獰猛な来訪者
どれほど時間が経ったのか。
窓の外は、すっかり暗くなっていた。
アルトは寝台へ仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめていた。
食事は運ばれてきた。
だが、ほとんど手をつけていない。
腹は減っている。
それでも、何かを口にする気にはなれなかった。
「自分を知れ、か……。」
両手を目の前へ持ち上げる。
見た目は、普通の人間と変わらない。
傷つけば血が出る。
殴られれば痛い。
眠くもなるし、腹も減る。
なのに、精霊は自分を見るだけで逃げていく。
「何が違うんだよ……。」
考えても、答えは出ない。
レテたちは、今頃ヴォルグへ向かう準備をしているのだろう。
自分だけが、何もできずに閉じ込められている。
その時。
窓の外から、何かが擦れる音がした。
「……?」
アルトが身体を起こす。
窓の向こうには、暗い夜空しか見えない。
しばらく待っても、何も起こらなかった。
「気のせいか。」
再び横になろうとした瞬間。
窓が勢いよく開いた。
「うおっ⁉︎」
黒い影が部屋へ飛び込んでくる。
床へ転がり、そのまま机の脚へ頭をぶつけた。
「いってぇ!」
「……ガオン?」
アルトが目を丸くする。
赤い髪の男は、頭を押さえながら身体を起こした。
「窓、思ったより狭ぇな。」
「何してんだ、お前。」
「見りゃ分かるだろ。侵入だ。」
「見張りは?」
「ん? いなかったぞ?」
「は?」
「どうでもいいだろ。いねぇなら出られる。それで終わりだ。」
ガオンは服についた埃を払い、部屋の中を見回す。
机の上に置かれた食事を見つけると、勝手にパンを掴んだ。
「これ、食わねぇのか?」
「食欲ねぇ。」
「もったいねぇ。」
当然のように齧る。
「何しに来たんだよ。」
「お前を連れ出しに来た。」
「聞いてねぇよ。」
「今言った。」
ガオンはパンを飲み込み、寝台へ座るアルトを見下ろした。
「で、いつまで腐ってる気だ。」
「腐ってねぇよ。」
「飯も食わずに寝転がってる奴は、腐ってんだよ。」
「俺が近くにいると、みんなが術を使えなくなる。」
「知ってる。」
「フィリアも……。」
アルトの声が小さくなる。
「俺が近くに飛ばされたから、術が使えなくなった。」
あの時の光景が蘇る。
フィリアの周囲から逃げていった精霊。
消えた《天翔け》。
その直後、腹部を貫いた《裂兎》。
「俺が近くにいたから、刺された。」
ガオンは黙って聞いていた。
やがて、短く鼻を鳴らす。
「ああ。なら、お前にも責任はあるな。」
アルトの拳が強く握られた。
「やっぱり、俺が――」
「勝手に全部背負うな。鬱陶しい。」
「なんだよ、それ。」
「お前に責任があるなら、次は同じことが起きねぇようにしろ。それだけだ。」
「どうやって。」
「精霊を逃がさねぇ方法を探す。」
ガオンが指を一本立てる。
「仲間と距離を取って戦う。」
二本目。
「術が使えなくても、敵をぶっ飛ばせるくらい強くなる。」
三本目。
「できることなんて、いくらでもあるだろ。」
「そんな簡単に言うなよ。」
「簡単じゃねぇから、やる価値があるんだろ。」
ガオンは残ったパンを口へ放り込んだ。
「ここで寝てりゃ、答えが勝手に窓から入ってくるのか?」
「お前は入ってきたけどな。」
「俺は答えじゃねぇ。」
「分かってるよ。」
ガオンは窓際へ歩き、外を覗き込んだ。
「来い、アルト。」
「どこに?」
「ヴォルグだ。」
アルトは目を瞬かせた。
「……は?」
「耳まで腐ったか。ヴォルグだっつってんだ。」
「みんなが潜入する場所だろ。」
「ああ。」
「俺、外出禁止なんだけど。」
「知るか。俺も謹慎中だ。」
「駄目じゃねぇか!」
「はっ! だから何だ。」
ガオンは当然のように笑った。
「お前は答えを探す。俺は暴れる。」
「暴れるなよ。」
「細けぇことは着いてから決める。」
「何も考えてねぇじゃん。」
「考えてたら、こんな面白ぇことできねぇだろ。」
「最悪だな、お前。」
「最高の間違いだ。」
ガオンは窓枠へ片足をかけた。
「来るのか、来ねぇのか。」
アルトは閉ざされた扉を見る。
アーヴェルの言葉が蘇る。
自分を知れ。
今のままでは、共に戦えない。
だが、この部屋に閉じこもっているだけで、自分が何者なのか分かるとは思えなかった。
「……勝手に決めんなよ。」
「もう決めた。」
「誰が。」
「俺がだ。」
ガオンが手を差し出す。
アルトはその手を見つめた。
掴もうとして、動きを止める。
「俺が近くにいると、お前も術が使えなくなるぞ。」
「はっ!」
ガオンは鼻で笑った。
「関係ないね。」
その瞬間。
ガオンの身体から、凄まじい熱気が立ち上った。
空気が歪む。
赤い髪が揺れ、肌の上を炎のような光が駆け抜けていく。
部屋の温度が、一気に跳ね上がった。
「あっつ!」
アルトは思わず後ろへ飛び退いた。
「なんでだよ! 精霊は逃げてるだろ!」
「当たり前だ。」
ガオンは熱を纏った拳を握り締める。
その背後。
燃え盛る光の中に、巨大な獅子の影が浮かび上がった。
「俺は精霊術師じゃない。」
獰猛な笑みを浮かべる。
「――星詠みだ。」




