吹き荒れる風の中②
風が。
セリオを中心に渦巻く。
「…………」
ミュゼは。
思わず目を細めた。
先ほどまでとは。
明らかに違う。
黒かった髪は。
その色を残したまま。
毛先へ向かうにつれ。
白銀。
そして淡い青緑へと透けている。
風など吹いていないはずなのに。
髪は絶えず。
ふわり。
ふわりと宙を泳ぐ。
虹色の瞳。
青。
紫。
緑。
金。
いくつもの色が混ざり合うその中で。
今は。
青緑の光だけが。
一際強く輝いていた。
そして。
その身体。
元の黒い衣服へ重なるように。
白銀の装束が現れている。
鎧ではない。
もっと軽く。
薄く。
風そのものを纏っているような姿。
肩から伸びた布は。
途中から輪郭を失い。
淡い光を残して。
風へと溶けていく。
腕と脚には。
風を固めたような。
薄い装甲。
そして。
背後には。
二本の巨大な風の帯が。
ゆらゆらと漂っている。
翼のようにも。
尾のようにも見える。
だが。
その形は定まらない。
絶えず揺らぎ。
形を変え続けている。
「…………」
ミュゼの視線が。
下へ落ちる。
足が。
屋根に触れていない。
ほんの僅か。
セリオの身体は。
宙に浮いていた。
そして。
その両手。
二振りの《飛燕》。
形そのものは変わっていない。
だが。
刀身を。
半透明の風が覆っている。
刃の先で。
風が伸びる。
縮む。
揺らぐ。
まるで。
剣そのものが。
呼吸しているかのように。
「…………」
ミュゼの目が。
僅かに細くなった。
「……霊名」
「なんだ。知ってんのか」
「そりゃまぁ……」
ミュゼの笑みが。
僅かに引きつる。
「でも、アンタが使えるとは知らなかったっす」
「そうかよ」
その時。
『ん〜〜っ!』
「…………」
セリオの肩の上で。
小さな何かが。
大きく伸びをした。
少年だった。
手のひらに乗ってしまいそうなほど。
小さな身体。
その背中からは。
二枚の翼が伸びている。
細く。
長く。
風を切るために研ぎ澄まされたような。
燕の翼。
少年は。
セリオの肩に腰掛けたまま。
ミュゼへ向かって。
ぶんぶんと手を振った。
『よぉ!』
「…………」
『オイラの名前はフィン!』
親指で。
自分を指す。
『霊名はシルフィロード! よろしくな〜!』
「わざわざ挨拶しなくていい」
『なんだよ〜!』
フィンが。
セリオの頬を。
ぺしぺしと叩く。
『挨拶は基本だろ〜!』
「今、戦ってんだぞ」
『戦ってても挨拶くらいするだろ!』
「しねぇよ」
『するんだよ!』
「…………」
ミュゼは。
そんな二人を見つめる。
驚いてはいない。
ただ。
ものすごく。
嫌そうな顔をしていた。
「……霊名」
ぼそり。
呟く。
そして。
セリオの肩に座るフィンを見る。
「……《顕霊》まで」
『お?』
「…………」
ミュゼが。
がっくりと肩を落とした。
「……まぁ、そりゃそうか……」
「あ?」
数秒。
沈黙して。
ミュゼが突然。
頭を抱えた。
「あー! もう!」
「なんだよ」
「貧乏くじ引いた!」
「はぁ?」
「なんで俺の相手がアンタなんすか!」
『あはははは!』
フィンが。
セリオの肩の上で。
腹を抱えて笑う。
『ハズレ引いたな、お前!』
「笑い事じゃないっすよ!」
『オイラは楽しいぞ!』
「でしょうね!」
「…………」
セリオが。
二人を交互に見る。
「テメェら、意外と気が合うんじゃねぇか?」
『やめろよ』
「やめてくださいっす」
「そこだけ息合ってんじゃねぇか」
「…………」
ミュゼが。
大きく息を吐いた。
「はぁ……」
それから。
再び。
両手の《遊猫》を構える。
「まぁ……」
腰を。
低く落とす。
「引いちまったもんは、しょうがないっすね」
ドクンッ。
全身を巡る魔力が。
再び脈打った。
脚。
腰。
背中。
肩。
腕。
指先。
魔力が。
身体の隅々まで駆け巡る。
「逃げ切れば――」
ミュゼが。
笑う。
「俺の勝ちっす」
『おっ! まだやる気だぞ、セリオ!』
「見りゃ分かる」
セリオが。
《飛燕》を構える。
「フィン」
『おう!』
小さな身体が。
セリオの肩から飛び上がった。
二枚の燕の翼が。
大きく広がる。
同時に。
セリオの背後で揺らめいていた。
二本の風が。
大きく膨れ上がった。
『行こうぜ! セリオ!』
「ああ」
「…………」
ミュゼの笑みが。
消える。
次の瞬間。
屋根を蹴った。
ダンッ‼︎
「――っ!」
《魔脈》。
先ほどまでとは。
比べものにならない速度。
一瞬で。
セリオとの距離を潰す。
「もらい――」
金色の鉤爪が。
セリオの首へ迫る。
だが。
「遅ぇ」
「――え?」
消えた。
セリオが。
目の前から。
完全に。
「…………は?」
鉤爪が。
空を切る。
右。
いない。
左。
いない。
後ろ。
いない。
「どこ――」
『上だぞ〜』
「――⁉︎」
ミュゼが。
咄嗟に顔を上げる。
そこに。
セリオがいた。
屋根から数メートル。
何もない空中。
まるで。
そこに地面でもあるかのように。
立っている。
「……いやいや」
ミュゼの頬が。
引きつった。
「飛ぶのは聞いてないっすよ」
「言ってねぇからな」
「そういう問題――」
セリオの姿が。
掻き消えた。
「――じゃっ⁉︎」
ギィィンッ‼︎
「ぐっ⁉︎」
《飛燕》と。
《遊猫》が激突する。
衝撃。
ミュゼの両脚が。
屋根へ沈む。
「重っ……!」
「そらよ!」
二撃目。
「っ!」
ミュゼの身体が。
大きく反る。
刃が。
鼻先を掠める。
避けた。
そう思った。
直後。
スッ――。
「…………え?」
頬が。
熱い。
指で触れる。
赤い。
血。
「…………」
ミュゼが。
ゆっくりと《飛燕》を見る。
刀身を覆う。
半透明の風。
その先端が。
ゆらり。
伸びた。
「……あぁ」
ミュゼが。
納得したように。
小さく頷く。
「間合いまで変わるんすか」
『風だからな!』
「それ、ズルくないっすか?」
「知るか」
「ですよねぇ!」
再び。
セリオが消える。
「――っ!」
右。
左。
上。
下。
刃が。
風が。
四方八方から襲いかかる。
「くっ……!」
ミュゼの身体が。
異様なほど大きく捻れる。
首を逸らし。
肩を落とし。
腰を折り。
地面すれすれまで身体を倒し。
時には。
両手まで屋根について。
獣のように駆ける。
それでも。
ザシュッ!
「っ!」
腕。
ザッ!
「ぐっ!」
脇腹。
ザシュッ‼︎
「――っ!」
太腿。
傷が。
増えていく。
「…………」
ミュゼが。
距離を取る。
頬。
腕。
脇腹。
脚。
そこかしこから。
血が流れている。
「……参ったなぁ」
笑ってはいる。
だが。
その額には。
汗が滲んでいた。
「俺、避けるの得意なんすけどね」
「見りゃ分かる」
「なのに――」
ミュゼが。
《遊猫》を構える。
「避けても斬られるとか」
目の前。
風の中に浮かぶセリオを見上げる。
「ほんっと……貧乏くじっすよ」
『だから言ったろ! ハズレだって!』
「アンタは黙っててください!」
『なんでだよ〜!』
「フィン」
『あ?』
「行くぞ」
『おう!』
「…………」
ミュゼが。
息を吐く。
そして。
笑った。
「――来いよ」
《遊猫》を。
大きく広げる。
「簡単には殺されてやらないっすよ」
その言葉に。
セリオの虹色の瞳が。
細くなる。
「……上等だ」
次の瞬間。
風が。
爆ぜた。




