女とガキの嘘
「あぁ⁉︎ どういう――ぎっ!」
ギュルルルッ‼︎
ドーマの両腕に絡みついた水が、一気に締まった。
「ぐぅぅっ! なんだこりゃ⁉︎」
「――《水縛》!」
レテが《水凪》を振るう。
「おわっ⁉︎」
水に引かれ、ドーマの身体が宙へ浮いた。
そのまま。
ドゴォン‼︎
「ぐえっ!」
石畳へ叩きつけられる。
「まだです!」
レテが左腕を振り上げる。
水が伸びる。
ドーマの身体が再び浮き上がり――。
「くそがぁぁ!」
ドゴォン‼︎
今度は建物の壁へ。
「がはっ!」
壁に亀裂が走る。
ドーマの身体が崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……!」
レテは肩で息をする。
右肩の傷が酷い。
少し動かすだけで、激痛が走る。
それでも。
(……できる)
水は。
刀だけじゃない。
縄にもなる。
鞭にもなる。
そして――。
「……っ!」
ドーマが起き上がる。
「テメェ……調子に乗りやがって……!」
両腕を拘束する水へ、短剣を押し当てようとする。
「無駄です!」
レテが《水凪》を引く。
水の縄がほどけた。
「……あ?」
解放された両腕。
その一瞬。
ドーマの身体が前へ傾く。
「――《水凪》!」
ほどけた水が、今度は一本の刃となって伸びた。
ザシュッ‼︎
「ぐっ⁉︎」
ドーマの頬を斬り裂く。
鮮血が散った。
「……テメェ」
「まだ終わっていません!」
レテが踏み込む。
刀身が。
二つに分かれる。
「なっ⁉︎」
左右から迫る水の刃。
ドーマは長剣で片方を受け、短剣でもう片方を弾いた。
だが。
「――!」
弾かれた水が。
再び形を失う。
そして。
ドーマの足首へ絡みついた。
「またかよ⁉︎」
「今度は――」
レテが《水凪》を引く。
「こちらです!」
ドーマの足が払われる。
体勢が崩れた。
その胸へ。
レテが水の刃を突き出す。
「――っ!」
ドーマは身体を捻る。
刃が脇腹を掠めた。
「ぐっ……!」
地面を転がり、距離を取る。
「はぁ……はぁ……!」
レテが構え直した。
「……どうですか?」
「…………」
「少しは……遊べていますか?」
ドーマが。
ゆっくり顔を上げる。
「……はっ」
口元が歪んだ。
「いいじゃねぇか」
「…………」
「やっと面白くなってきた」
ドーマが立ち上がる。
そして。
長剣をだらりと下げた。
「けどよ」
「……?」
「一つ、勘違いしてるぜ」
ドーマが笑う。
「形を変えりゃ、相手を騙せると思ってんのか?」
「…………」
「違ぇよ」
一歩。
ドーマが踏み出す。
「騙すってのはな――」
突然。
ドーマの膝が折れた。
「ぐっ……!」
「……⁉︎」
その場に崩れ落ちる。
長剣が石畳へ落ちた。
「……くそ」
ドーマが脇腹を押さえる。
「思ったより……深く入ってやがる……」
「…………」
レテは《水凪》を構えたまま、動かなかった。
(……本当に?)
ドーマの脇腹からは血が流れている。
呼吸も荒い。
だが。
(この人は……)
何度も。
何度も。
騙してきた。
「……どうした?」
ドーマが顔を上げる。
「来ねぇのか?」
「…………」
「今なら殺せるぜ?」
レテが。
ゆっくり一歩踏み出す。
その瞬間。
ドーマの口元が吊り上がった。
「――そうだ。それでいい」
「――⁉︎」
落ちていたはずの長剣が跳ね上がる。
いや。
ドーマが足先で蹴り上げた。
レテの視線が一瞬だけ剣を追う。
「だからよ――」
ドーマの身体が沈む。
痛みに崩れたように見えた姿勢から。
一気に。
レテの懐へ。
「目ぇ逸らすなって!」
「――っ!」
短剣が迫る。
レテは咄嗟に《水凪》を崩し、腕を守る水の盾を作った。
ガキィン‼︎
「……防いだ!」
「はっ!」
ドーマが笑う。
「誰がそっちだって言った?」
「……え?」
短剣を握る手から。
力が抜ける。
刃が水の盾を滑った。
そして。
ドーマの反対の手には。
蹴り上げた長剣が収まっていた。
「――っ⁉︎」
「ざ〜んねん」
ドゴッ‼︎
長剣の柄頭が、レテの腹へ突き刺さった。
「かはっ……!」
身体が折れる。
その後頭部へ。
ドーマが肘を振り下ろした。
ゴッ‼︎
「……ぁ……」
レテの膝が崩れる。
《水凪》が水へ戻り、石畳に散った。
「…………」
倒れたレテは、もう動かなかった。
「……はぁ」
ドーマが肩を回す。
「ったく……面倒くせぇ女だ」
脇腹を押さえ、顔をしかめる。
「……痛ぇしよ」
それから。
気を失ったレテを見下ろした。
「ま、最後のは悪くなかったぜ」
ドーマが鼻を鳴らす。
「けどな……」
長剣を鞘へ納める。
「女とガキの嘘はよ……」
レテの腕を掴み、引きずり始めた。
「わかりやすいんだよ……」
その時。
ふと。
誰かの顔が頭を過ぎった。
笑っている女。
その隣で、何かを隠している小さな子供。
「…………」
ドーマの足が止まる。
「……メルン」
ぽつりと。
名前が零れた。
「……ロイ……」
「…………」
誰だ?
今のは。
「……あ?」
眉を寄せる。
「誰のことだ……?」
思い出そうとする。
だが。
顔はもう浮かんでこない。
「…………」
「……気持ちわりぃ」
ドーマは頭を掻いた。
そして。
何事もなかったように。
レテを引きずりながら、フーガ達のいる方角へ歩いていった。




