評論家
キィンッ‼︎
「……⁉︎」
ユノの目が見開かれた。
確かに。
捉えたはずだった。
だが。
火を纏った拳は。
エルネの身体へ届いていない。
その拳を。
《翠角》の細い刀身が受け止めていた。
「へぇー!」
エルネが楽しそうに目を細める。
「支援術が得意って聞いてたけど――」
火越しに。
ユノを見つめる。
「なかなかいい連撃だったよ!」
「っ……!」
シュッ――!
「いっ⁉︎」
ユノが慌てて右腕を引く。
遅い。
《翠角》の切っ先が。
右腕を何度も掠めていた。
浅い傷が。
いくつも走る。
「くっ……!」
ユノが距離を取る。
「ドーマ君あたりだったら、効いてたかもしれないね」
「…………」
「術の組み立てが上手い。それに何より――」
エルネの視線が。
ユノの全身へ向けられる。
「火の術の使い方」
「……?」
「普通は撃ったり、燃やしたりするものだろう?」
エルネが。
僅かに感心したように笑う。
「それを自分の身体能力を上げるために使うとはねぇ……」
「…………」
ユノが眉を寄せる。
「まるで評論家ですね……」
「ははは、そうかい?」
エルネは。
楽しそうに笑う。
「まぁ――火力の方はクソだけどね」
「…………」
ユノの眉が。
ぴくりと動いた。
「クソ……言ってくれますね」
「正直なだけさ」
にっこりと。
エルネが微笑む。
「さて!」
《翠角》を。
軽く構え直す。
「次は――私が行かせてもらうよ?」
「…………!」
変わった。
ほんの一瞬で。
それまでの。
柔らかな雰囲気が消える。
殺気ではない。
威圧感でもない。
ただ。
どこにも――。
隙がない。
「……《活火》」
ボッ――!
ユノの身体を。
火が駆け巡る。
さらに。
「――《活火》」
二重。
身体を巡る熱が。
さらに増す。
心臓が。
強く脈打つ。
脚へ。
腕へ。
全身へ。
火の力が行き渡っていく。
「それから――」
ユノが。
目を見開いた。
「《火眼》」
瞳の奥に。
小さな火が灯る。
「……!」
エルネが。
僅かに眉を上げた。
「へぇ……」
見える。
筋肉の収縮。
重心の移動。
肩の傾き。
足先の向き。
呼吸。
次に。
どこへ力を入れるのか。
身体が動き出す。
その僅かな前触れを。
《火眼》が捉える。
「…………」
エルネの右脚。
筋肉が。
僅かに収縮した。
重心が。
前へ傾く。
(来る――!)
ダンッ‼︎
「……!」
エルネが。
一気に加速した。
(速い……!)
《翠角》の切っ先が。
真っ直ぐ。
ユノへ迫る。
(……けど!)
見える。
踏み込む脚。
捻られる腰。
僅かに引かれた右肩。
(見える!)
ユノが。
横へ跳んだ。
ヒュッ――!
細い切っ先が。
鼻先を掠める。
(ここ!)
あれだけ強く踏み込んだ。
あの速度なら。
すぐには止まれない。
必ず。
次の動きまでに。
隙が生まれる。
「キュウ!」
『キュッ!』
「《狐火》!」
ボッ!
ボッ!
ボッ!
九つの。
青白い火球が現れる。
だが。
今度は。
エルネを囲まない。
一つ。
また一つ。
互いへと吸い寄せられ。
重なる。
さらに。
重なる。
九つの火が。
一つの巨大な青白い火へと変わっていく。
「――《狐火・九重》……」
その瞬間。
「――ぐっ⁉︎」
鋭い痛みが。
ユノの身体を走った。
「…………え?」
血が。
舞う。
胸元。
脇腹。
肩。
《翠角》の刃が。
ユノの身体を切り裂いていた。
「な……んで……」
集まりかけていた火が。
形を失う。
九つの狐火へ戻り。
一つ。
また一つと。
消えていく。
「…………」
ユノが。
目を見開く。
(おかしい……!)
見えていた。
確かに。
見えていた。
右脚に力が入った。
重心も前へ移った。
エルネは。
間違いなく踏み込んだ。
なのに――。
「…………」
目の前のエルネは。
まるで。
最初から突進などしていなかったかのように。
力の抜けた姿勢で立っていた。
(なんで……⁉︎)
あれだけの速度だった。
あれだけ強く踏み込んだ。
急には。
止まれないはずだ。
なのに。
エルネの身体には。
僅かな揺れすらない。
それどころか。
攻撃を終えた直後だというのに。
既に。
次の一手へ移れる姿勢になっている。
「また面白い術を使うね」
「……っ」
「目かな?」
エルネは。
ユノの《火眼》を見つめる。
「私の身体の動きを見て……次に何をするか読んだ」
「…………」
「うん」
にっこりと。
エルネが微笑んだ。
「読み方は悪くないよ」
「……!」
「でも――」
《翠角》の切っ先が。
再び。
ユノへ向けられる。
「見えたものが、そのまま答えだと思わない方がいい」
「…………」
「相手だって」
エルネの膝から。
ふっと。
力が抜けた。
「途中でやめられるんだから」
「……!」
あまりにも。
当たり前のことを言うように。
エルネは笑っていた。




