猫背の男
ヒルトは。
崩れかけた屋台の陰へ。
身を滑り込ませた。
「はぁ……はぁ……」
背中を板壁へ預ける。
左肩が。
ズキズキと痛む。
息をする度に。
腹の奥まで痛みが走った。
(あんなの……真正面から勝てるわけがない)
右手の《ツインコード》を。
強く握り直す。
(時間を……)
「…………」
そこで。
ヒルトの思考が止まった。
(待て)
先ほどの。
ゲンザの名乗り。
『不死隊――第五席!』
(あいつ……五席って言ってたな)
ヒルトが。
僅かに顔を上げる。
(フィリアの相手は……何席なんだ?)
もし。
あの席次が。
強さを表しているのなら。
(五席以上なら……)
あの男より。
強いということになる。
「……まずい!」
「隠れるなら、もっと気配消せよ」
「⁉︎」
声。
ヒルトが。
勢いよく振り返る。
屋台の向こう。
ゲンザが。
二本の《虎鉄》を肩に担いで立っていた。
「……少し聞きたいことがある」
「あ?」
ゲンザが。
眉を上げる。
「戦闘中に?」
「…………」
「まぁいいが」
ヒルトは。
《ツインコード》を構えたまま。
口を開く。
「フィリア……あの蜂蜜色の髪の子と戦っている女の人は、第何席だ?」
「セラちゃんか?」
「多分」
「四だ」
「――⁉︎」
第四席。
「……それは、強さで決まるのか?」
「それも関係あるが、それだけじゃねぇよ」
ゲンザが。
《虎鉄》で肩を軽く叩く。
「任務をこなした数や、それ以外にも色――」
「あの女の人は、お前より強いのか?」
「…………」
ゲンザが。
言葉を止め、ニヤリと笑う。
「……あぁ」
そして。
何でもないことのように。
「俺よりも、はるかに――」
パァンッ‼︎
「――⁉︎」
銃声。
ゲンザの顔が。
僅かに横へ弾かれた。
「…………」
頬から。
血が伝う。
ぽたり。
石畳へ落ちた。
ゲンザが。
ゆっくりと頬を拭う。
指先についた血を見て。
「……ガッハッハッハッハ!」
笑った。
先ほどまで消えていた。
あの豪快な笑みが戻る。
「やってくれたな、小僧!」
「用ができた」
「あ?」
ヒルトは。
右手だけで《ツインコード》を構えていた。
銃口から。
細い煙が立ち昇る。
「すぐに終わらせる」
左手は。
もう上がらない。
おそらく。
肋骨も折れている。
まともに戦える状態じゃない。
それでも。
負けてはいけない理由ができた。
フィリアが。
自分よりも危険な相手と戦っている。
なら。
こんなところで。
時間をかけている場合じゃない。
◇ ◇ ◇
ドゴォンッ‼︎
「チッ……!」
ガオンが。
土煙の中から飛び退いた。
その頬すれすれを。
鋭い穂先が通り抜ける。
王都エルディア。
騎士団の屋外訓練場。
すでに。
二人の戦いは始まっていた。
踏み固められていた地面は。
あちこちが抉れ。
訓練用の木人も。
いくつか砕けている。
「ったく……」
ガオンが。
《灼獅》を嵌めた拳を構え直した。
「さっきから鬱陶しい槍だな」
「お前が突っ込んでくるからだろ」
「あ?」
長槍《蜂穿》を構えたまま。
バルドが。
小さな声で何かを付け足す。
「聞こえん。もっとはっきり喋れ」
「声でけぇな」
「貴様が小さいんだろ」
「そういうとこも、鬱陶しい」
「聞こえてるぞ!」
ダンッ‼︎
ガオンが。
地面を蹴る。
一気に。
バルドとの距離を詰めた。
「舐めるな!」
右拳。
《灼獅》が。
顔面へ振り抜かれる。
バルドは。
僅かに上体を傾けた。
拳が。
鼻先を通り過ぎる。
直後。
シュッ――!
「――ッ!」
《蜂穿》が伸びる。
狙いは。
喉。
ガオンが。
咄嗟に首を傾けた。
チッ――。
頬に。
細い傷が走る。
「ぐっ……!」
だが。
止まらない。
踏み込み。
左拳を振るう。
「はぁっ!」
バルドは。
半歩だけ下がった。
長い柄が。
その手の中を滑る。
ガッ‼︎
「ッ!」
石突が。
ガオンの手首を打った。
拳が逸れる。
同時に。
バルドの手元が返った。
シュッ‼︎
「チィッ!」
今度は。
胸。
ガオンが身体を捻る。
ザシュッ――!
服が裂け。
胸元に。
細い傷が走った。
「…………」
ガオンが。
大きく距離を取る。
頬。
胸。
どちらも浅い。
だが。
先ほどから。
攻撃を当てているのは。
バルドだけだった。
「同じだな」
「あ?」
「さっきから」
バルドが。
《蜂穿》の穂先を向ける。
「突っ込む。避ける。また突っ込む」
「…………」
「分かりやすい」
「貴様……喧嘩を売ってるのか?」
「もう戦ってるだろ」
「…………」
一瞬。
ガオンが黙る。
「……それもそうだな」
ガンッ‼︎
《灼獅》同士を。
強く打ち合わせた。
掌に。
熱が集まる。
周囲の空気が。
僅かに揺らぎ始めた。
「なら――」
ガオンが。
腰を落とす。
「貴様が捉えられんほど――」
熱が。
さらに高まる。
「速くなればいいだけだ!」
ドンッ‼︎
一瞬。
ガオンの姿が。
掻き消えた。
先ほどより。
明らかに速い。
瞬く間に。
バルドの懐へ潜り込む。
「――《獅子拳》!」
赤熱した拳が。
バルドの顔面へ迫った。
「だから――」
「――⁉︎」
バルドが。
僅かに身体を傾ける。
それだけで。
拳が空を切った。
「そういうとこ」
シュッ――!
《蜂穿》が。
ガオンの脇腹へ伸びる。
「チッ!」
身体を捻る。
ザシュッ‼︎
「ぐっ……!」
脇腹が裂け。
血が飛んだ。
ガオンは。
そのまま数歩駆け抜け。
振り返る。
「…………」
バルドは。
追ってこない。
猫背のまま。
《蜂穿》を構えている。
「速くなったな」
「当たり前だ」
「でも――」
バルドが。
ぼそりと続ける。
「さっきより刺しやすい」
「…………」
ガオンの目が。
細くなった。
「……言ってくれるな」
《灼獅》を。
強く握り締める。
熱が。
さらに高まっていく。
「なら――」
口角を上げる。
「さらに上げるまでだ」
バルドは。
小さく息を吐いた。
「そういう話じゃねぇんだけどな」




