英雄達と若人達
「――|鉄壁!」
「――銀閃!」
「――破城!」
「――慧眼!」
「――流麗剣!」
「――無拍!」
「――《風断》!」
◇ ◇ ◇
少し、時は遡る。
王都エルディア。
セリオは、王城へと続く石畳を足早に進んでいた。
『……セリオ』
「あ?」
肩の近くを飛んでいたフィンが、おずおずと声を掛けてくる。
『……まだ怒ってる?』
「……もう怒ってねぇよ」
『ほんとか?』
「あぁ。ただ、次は気をつけろ」
『……うん』
フィンがしゅんと翼を垂らした。
セリオは小さく息を吐く。
先ほど、路地裏で戦った少年。
ミュゼ。
猫のような双鉤爪を使い、壁や屋根を自在に駆け回る、厄介な相手だった。
低い姿勢から死角へ潜り込み、セリオの両肩に攻撃を当ててきた。
それでも、最後はセリオが追い詰めた。
捕らえて話を聞くつもりだった。
だが。
フィンの放った術が、少年の命を奪ってしまった。
(……ったく)
敵だった。
こちらを殺そうとしてきた相手だった。
それでも。
殺さずに済むのなら、そうしたかった。
『……セリオ』
「ん?」
『あいつのこと、まだ考えてんのか?』
「……あぁ」
『…………』
「けど、今はそれだけじゃねぇ」
セリオは顔を上げた。
あの少年は、こちらの能力を知っていた。
偶然とは思えないほどに。
(……誰かに聞いたのか?)
だとすれば、あいつの背後には別の人間がいる。
そして。
アルト達は、今もこの王都にいる。
「……フィン」
『おう』
「急ぐぞ」
『分かった!』
セリオは歩調を速めた。
◇ ◇ ◇
「止まれ!」
王城の正門。
衛兵達が、セリオの前に槍を交差させた。
「何者だ!」
「ガイストのセリオ・バルディアだ。女王陛下に話がある」
「女王陛下に?」
「あぁ。急ぎだ」
「ならん! 現在、陛下は軍議中だ!」
「……軍議?」
セリオの眉が動いた。
「何の軍議だ?」
「答える義務はない!」
「…………」
セリオは一瞬だけ考えた。
そして。
「……悪いな」
そのまま前へ進んだ。
「お、おい!」
衛兵が慌てて槍を突き出す。
だが、セリオは身体を僅かに傾け、二本の槍の間をすり抜けた。
「なっ⁉︎」
「止まれ!」
「急いでんだよ!」
そのまま城内へ足を踏み入れる。
『セリオ! いいのかよ⁉︎』
「よくねぇだろうな!」
『分かってんなら止まれよ!』
「止まったら話が進まねぇだろ!」
『無茶苦茶だな、お前!』
背後から衛兵達が追いかけてくる。
セリオは構わず廊下を進んだ。
曲がり角を抜け、階段を上り、さらに奥へ。
「待て!」
「止まれと言っている!」
「だから急いでるっつってんだろ!」
その時だった。
「――何の騒ぎだ?」
廊下の奥から、聞き覚えのある声が響いた。
「……お?」
セリオが足を止める。
そこに立っていたのは、立派な体格の中年男性。
オーウェン・アクアリス。
スパーナ王国の防衛大臣。
そして、リオネルの父だった。
「おお! セリオではないか!」
「オーウェン殿!」
「ははは! 何だ、その騒ぎは!」
「いや、ちょっと陛下に話があって……」
「大臣閣下!」
追いついた衛兵が、慌てて敬礼する。
「この者が無断で城内へ侵入し……!」
「うむ。ご苦労!」
「はっ!」
「この者は私の知り合いだ。後はこちらで引き受けよう」
「し、しかし……!」
「構わん!」
オーウェンが豪快に笑った。
「責任は私が取る!」
「……承知しました!」
衛兵達が引き下がる。
セリオは小さく息を吐いた。
「……助かったぜ」
「まったく。相変わらずだな、セリオ!」
「急いでたんすよ」
「ほう?」
オーウェンの表情が変わる。
「何かあったのか?」
「……妙な奴と戦いました」
「妙な奴?」
「猫みてぇな鉤爪を使うガキです。俺の能力まで知ってやがった」
「……ほう」
「どう考えても、ただの賊じゃねぇ。そいつの仲間がまだ街にいるかもしれねぇんです」
「…………」
オーウェンの表情が引き締まった。
「……そうか」
そして。
「ならば、ちょうどよい」
「……?」
「ついてこい」
そう言って、廊下の奥へ歩き出した。
「今、まさに王都の異変について話していたところだ」
◇ ◇ ◇
重厚な扉が開かれた。
広い会議室。
中央の円卓には、王都エルディアの地図が広げられている。
そして。
「……お?」
セリオが目を瞬かせた。
「何だ。全員揃ってんのかよ」
そこには、見知った四人の騎士がいた。
スパーナ王国騎士団。
四人の隊長。
そして、円卓の最奥。
柔らかな微笑みを浮かべた女性が、一同を見守っていた。
スパーナ王国女王。
パメラ。
「あら、セリオさん」
パメラが穏やかに微笑んだ。
「お久しぶりですね」
「あ……どうも、陛下」
セリオが軽く頭を下げる。
だが。
「……セリオ」
低く、冷たい声が響いた。
「……げっ」
セリオが顔をしかめる。
銀髪の女騎士。
第二隊長。
《銀閃》リゼット。
その腰には、銀一色の片刃長剣が提げられていた。
「……なぜ貴様がここにいる」
「げっ……リゼットさん……」
「部外者は去れ。重要な軍議の最中だ」
「いや、俺も話があって来たんすよ」
「貴様の事情など聞いていない。即刻立ち去れ」
「ちょ、待ってくれって!」
「口答えするな!」
「リゼット隊長。お静かに」
横から、静かな声が割って入った。
第四隊長。
《慧眼》シルヴァン。
黒髪を後ろへ撫でつけ、片眼鏡を掛けた細身の男。
その傍らには、一本のパルチザン《アクメン》が立て掛けられている。
「な⁉︎ 私のせいでは……!」
「お静かに」
「…………」
リゼットが口を閉じた。
「ガッハッハッハ!」
豪快な笑い声が響いた。
「どうした、リゼット嬢? 随分と大人しくなったではないか!」
「……ダリウス隊長」
「む?」
「貴方もお静かに」
「……おお!」
ダリウスが大きく頷いた。
「ガッハッハ! これは一本取られたな!」
「……ですから、お静かに」
「おっと、そうであった!」
第三隊長。
《破城》ダリウス。
赤茶色の髪を持つ巨漢。
その傍らには、巨大な大戦槌が立て掛けられていた。
長い柄の先端に取り付けられた、二つの巨大な鉄塊。
角張った打撃面には鋭い突起が備わり、まともに受ければ鎧ごと叩き潰されそうな代物だった。
セリオはその様子を見て、思わず口元を緩めた。
「……相変わらずだな、あんたら」
「貴様は黙っていろ!」
「何で俺だけ⁉︎」
「リゼット隊長」
「…………!」
「お静かに」
「…………」
リゼットが再び口を閉じた。
ダリウスが肩を震わせる。
「……ガッ……」
「ダリウス隊長」
「……うむ!」
今度こそ、会議室に静寂が戻った。
その時。
「――セリオ」
低い声が響いた。
「……あ?」
円卓の奥。
そこに、一人の男が立っていた。
第一隊長。
《百戦》グレイグ。
その傍らには、異様なほど巨大な盾が置かれていた。
《クストス》。
分厚い金属板。
幾重にも補強された縁。
長年使い込まれた表面には、無数の傷が刻まれている。
そして、その中央。
剣の柄が突き出していた。
盾でありながら。
同時に、剣の鞘でもある。
防御のための盾に、攻撃のための剣を収める。
奇妙な武装だった。
だが。
その男が傍らに立つだけで、不思議と完成された武具に見えた。
「……久しぶりだな」
「……あぁ。グレイグさん」
セリオが頷く。
「相変わらず、すげぇ盾だな」
「そうか?」
「重くねぇのかよ、それ」
「慣れた」
「……便利な言葉だな、おい」
グレイグは僅かに口元を緩めた。
だが。
「……それで」
その目が、セリオを捉える。
「何があった?」
「…………」
セリオの表情が変わった。
グレイグは、先ほどから何も聞いていない。
それなのに。
「……仲間か?」
「……!」
「顔に出ている」
グレイグは静かに言った。
「誰かを案じている顔だ」
「…………」
セリオは小さく息を吐いた。
「……あぁ」
そして、円卓へ歩み寄った。
「うちのモンが巻き込まれてるかもしれねぇ」
その言葉に、四隊長の表情が引き締まった。
◇ ◇ ◇
「……現在、王都各所で戦闘が確認されています」
シルヴァンが地図を指し示した。
「こちらが最初の報告地点。そして、こちらが二件目」
「……近ぇな」
「ええ。いずれも中央区画に集中しています」
セリオが地図を覗き込む。
「相手は?」
「正確な人数は不明です。ただ、騎士達からの報告では、尋常ではない戦闘能力を持っているとのこと」
「…………」
セリオは地図を見つめた。
先ほど戦った少年。
あの身のこなし。
そして、自分の能力を知っていたこと。
もし、あの少年に仲間がいるのなら。
「……さっき、妙な奴と戦った」
セリオが口を開いた。
リゼットが顔を上げる。
「貴様、何か知っているのか?」
「猫みてぇな鉤爪を使うガキだ。俺の能力まで知ってやがった」
「……結果は?」
「……死なせちまった」
「…………」
僅かな沈黙。
セリオは拳を握った。
「けど、あいつの仲間がまだ街にいるなら……」
「……そうか」
リゼットが短く頷く。
「ならば、放置はできんな」
「ガッハッハ! なら話は早い!」
ダリウスが立ち上がった。
「さっさと出るとしようではないか!」
「ダリウス隊長。まだ話は終わっておりません」
「む? そうだったか!」
「……まったく」
シルヴァンが額を押さえる。
そんな二人を横目に。
「……オーウェン殿」
セリオが口を開いた。
「俺も行きます」
「……ほう」
「うちのモンが巻き込まれてるかもしれねぇんだ」
セリオは真っ直ぐにオーウェンを見た。
「だったら、当然俺も行く」
「…………」
オーウェンが笑った。
「ははは! そう言うと思っていた!」
「……止めねぇんすか?」
「止めたところで聞くまい?」
「……まぁな」
「ならば好きにしろ!」
オーウェンが腕を組む。
「ただし、四隊長と行動を共にすること。それが条件だ」
「……分かった」
「うむ!」
そして。
「私からも、一つ提案がある」
オーウェンが四隊長へ向き直った。
「リオネルを同行させたい」
「……リオネルを?」
リゼットが眉を上げる。
「あぁ」
オーウェンは頷いた。
「息子にも、実戦を経験させたい」
「ですが、相手は未知数です」
シルヴァンが片眼鏡を押し上げる。
「危険を伴いますよ」
「承知している」
オーウェンは即答した。
「だが、騎士である以上、危険を避けてばかりはいられん」
「…………」
「それに、あいつなら必ず志願するだろう」
セリオが小さく笑った。
「……違いねぇな」
リオネルなら、きっとそう言う。
騎士として当然の務めだ、と。
「……ならば」
グレイグが口を開いた。
「ノエルも連れていこう」
「……ノエルを?」
リゼットが眉を上げる。
「あぁ」
「まだ若い。今回の相手に同行させるのは危険ではないか?」
「だからだ」
グレイグは静かに答えた。
「剣の腕は確かだ。才能もある。だが、才能だけでは越えられない壁がある」
「…………」
「それを知るには、実際に強者と向き合うのが早い」
グレイグは傍らの盾へ手を置いた。
「もちろん、無駄死にさせるつもりはない」
そして。
「若い者が倒れそうになった時、前に立つのが我々の役目だ」
「…………」
誰も反論しなかった。
リゼットも。
ダリウスも。
シルヴァンも。
ただ、静かに頷いた。
セリオはグレイグを見た。
第一隊長。
《百戦》。
その異名が、単に数多くの戦場を経験したという意味ではないことを、改めて感じた。
その時だった。
「……皆さん」
穏やかな声が響いた。
パメラだった。
女王が静かに立ち上がる。
「隊長の皆さん。それに、セリオさん」
柔らかな微笑み。
だが、その瞳は真剣だった。
「ガイストの子達は、私のお友達でもあります」
「…………」
「どうか……助けてください」
その言葉に。
四人の隊長が、一斉に姿勢を正した。
グレイグが胸に手を当てる。
「――御意」
リゼットが続く。
「必ずや、お守りいたします」
ダリウスが豪快に笑った。
「ガッハッハ! 陛下のご友人とあらば、なおさらですな!」
シルヴァンが静かに頭を下げる。
「最善を尽くしましょう」
四人の声を聞き。
パメラは、ほっとしたように微笑んだ。
「……ありがとうございます」
セリオも小さく頭を下げた。
「……任せてくださいよ、陛下」
パメラが微笑む。
「ええ。お願いしますね、セリオさん」
◇ ◇ ◇
「……決まりだな」
オーウェンが頷いた。
「四隊長に加え、リオネル、ノエル、そしてセリオ」
「……あぁ」
セリオが頷く。
その時だった。
「――報告!」
会議室の扉が勢いよく開かれた。
一人の騎士が、息を切らしながら駆け込んでくる。
「王都中央の大通りにて、激しい戦闘を確認!」
「……!」
「複数名が倒れております! その中には、ガイストからの来訪者と思われる者達も……!」
「……何だと?」
セリオの表情が変わった。
「特徴は!」
「はっ! 若い男女が数名! その中には赤髪の男と、灰色の髪の青年と水色の髪の女性が確認されています!」
「…………っ!」
ガオン。
ヒルト。
レテ。
間違いない。
「……クソッ!」
セリオが踵を返した。
「待て、セリオ!」
オーウェンの声。
だが、セリオは振り返らない。
「待ってられるかよ!」
「違う!」
「……あ?」
足を止める。
オーウェンが、にやりと笑った。
「一人で行くなと言っただろう?」
「…………」
その隣で。
グレイグが巨大な盾を持ち上げた。
重厚な金属音が響く。
そして。
「……行くぞ」
たった一言。
それだけで、会議室の空気が変わった。
リゼットが銀の剣を腰に提げる。
ダリウスが大戦槌を肩に担ぐ。
シルヴァンがパルチザン《アクメン》を手に取る。
「……全員、遅れるな」
グレイグが扉へ向かった。
セリオは、その背中を見つめる。
(……でけぇな)
体格の話じゃない。
何故だか。
そう思った。
「……へっ」
セリオは小さく笑った。
「頼りにしてるぜ、グレイグさん」
グレイグは振り返らなかった。
ただ。
「任せておけ」
その一言だけを残し。
王都へ向かって歩き出した。




