あるもの全て
「ふんっ……!」
俺は石畳に押しつけられたまま、全身に力を込めた。
「……どけ……! ゴートー……!」
「…………」
ゴートーは何も答えない。
背中へ捻り上げられた腕が軋む。
頭を押さえつける手も、びくともしなかった。
「ぐっ……うぅぅ……!」
「……チッ」
バルドが舌打ちする。
「その状態から、そいつを退かせられるわけねぇだろ……」
「……バルド……」
「力を一点に溜めろ」
「……え?」
バルドが《蜂穿》を肩に担ぎ直す。
「ただ暴れたって無駄だ。力を集めろ……一箇所にな」
「…………」
「……日課」
今度は、頭上から声がした。
「……ゴートー?」
「…………」
俺を押さえつけたまま、ゴートーが口を開く。
「……鍛錬は嘘をつかない」
「――‼︎」
毎朝。
欠かさず続けてきた鍛錬。
拳立て。
腹筋。
スクワット。
素振り。
何度も、何度も。
身体が覚えるまで繰り返してきた。
「本気でやれ」
バルドが低く呟く。
「お前にあるもの……全てで」
「……俺に……あるもの……」
俺は歯を食いしばった。
力。
今の俺にあるもの。
鍛えてきた身体。
積み重ねてきた技。
それから――。
「…………あ」
思い出した。
あの力。
(……魔脈)
身体の奥に眠る、膨大な魔力。
以前、使った時。
俺の身体は、その力に耐えきれなかった。
(でも……あれは……)
身体を壊す。
下手をすれば、もう動けなくなるかもしれない。
(……いや!)
目の前には、倒れた仲間達がいる。
ログ。
ガオン。
フィリア。
ヒルト。
ユノ。
レテ。
(そんなこと……言ってる場合じゃない!)
俺は大きく息を吸った。
そして。
「……魔脈」
ドクンッ‼︎
心臓が跳ねた。
「――っ!」
身体の奥底から、何かが溢れ出す。
ドクンッ!
ドクンッ‼︎
熱い。
血が煮え立つように。
全身が熱を帯びていく。
「ぐっ……!」
次の瞬間。
ゴォォォォォッ‼︎
膨大な魔力が、俺の身体から噴き上がった。
「――⁉︎」
ミュゼが目を見開く。
「う、嘘……?」
溢れ出した魔力が、俺の周囲で渦を巻く。
石畳が軋み、細かな砂埃が舞い上がった。
「こ、これが……魔脈……?」
ミュゼが後ずさる。
「出力が……違いすぎる……!」
「あぁ……」
ゲンザが腕を組んだ。
その表情から、いつもの笑みが消えている。
「だから狙われる」
「……え?」
ミュゼが振り返る。
だが、ゲンザはそれ以上答えなかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」
俺は叫んだ。
背中へ捻り上げられた腕。
押さえつけられた頭。
全身に力を込める。
「――っ!」
ゴートーの腕が、僅かに動いた。
「ふぅぅんっ!」
ゴートーも力を込める。
ミシミシッ‼︎
石畳に亀裂が走った。
「ぐぅぅぅぅぅっ!」
身体が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
それでも。
俺は力を緩めなかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」
ドゴォン‼︎
「――!」
ゴートーの身体が浮いた。
そのまま。
俺を押さえつけていた巨体が、後方へ弾き飛ばされる。
ズザザザッ‼︎
ゴートーは石畳を滑り、数歩後退して踏みとどまった。
「はぁっ……はぁっ……!」
俺は四つん這いのまま、荒い息を吐く。
身体が熱い。
全身から魔力が溢れ続けている。
「……ふっ」
ゴートーが小さく息を漏らした。
その口元が、僅かに緩む。
「…………」
フーガが俺を見下ろしていた。
そして。
「……まずは合格や」
小さく呟いた。
「……っ」
「さーて」
フーガが《龍憑》を肩に担ぐ。
「次やな」
「…………」
「お前が、その魔脈をコントロールしろ」
コントロール。
そんなこと。
今の俺にできるのか?
身体の中で、魔力が暴れ回っている。
少しでも気を抜けば、身体が内側から壊れてしまいそうだった。
「……お前は俺達とは違う」
フーガが呟く。
「お前は……」
その言葉が途切れる。
「お前なら………」
何かを言いかけて。
フーガは口を閉じた。
そして。
《龍憑》を構える。
「――来いや! アルト!」
「グゥゥゥゥゥッ‼︎」
俺は地面を蹴った。
ドンッ‼︎
石畳が砕ける。
「――!」
一瞬で、フーガとの距離が縮まった。
「はやっ……!」
ミュゼの声が聞こえた。
けれど。
俺には、もう周りが見えていなかった。
「グァァァァァッ‼︎」
両腕を広げ、フーガへ飛びかかる。
「……それじゃ」
フーガが僅かに身体を沈めた。
「ダメやろ!」
ドゴッ‼︎
「ガッ⁉︎」
拳が顔面へ突き刺さった。
頭が大きく仰け反る。
だが。
「グガァァァッ‼︎」
俺は止まらなかった。
無理やり身体を起こし、再び飛びかかる。
「ほいっ!」
フーガが俺の脇をすり抜けた。
次の瞬間。
ドゴォッ‼︎
「ガァァッ!」
背中から、凄まじい衝撃が襲った。
フーガが背中をぶつけてきたのだ。
身体が前へ弾かれ、石畳を転がる。
「ぐっ……グゥゥゥ……!」
すぐに立ち上がる。
痛みはある。
けれど。
それ以上に、身体が熱い。
魔力が。
もっと動けと叫んでいる。
「……前よりも」
フーガが俺を見つめる。
「原始的やな」
「グゥゥゥゥゥ……!」
「技もへったくれもあらへん」
フーガが呆れたように肩をすくめる。
「ただ力任せに暴れとるだけや」
「グゥゥゥゥゥガァァァァァァァァァ‼︎」
「誰やねん、それ」
フーガが首を傾げる。
「俺のこと?」
俺は地面を蹴った。
両手を伸ばし、フーガの肩を掴もうとする。
だが。
その直前。
身体が勝手に前へ倒れ込んだ。
口を大きく開き。
フーガの首元へ――。
「――犬か!」
フーガが首を反らす。
歯が空を噛んだ。
「ガァッ!」
「ったく……」
フーガが《龍憑》を振るう。
ザシュッ‼︎
「ギャァァァッ!」
胸が斬り裂かれた。
続けて。
ザシュッ! ザシュッ‼︎
肩。
腕。
脇腹。
次々と刃が走る。
「グァァァァァッ‼︎」
それでも。
俺は腕を伸ばした。
フーガへ。
ただ、目の前の相手へ。
「…………」
フーガの表情が変わる。
先ほどまでの笑みが消えていた。
もう一度。
《龍憑》が閃く。
ザンッ‼︎
「ギャァァァァァァッ‼︎」
身体が弾かれた。
石畳へ叩きつけられる。
それでも、手足が動く。
立ち上がろうとする。
だが。
足がもつれた。
「ぐっ……グゥゥゥ……!」
身体から溢れる魔力は、少しも収まらない。
むしろ。
ますます激しくなっている。
「…………」
フーガが《龍憑》を下ろした。
そして。
小さく息を吐く。
「……あかんか」




