まだ、届かない
「……分かるよな?」
フーガの手が、俺の髪を掴んだまま動かない。
「こいつらが、どういう連中か」
「…………」
「みんな、容赦なく人を殺せるってことを」
俺の視線の先では、不死隊の面々がレテ達へ武器を向けていた。
「ゴートーさんに斬られたら、形も残らんやろなぁ」
巨大な《犀嶽》。
あれを振るうゴートーの力を、俺は知っている。
「バルドさんの技は、人を苦しめるで。急所を外して、じわじわ追い詰めることもできる」
《蜂穿》の鋭い穂先が、ガオンへ向けられる。
「セラも機嫌悪そうやなぁ。少しずつ肉を切り落としていくんちゃう?」
「…………」
セラは何も答えなかった。
ただ、眠たげな目で《白鶴》を構えている。
「ゲンさんにやられたら、挽肉になるやろな」
ゲンザが《虎鉄》を握り直す。
「エルネさんは性格悪いからなぁ。チマチマいたぶるで?」
「ひどい言われようだね」
エルネが苦笑した。
けれど、《翠角》の切っ先は下がらない。
「ドーマさんなんて雑やから、すぐには死ねんかもしれへんな」
「……けっ」
ドーマが鼻を鳴らす。
「それから、ミュゼ」
フーガが笑った。
「こいつも簡単には殺さんで? お前のお仲間に、二度も殺されたんやからなぁ」
「…………」
ミュゼは黙っていた。
血に汚れた両手の《遊猫》を構えたまま、こちらを見ている。
「なぁ、アルト」
フーガの声が近づいた。
「あーぁ……かわいそうに」
「…………」
「せっかくできたお友達やのになぁ」
俺の頭を押さえる手に、力がこもる。
「アルトが弱いせいで、みんな死ぬんや」
「……あ……」
息ができない。
目の前にいるのは、俺の仲間達だ。
みんな傷ついている。
立つことさえ難しそうなのに。
その前には、武器を構えた不死隊がいる。
知っている。
あいつらが、どれだけ強いか。
知っているからこそ。
「……あ……あ……」
声が出なかった。
身体の中では、まだ魔力が暴れ回っている。
なのに、指先一つ思うように動かせない。
「…………」
フーガの笑みが消えた。
「……おい」
「…………」
「なんとか言えや」
髪を掴んだ手が、俺の頭を持ち上げる。
「お前が友達助けろや!」
「……っ!」
「俺らから逃げ出したんやろ⁉︎」
怒鳴り声が響いた。
「ほんなら、それくらいやってのけろ!」
フーガが俺を突き放す。
身体が石畳へ転がった。
「さっさと立てコラ!」
「ぐっ……!」
俺は両手をついた。
立たなきゃ。
みんなを助けなきゃ。
分かっている。
そんなこと、分かっているのに。
「……くそ……」
腕が震える。
膝が言うことを聞かない。
「……動け……」
俺は歯を食いしばった。
「動けよ……!」
その時。
「……アルト君」
小さな声が聞こえた。
「…………え?」
顔を上げる。
レテだった。
血に染まった右肩を押さえながら、こちらを見ている。
「……レテ……?」
レテは苦しそうに息をしていた。
顔色も悪い。
それでも。
「……大丈夫」
静かに微笑んだ。
「……助けます」
「…………」
一瞬。
何を言われたのか、分からなかった。
助ける?
誰を?
レテが?
俺を?
そんな。
今、助けなきゃいけないのは。
俺の方なのに。
「……レテ……」
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥が、強く締めつけられた。
「…………‼︎」
フーガが目を見開いた。
レテを見つめたまま、動かない。
ほんの僅かな沈黙。
そして。
「…………」
フーガの表情から、すべての感情が消えた。
「……やれ」
低い声だった。
その一言で。
空気が変わった。
ゴートーの目が鋭くなる。
バルドが腰を落とす。
セラの眠たげな瞳から、気怠さが消える。
ゲンザが笑みを収めた。
エルネが静かに剣を構え直す。
ドーマが肩の力を抜き。
ミュゼも、真っ直ぐ前を見据えた。
「…………」
誰も言葉を発しない。
ただ。
全員が、武器を振り上げた。
「――っ‼︎」
俺は手を伸ばした。
レテがいる。
ログがいる。
ガオンも。
フィリアも。
ヒルトも。
ユノも。
みんな、そこにいる。
届かない。
この距離じゃ。
間に合わない。
「……や……」
喉が震えた。
振り上げられた刃が、動き始める。
「やめ……」
身体の奥から、魔力が噴き上がった。
それでも。
まだ、届かない。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」




