弱いのが悪い
襲撃から数日後。
アルトは、軍事局の一室へ呼び出されていた。
部屋には、すでにレテとログ、セリオが揃っている。
少し離れた場所には、先日の襲撃で出会ったスパーナの騎士――リオネルも立っていた。
正面に立つアーヴェルは、全員が集まったことを確認すると口を開く。
「オーズィラ、スミスマン。アクアリス殿は、俺と共にヴォルグへの潜入任務へ参加してもらう。」
「はい。」
レテが静かに頷く。
「了解です。」
ログも短く答えた。
「承知しました。」
リオネルが胸元へ手を当てる。
その横で、セリオが自分を指差した。
「俺は?」
「お前は防衛大臣を、確実にスパーナまで送り届けろ。」
「はぁ?」
セリオが露骨に顔をしかめる。
「俺もヴォルグに行きてぇんだけど。」
「命令だ。」
「ちっ。」
セリオは舌打ちし、隣のリオネルを睨んだ。
「リオがわがまま言うから。」
「申し訳ございません、セリオ殿。」
リオネルが真面目な顔で頭を下げる。
「いや、そこで本当に謝んなよ……。」
セリオが呆れたように息を吐いた。
アルトは黙って話を聞いていた。
アーヴェル。
レテ。
ログ。
リオネル。
皆の役割は決まっていく。
なのに、自分の名前だけが呼ばれない。
「……俺は?」
誰も答えなかった。
室内に、短い静寂が落ちる。
「俺は!」
アルトは一歩前へ出た。
「俺も戦える!」
アーヴェルの表情は変わらない。
「お前は、しばらく大人しくしていろ。」
「は?」
「外出も禁止だ。」
アルトは、言葉の意味を理解できずに目を見開いた。
「なんでだよ!」
「決定事項だ。」
「俺も戦っただろ!」
声が自然と大きくなる。
「俺だって、みんなのために――」
「はぁ……。」
セリオが深く息を吐いた。
「分かんねぇかな。」
アルトが睨みつける。
「……なんだよ。」
「足手まといなんだよ、てめぇは。」
空気が凍りついた。
レテが目を見開く。
「セリオさん……?」
セリオは構わず続けた。
「だいたい、気持ち悪りぃんだよ。」
「……は?」
「精霊が逃げ出す?」
セリオの虹色の瞳が、真っ直ぐアルトを捉える。
「おかしいだろ。」
その声には、普段の軽さがなかった。
「精霊は人間の魔素を求める。人間の傍へ寄って、力を貸して、代わりに魔素を受け取る。」
一歩。
セリオがアルトへ近づく。
「なのに、てめぇからは逃げる。」
「……。」
「何者だよ。」
アルトは拳を握った。
「分かんねぇよ!」
自分でも、何度考えたか分からない。
「分かんねぇけど……俺は精霊と仲良くなりたいんだ!」
その瞬間。
セリオが片手を持ち上げた。
「《風塊》」
圧縮された風が放たれる。
「え――」
次の瞬間、アルトの胸へ風の塊が直撃した。
「ぐっ……!」
身体が後方へ吹き飛ぶ。
背中から床へ叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出された。
「セリオさん!」
ログが叫ぶ。
「何してるんですか!」
レテもアルトへ駆け寄ろうとする。
だが、セリオは伸ばした手を見つめていた。
「ちっ……。」
苛立たしげに舌打ちする。
「まじで、なんなんだ。」
「……なんで。」
アルトは胸を押さえながら、セリオを見上げた。
「なんで、術が……。」
「アルトくんがいるのに……。」
レテも驚いたように、周囲を見回す。
精霊たちは確かにアルトを避けている。
それでも、セリオの放った術は消えなかった。
「格が違うんだよ。」
セリオが吐き捨てる。
「お前らとはな。」
ログの眉が吊り上がった。
「あんた……。」
「隊長や《颶風》は、霊器を通して術を使った。」
セリオはアルトから目を逸らさない。
「俺は霊器を通さなくても、こんな雑魚に術を当てられる。」
だが、威力は明らかに落ちていた。
本来なら、今の一撃だけで壁まで吹き飛ばしていたはずだった。
それが、床へ転がしただけ。
その事実が、セリオをさらに苛立たせている。
「つーかよぉ。」
セリオは今度はレテとログへ顔を向けた。
「てめぇら、いつまでひよっこのつもりだ?」
「……何?」
「俺や隊長がいねぇと、何もできねぇのかよ。」
ログが《崩槌》の柄を握り締める。
「好き勝手言いやがって……。」
「悔しいなら、さっさと霊器くらい扱えるようになれや!」
レテが唇を噛む。
何も言い返せなかった。
アルトはふらつきながら立ち上がる。
「……みんなを、馬鹿にす――」
言い終わる前に、視界が揺れた。
セリオの足が、アルトの顔面を蹴り抜く。
「ガッ――!」
再び床へ倒れる。
「アルトくん!」
レテが声を上げた。
セリオは倒れたアルトを見下ろす。
「てめぇのせいで、フィリアが死にかけた。」
その言葉が、胸へ突き刺さる。
アルトの指が止まった。
「……。」
「でもな。」
セリオの声が低くなる。
「フィリアも、ヒルトも、弱いのが悪い。」
ログが一歩踏み出した。
「てめぇ……!」
「そこまでにしろ。」
アーヴェルの声が、室内を打った。
セリオは舌打ちし、それ以上は何も言わなかった。
「アルト。」
アーヴェルが倒れたままのアルトを見る。
「俺についてこい。」
アルトは俯いたまま、何も答えなかった。
アーヴェルはリオネルへ向き直る。
「アクアリス殿。お見苦しいところをお見せし、申し訳ありません。」
リオネルは静かに首を横へ振った。
「いえ。」
そして、セリオ。
レテ。
ログ。
最後にアルトへ視線を向ける。
「私も、胸に刻みます。」
その言葉が何を指しているのか。
アルトには分からなかった。
ただ、誰とも目を合わせられないまま、アーヴェルの後ろを歩いた。




