何も考えてねぇじゃん。」
「はっ!」
ガオンは楽しそうに笑った。
「分かんねぇから、確かめに行くんだよ。」
二人の前には、ヴォルグへ続く長い街道が伸びていた。




