死の恐怖
「…………」
ドーマの笑いが。
ふっと止まった。
「――っ!」
次の瞬間。
頭上。
二振りの《化双》が。
同時に振り下ろされる。
「くっ……!」
レテは《水凪》を横に構えた。
ギィィィン‼︎
長剣と短剣。
二つの刃を。
一本の《水凪》で受け止める。
「……お前の霊器」
「……ッ!」
ギリギリと。
三つの刃が軋む。
ドーマは。
間近で《水凪》を眺めた。
「面白れぇな」
「……何を……」
「形がねぇ刀か……」
「――っ!」
《水凪》は。
水によって形作られた刃。
鉄でも。
鋼でもない。
「…………」
ドーマが。
僅かに目を細めた。
その瞬間。
ぐっ――。
《化双》へ。
全体重を預ける。
「くっ……!」
押し潰されそうになり。
レテが踏ん張る。
だが。
ドーマの両足が。
地面から離れた。
「――え?」
両足を。
後方へ大きく振り上げる。
そして。
《化双》を支点に。
ぶらん――。
身体そのものを。
振り子のように揺らした。
次の瞬間。
勢いをつけた両足が。
レテの腹部へ跳ね上がる。
ドゴッ‼︎
「ごふっ……!」
肺から。
息が一気に吐き出された。
レテの身体が。
後方へ吹き飛ぶ。
「……活かしきれてねぇよ」
「……っ」
腹部を押さえ。
レテが顔を上げる。
「ごっほ……どういう意味ですか……」
「さぁな!」
「なっ――」
ドーマが。
答える気などないとばかりに。
身体を回転させた。
二振りの《化双》が。
円を描く。
(左から……)
レテの目が。
その動きを追う。
(短い方……!)
僅かに。
距離を取る。
避けるだけではない。
短剣が空を切った瞬間。
踏み込み。
《水凪》で斬る。
(今度こそ――)
「また引っかかったなぁ!」
「――⁉︎」
ドーマの笑い声。
回転の最中。
二本の《化双》が。
その手の中で入れ替わっていた。
左手。
そこに握られていたのは――。
(長い方……⁉︎)
「くっ!」
ザシュッ――!
「――っ!」
レテの腹部を。
長剣が横一文字に走った。
鮮血が散る。
だが。
「……?」
ドーマの眉が。
僅かに動いた。
「……浅いな」
「はぁ……はぁ……!」
レテが。
数歩後ろへ下がる。
「…………」
ドーマは。
自分の足元へ視線を落とした。
濡れている。
靴も。
地面も。
細かな水に覆われていた。
「……またやりやがったな」
ドーマが。
ディーネを睨む。
「クソ精霊」
淡い光を纏ったディーネが。
大きな尾鰭を揺らしていた。
レテの身体を。
水で僅かに引き寄せたのだ。
ほんの僅か。
数センチ。
それだけで。
腹を深く裂くはずだった刃が。
浅い傷へ変わった。
「……また」
レテが。
傷口を押さえる。
「助けられました……」
「チッ」
「…………」
レテは。
ドーマを見る。
跳ぶ。
回る。
剣を支点に身体を浮かせる。
左右の剣を。
戦いの最中に持ち替える。
「貴方……」
「あ?」
「曲芸みたいなことばかりして」
僅かに。
眉を寄せる。
「ふざけてるんですか?」
「…………」
一瞬。
ドーマが固まった。
そして。
「……ぶっ」
口元を押さえる。
「ぶっははははは‼︎」
「…………」
「テメェ……!」
腹を抱え。
大声で笑う。
「そのふざけた技で追い込まれてるテメェは何なんだ‼︎ あぁ⁉︎」
「…………」
言い返せない。
「ぐっはっはっは! ったく……!」
笑いながら。
《化双》を肩へ担ぐ。
「引っかかるテメェが悪りぃんだよ」
「…………」
「そもそもなぁ」
ドーマが。
短剣をくるりと回す。
「本気で欺きゃ――」
にぃっ。
口角が上がった。
「フーガにだって通用するはずだ」
「…………!」
「テメェ如きにどうこうできるもんじゃねぇけどな!」
「……欺き?」
「あぁ?」
「それが……貴方の戦い方ですか?」
「…………」
ドーマが。
少し考えるように首を傾ける。
「まぁ……」
長剣で。
肩を軽く叩く。
「エルネの野郎は《極致》なんて言ってやがったな」
「……極致」
「難しく考えんな」
二本の剣を。
ぶらりと下げる。
「要は一芸を極めて――」
自分の胸を。
親指で指した。
「それを自分だけのもんにすんだよ」
「…………」
レテの瞳が。
僅かに揺れる。
「……他には」
「あ?」
「他には、どのような《極致》が?」
「…………」
「貴方以外の不死隊も――」
「あぁ⁉︎」
ドーマの眉間に。
青筋が浮かぶ。
「知らねぇよ!」
「……」
「戦ってる最中に質問ばっかしてんじゃねぇ!」
「貴方が説明し始めたのでしょう!」
「うるせぇ!」
ドーマが。
一歩踏み出し――。
「……おい」
止まった。
「あ?」
周囲を見る。
いつの間にか。
路地の至る所に。
水が浮かんでいた。
一つ。
二つ。
十。
二十。
さらに。
その向こうにも。
無数の水の礫。
「……なんだこりゃ」
「…………」
レテが。
ゆっくりと《水凪》を持ち上げる。
その隣で。
ディーネが尾鰭を揺らす。
「――《横時雨》」
瞬間。
無数の水礫が。
一斉に動いた。
「――!」
右から。
左から。
正面から。
横殴りの雨のように。
ドーマへ殺到する。
「……はっ」
ドーマが。
笑った。
「やりゃできんじゃねぇか」
迫る。
水礫の群れ。
それを前にしても。
逃げない。
防がない。
《化双》を。
だらりと下げたまま。
「だが――」
ドーマの目が。
細くなる。
「甘ぇよ」
水礫が。
目前まで迫る。
「雑魚」
ドドドドドドッ‼︎
無数の水が。
ドーマの身体へ直撃した。
地面が抉れ。
水飛沫と砂埃が。
路地いっぱいに舞い上がる。
「はぁ……はぁ……」
レテが。
肩で息をする。
「…………」
手応えは。
あった。
確実に。
何発も当たった。
なのに。
砂埃の向こうから。
足音。
ザッ――。
ザッ――。
「…………え?」
人影が。
ゆっくりと現れる。
「お〜……」
ドーマだった。
肩から。
血が流れている。
太腿にも。
脇腹にも。
水礫によって抉られた傷。
いくつも。
決して。
無傷ではない。
「痛って〜……」
それなのに。
歩みは止まらない。
顔にも。
恐怖はない。
「……何で……」
「あ?」
レテが。
思わず口にする。
「……死ぬのが」
血を流しながら歩いてくる男を見る。
「怖くないんですか……?」
「…………」
ドーマの足が。
止まった。
「は?」
先ほどまで。
笑っていた顔から。
表情が消える。
「…………」
レテを。
じっと見る。
そして。
「殺す気もねぇのに」
「……!」
「腑抜けたこと聞くな」
「…………」
「テメェ」
ドーマが。
自分の肩を指差す。
「ここ」
次に。
太腿。
「ここも」
そして。
脇腹。
「全部――」
血に濡れた指を。
レテへ向ける。
「敢えて急所外したろ?」
「…………!」
レテの瞳が。
見開かれる。
「殺さねぇように」
ドーマが。
ゆっくり《化双》を構えた。
「当てる場所選んだよなぁ?」
「それは……」
「ふざけんなよ、こら?」
低い声。
怒っていた。
先ほどまでの。
苛立ちとは違う。
「俺らはテメェらを殺しに来てんだぞ」
血が。
長剣を握る腕を伝う。
「なのにテメェは――」
一歩。
踏み出す。
「俺が死なねぇ場所選んで攻撃してんのか?」
「…………」
「舐めてんじゃねぇぞ」
ドーマの目が。
鋭く。
レテを射抜く。
「殺す気で来い」
「…………!」
「できねぇなら――」
二振りの《化双》が。
ゆっくり持ち上がる。
「テメェが死ね」




