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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
休暇

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そんな世界であってほしい

「――っ!」


 ミュゼの前髪が。


 一瞬で後ろへ流れる。


 来る。


 そう思った時には。


 もう。


 セリオは目の前にいた。


「速っ――」


 《飛燕》が。


 横薙ぎに走る。


 ミュゼは膝から崩れるように。


 身体を落とした。


 頭上を。


 風の刃が通り過ぎる。


「っぶな……!」


 そのまま。


 両手を屋根につく。


 脚を跳ね上げ。


 セリオの顎を狙う。


「ふっ!」


「――!」


 セリオが。


 僅かに首を反らした。


 靴先が。


 鼻先を掠める。


「おっ!」


 ミュゼが笑う。


「これは避け――」


『セリオ、右!』


「ああ」


「――!」


 声と同時に。


 《飛燕》が振るわれた。


「くっ!」


 ミュゼは。


 蹴り上げた勢いのまま身体を捻る。


 刃を躱し。


 屋根を転がる。


 そのまま。


 四つん這いに近い姿勢で着地した。


「…………」


 ミュゼの目が。


 フィンへ向く。


「……それもアリなんすか」


『何が?』


「アンタが周り見てんの」


『当たり前だろ〜?』


 フィンは。


 セリオの肩に座ったまま。


 楽しそうに笑う。


『オイラとセリオは一緒に戦ってんだからな!』


「……あー」


 ミュゼが。


 嫌そうに顔を歪める。


「一対二じゃないっすか」


「今さらかよ」


「ズルいなぁ」


「知らねぇよ」


 セリオが。


 《飛燕》を構え直す。


「来ねぇなら、こっちから行くぞ」


「…………」


 ミュゼの笑みが。


 消えた。


 直後。


 セリオが消える。


「――っ!」


 速い。


 だが。


 今度は。


 見失わない。


 ミュゼの瞳が。


 僅かに動く。


「そこっ!」


 ギィンッ‼︎


 《遊猫》が。


 《飛燕》を受け止める。


「お?」


『へぇ!』


「見えた……!」


 ミュゼが。


 一気に踏み込む。


 片方の鉤爪で刃を押さえ。


 もう片方を。


 セリオの腹へ。


「もらった!」


「甘ぇ」


「――⁉︎」


 セリオの身体が。


 ふわりと浮いた。


 踏ん張らない。


 抗わない。


 ミュゼが押し込んだ力に合わせ。


 風に流されるように。


 後ろへ滑る。


「なっ――」


 間合いが。


 外れた。


「チッ!」


 ミュゼが。


 すぐに追う。


 屋根を蹴り。


 煙突へ足を掛け。


 さらに加速。


「逃がさないっすよ!」


「誰が逃げてんだよ」


 セリオが。


 空中で身体を翻す。


 《飛燕》を振るう。


「――!」


 ミュゼが。


 大きく横へ跳ぶ。


 風の刃が。


 屋根を走った。


 その瞬間。


 ミュゼの口元が。


 吊り上がる。


「――そこ」


「?」


 避けた先。


 いや。


 最初から。


 そこへ誘っていた。


 ミュゼは。


 屋根の縁を蹴った。


 身体が。


 異様な角度で折れ曲がる。


 セリオの視界から。


 一瞬。


 完全に消える。


『セリオ!』


「分かって――」


「遅いっす!」


 真下。


 屋根へ張り付くような低さから。


 ミュゼが跳ね上がった。


 二本の鉤爪が。


 交差する。


 狙いは。


 両肩。


 ザシュッ‼︎


「ぐっ!」


 血が。


 宙へ散った。


「よし!」


 両肩。


 確かに斬った。


 ミュゼが。


 着地する。


「やっと――」


「フィン」


『おう!』


「……え?」


 風が。


 止まった。


 一瞬だけ。


 完全に。


 そして。


 次の瞬間。


 セリオの姿が。


 ミュゼの視界から消えた。


「――は?」


「おせぇ」


 声は。


 背後。


「――っ⁉︎」


 振り返る。


 だが。


 間に合わない。


 《飛燕》が。


 ミュゼの胸を。


 深く。


 斜めに斬り裂いた。


「が――っ!」


 鮮血が。


 噴き出す。


 身体が。


 大きく仰け反った。


「ぐ……っ!」


 それでも。


 ミュゼは倒れない。


 歯を食いしばり。


 《遊猫》を振るう。


「まだ――!」


 セリオは。


 僅かに首を傾ける。


 それだけで。


 鉤爪が空を切った。


「…………」


 虹色の瞳が。


 ミュゼを捉える。


 次の瞬間。


「――――」


 ミュゼには。


 何が起きたのか。


 分からなかった。


 ただ。


 景色が。


 ぐるりと回る。


 空。


 城。


 屋根。


 空。


「……え?」


 身体が。


 宙を舞っていた。


 違う。


 飛ばされた。


 セリオの蹴りが。


 腹へ突き刺さっていた。


「がはっ‼︎」


 屋根を。


 一度。


 二度。


 三度。


 跳ねる。


 その先。


 屋根の縁。


「っ……!」


 ミュゼが。


 咄嗟に鉤爪を突き立てた。


 ガギィッ!


「ぐ……!」


 身体が。


 屋根の外へぶら下がる。


「はぁ……っ」


 血が。


 ぽたり。


 ぽたりと。


 眼下の路地へ落ちる。


「はぁ……はぁ……」


 ミュゼが。


 ゆっくり顔を上げた。


 セリオが。


 近づいてくる。


 いや。


 足は。


 屋根に触れていない。


 風に運ばれるように。


 静かに宙を進んでいる。


『どうする〜?』


 肩の上で。


 フィンが尋ねる。


「決まってんだろ」


 セリオが。


 《飛燕》を下げたまま。


 ミュゼを見下ろす。


「捕まえる」


『殺さねぇの?』


「聞きてぇことが山ほどある」


「…………」


 ミュゼの口元が。


 僅かに上がった。


「……優しいっすねぇ」


「あ?」


「俺だったら……」


 鉤爪を。


 屋根から引き抜く。


「殺せる時に殺しますけど」


「――!」


 ミュゼが。


 自ら。


 屋根から手を離した。


「チッ!」


 セリオが。


 縁へ飛ぶ。


 ミュゼは。


 壁。


 窓枠。


 張り出した看板。


 その全てを足場にし。


 落下しながら。


 異常な速度で駆け下りていく。


『逃げたぞ!』


「見りゃ分かる!」


 セリオが。


 宙へ身を投げた。


 風が。


 身体を受け止める。


「逃がすかよ!」


 一直線に。


 ミュゼを追う。


「…………」


 背後から迫る気配に。


 ミュゼが振り返る。


「うわぁ……」


 セリオ。


 その肩にはフィン。


 さらに。


 風を纏った《飛燕》。


「まだ追ってくる……」


『当たり前だろ〜!』


「聞こえてるんすけど!」


『じゃあ止まれ〜!』


「嫌っすよ!」


 ミュゼが。


 路地へ着地する。


 同時に。


 地面を蹴った。


 だが。


 次の瞬間。


 前方。


 風が渦巻く。


「…………」


 ミュゼの足が。


 止まった。


 風の中から。


 セリオが現れる。


「……嘘でしょ」


「逃げんのは諦めろ」


「それは――」


 ミュゼが。


 低く腰を落とす。


「無理な相談っす」


 次の瞬間。


 二人が同時に。


 地面を蹴った。


『セリオ!』


 フィンが。


 セリオの肩から飛び上がる。


『オイラがやる!』


「あ?」


 二枚の燕の翼が。


 大きく広がった。


 周囲の風が。


 一斉にフィンへ集まり始める。


「おい!」


 セリオが。


 嫌な予感に眉を寄せた。


「殺すなよ!」


『分かってるって〜!』


 フィンが。


 両手を広げる。


 背中の翼へ。


 風が集う。


 圧縮され。


 薄く。


 鋭く。


 二枚の巨大な刃へと変わっていく。


『――《風翼・断》!』


「――!」


 放たれた瞬間。


 セリオの顔色が変わった。


「――バカ! そんなの撃ったら!」


「…………」


 路地を埋め尽くす。


 二枚の風刃。


 ミュゼが。


 それを見上げる。


「……あぁ」


 避ける場所はない。


 今の身体では。


 躱し切れない。


「…………」


 ミュゼが。


 力なく笑った。


「ゲンさんの……馬鹿野郎」


 ザンッ‼︎


 風が。


 ミュゼを呑み込んだ。


 血飛沫が。


 舞う。


 壁へ。


 地面へ。


 鮮血が。


 激しく降り注いだ。


「…………」


『…………』


 静寂。


 フィンが。


 ぱちぱちと瞬きをする。


『……ありゃ?』


「…………」


 セリオが。


 ゆっくりと。


 フィンを見る。


「フィン……」


『…………』


「てめぇ……」


『だ、だって!』


 フィンが。


 慌てて両手を振る。


『久しぶりで力加減が……!』


「…………」


『ご、ごめん……』


 燕の翼が。


 しゅんと垂れる。


『聞きたいこと……あったんだよな……』


「……それもだがよ」


 セリオが。


 血に染まった路地を見る。


「簡単に殺すな」


『…………』


「敵だろうとなんだろうと……」


 倒れたミュゼへ。


 視線を向ける。


「死んだら……そこで終わりなんだ」


『…………』


「そいつにだって……」


 僅かに。


 目を伏せる。


「悲しむやつもいる」


『…………』


 フィンが。


 ゆっくりと。


 セリオの肩へ降りた。


『……セリオ』


「あ?」


『甘いよ……』


「…………」


 セリオは。


 否定しなかった。


「……あぁ」


 それでも。


 倒れたミュゼから。


 目を逸らさない。


「だけど俺は――」


 静かに。


 言葉を続ける。


「そんな甘さが受け入れられる世界であってほしい」


『…………』


「行くぞ、フィン」


『……うん』


 セリオが。


 踵を返す。


 フィンも。


 もう何も言わなかった。


 二人の姿が。


 路地の向こうへ消えていく。


     ◇ ◇ ◇


「…………」


 静まり返った路地。


 壁も。


 地面も。


 赤く染まっていた。


 その中心で。


 ミュゼは。


 ぴくりとも動かない。


「…………」


 数秒。


 十数秒。


 そして――。


「…………ごっふ」


 びくんっ!


 ミュゼの身体が。


 大きく跳ねた。


「げほっ! げほっ!」


 口から。


 血が溢れる。


「うえっ……!」


 身体を丸め。


 何度も咳き込む。


「げほっ……げほっ……!」


 息をするたび。


 喉の奥から。


 血の味が込み上げてくる。


「…………っ」


 袖で。


 口元を拭う。


 当然。


 袖まで真っ赤に染まった。


「血生臭ぇ……」


 ミュゼが。


 顔をしかめる。


「はぁ……っ」


 胸を深く裂かれた傷も。


 フィンの術で刻まれた傷も。


 消えてはいない。


「…………」


 自分の身体を見下ろす。


 しばらく。


 無言で傷を眺めて。


「……あー」


 面倒そうに。


 頭を掻いた。


「二回分は死んだな……」


「…………」


 壁へ。


 手をつく。


「クソが……」


 ゆっくりと。


 身体を起こす。


「よっ……と」


 ぐらり。


「うぉ……」


 身体が傾く。


 慌てて。


 壁へ肩を預けた。


「……痛ぇ……」


 それでも。


 なんとか立ち上がる。


「…………」


 ミュゼが。


 セリオ達の立ち去った方向を。


 ちらりと見る。


「……甘い、か」


 ぽつりと。


 呟く。


「…………」


 しばらく。


 その方向を見つめていたが。


「……まぁ、いいや」


 すぐに。


 視線を外した。


 身体の向きを変える。


 セリオ達とは。


 反対側へ。


 一歩。


「……っ」


 また一歩。


 壁へ手をつきながら。


 ふらふらと。


 歩いていく。


「……みんなのとこ行くか」


 ぽたり。


 ぽたり。


 血の跡を残しながら。


 ミュゼは。


 仲間達のいる方角へと。


 歩いていった。

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