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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ


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静かな部屋

 アーヴェルの後ろを、アルトは黙って歩いていた。


 頬が熱い。


 蹴られた痛みよりも、セリオの言葉の方が何度も頭の中で響いていた。


 ――足手まといなんだよ。


 ――てめぇのせいで、フィリアが死にかけた。


 否定したかった。


 だが、できなかった。


 自分が近づいたせいで、レテはすぐに治療できなかった。


 ログも精霊術を使えなくなった。


 アーヴェルがいなければ、あの場にいた全員が危なかったかもしれない。


「……なあ。」


 前を歩くアーヴェルは振り返らない。


「なんだ。」


「本当に、俺のせいなのか。」


 足音だけが廊下へ響く。


「俺がいなかったら、フィリアはあんなことにならなかったのか?」


「違う。」


 返事はすぐに返ってきた。


 アルトが顔を上げる。


「リーベを傷つけたのはカイルだ。」


「でも、俺が近づいたから……。」


「お前が運ばなければ、リーベは治療を受ける前に死んでいた可能性が高い。」


 アーヴェルは歩みを止めた。


 振り返り、アルトを真っ直ぐ見る。


「お前は彼女を救った。」


「じゃあ、なんで閉じ込めるんだよ。」


「救ったことと、危険であることは別だからだ。」


 アルトの拳が握られる。


「俺は誰も傷つけたくない。」


「分かっている。」


「だったら!」


「意思だけで制御できるのか?」


 低い声に、アルトは言葉を失った。


「精霊を逃がさないようにできるのか。」


「……できない。」


「自分が何者なのか説明できるか。」


「分かんねぇよ。」


「ならば、今は自由にさせられない。」


 アーヴェルは再び歩き出した。


 アルトはしばらく動かなかった。


「セリオの言ったことは、本当なのか。」


 アーヴェルの足が僅かに止まる。


「俺は足手まといなのか?」


「今のままではな。」


 胸の奥が痛んだ。


 だが、アーヴェルは続ける。


「戦えることと、共に戦えることは違う。」


「……。」


「お前は強い。だが、自分の力も、周囲へ与える影響も理解していない。」


 アーヴェルが横目でアルトを見る。


「今のお前を戦場へ連れていけば、敵だけでなく味方まで危険に晒す。」


「じゃあ、俺はどうすればいい。」


「まず、自分を知れ。」


「どうやって。」


「それを探す時間を作るための軟禁でもある。」


 やがて二人は、軍事局の奥にある居住区へ辿り着いた。


 牢ではない。


 扉も鉄格子ではなく、ごく普通の木製だった。


 だが、その前には二人の兵士が立っている。


「ここで生活してもらう。」


 アーヴェルが扉を開けた。


 中には寝台と机、小さな棚がある。


 窓にも格子はない。


 外へ出られないことを除けば、普通の部屋だった。


「食事は運ばれる。必要な物があれば、監視の兵へ伝えろ。」


「レテたちには会えるのか?」


「許可が下りればな。」


「ヒルトとフィリアは?」


「医務室だ。二人とも回復している。」


 その言葉に、僅かに肩の力が抜ける。


「……よかった。」


 アーヴェルは扉の前で、アルトを見つめた。


「バルディアの言葉を、すべて正しいと思う必要はない。」


「え?」


「あいつは、他人を奮い立たせる方法を間違える。」


「蹴る必要あったか?」


「それは後で厳しく言っておく。」


 アルトは少しだけ口を尖らせた。


「でも、あいつの言ったことにも、正しい部分はあるんだろ。」


「ああ。」


 アーヴェルは否定しなかった。


「だからこそ、お前自身が考えろ。」


「……。」


「誰かに戦わせてもらうのではなく、自分がどう戦うべきかを。」


 アーヴェルが部屋を出る。


「待ってくれ。」


 アルトの声に、扉を閉めようとした手が止まった。


「みんな、ヴォルグに行くんだろ。」


「ああ。」


「無事に帰ってくるよな?」


「必ず戻る。」


 迷いのない返事だった。


 扉が閉まる。


 外側から鍵の掛かる音がした。


 アルトはしばらく、その場に立ち尽くしていた。


 静かな部屋。


 誰もいない。


 精霊の光も、一つも見えない。


「……仲良くなりたいだけなのにな。」


 小さく呟く。


 返事はなかった。


 アルトは寝台へ腰を下ろし、両手を見つめた。


 自分が何者なのか。


 どうして精霊が逃げるのか。


 何も分からない。


 ただ一つ分かるのは、また自分だけが置いていかれたということだった。

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