追いかけっこ
「誰がだ!」
セリオも迷わず屋根を蹴る。
追ってくる。
それを見て。
ミュゼは空中で身体を捻った。
「でも――」
腰を落とし。
着地。
「追いかけっこなら、俺の方が得意っすよ!」
そのまま駆け出す。
屋根から屋根へ。
塀を蹴り。
細い通路へ飛び込み。
再び屋根へ。
「…………」
後ろを確認する。
いない。
「お?」
ミュゼの口元が緩む。
「さすがに撒い――」
「――誰を?」
「――っ⁉︎」
真上。
見上げた瞬間。
セリオが降ってきた。
「うおっ!」
咄嗟に横へ転がる。
ドンッ‼︎
セリオの足が屋根を叩き。
瓦が弾け飛んだ。
「危なっ!」
「ちょこまかと……!」
すぐに追ってくる。
「いやいやいや!」
ミュゼが走りながら振り返る。
「こっちは逃げてんすよ⁉︎」
「だから追ってんだろうが!」
「話通じねぇっすね!」
「通じてんだよ!」
屋根の端。
ミュゼが飛ぶ。
向かいの建物まで。
少し距離がある。
それでも。
迷わず跳躍した。
「よっ――と!」
着地。
すぐに振り返る。
「…………」
セリオはまだ。
向こうの屋根に立っている。
「……?」
追ってこない。
代わりに。
右手を。
ゆっくりと前へ出した。
「…………」
ミュゼの目が細くなる。
空気が。
変わった。
セリオの周囲へ。
風が集まっていく。
黒髪が揺れ。
長い前髪が持ち上がる。
そして。
その掌へ。
淡い光が集まった。
「――来い」
光が。
二つに分かれる。
「《飛燕》」
風が弾けた。
「――!」
セリオの両手に。
二振りの剣が現れる。
細身の刀身。
風を纏った双剣。
「…………」
それを見て。
ミュゼが小さく息を吐いた。
「……あぁ」
知っている。
聞いていた。
「それが――」
セリオが。
腰を落とす。
「《飛燕》っすか」
「知ってんのか」
「まぁ」
ミュゼも。
僅かに腰を落とした。
「有名人っすからね」
「そりゃ光栄だな」
次の瞬間。
セリオの姿が消えた。
「――っ⁉︎」
速い。
さっきまでとは。
まるで違う。
ギィンッ‼︎
「っ――!」
火花が散る。
ミュゼの手には。
いつの間にか。
金色の鉤爪。
長く湾曲した刃が。
《飛燕》を受け止めていた。
「へぇ」
セリオの虹色の瞳が。
鉤爪へ向く。
「やっと出したな」
「……いやぁ」
ミュゼが。
笑う。
「出させられた、が正しいっすね」
「どっちでもいい」
もう一振り。
左の《飛燕》が閃く。
「っ!」
鉤爪で弾く。
直後。
右。
受ける。
左。
避ける。
右。
「――速っ!」
ギィンッ‼︎
金属音が連続する。
一撃。
二撃。
三撃。
止まらない。
双剣が。
まるで二羽の燕のように。
左右からミュゼへ襲いかかる。
「ちょっ……!」
四撃。
五撃。
六撃。
「待っ――!」
「待つか!」
「ですよね!」
鉤爪で受け。
弾き。
身体を捻って躱す。
それでも。
「――っ」
頬に。
一本の赤い線が走った。
「…………」
ミュゼが。
後ろへ大きく跳ぶ。
頬を指で拭う。
血。
「…………」
それを見て。
笑った。
「なるほど」
両手の鉤爪を構える。
「ガイスト最強――」
その目から。
さっきまでの軽さが。
ほんの少しだけ消える。
「伊達じゃないっすね」
「だから」
セリオが。
二振りの《飛燕》を構えた。
周囲の風が。
渦を巻く。
「逃げんのは諦めろ」
「それは――」
ミュゼが。
低く腰を落とす。
「無理な相談っす」
次の瞬間。
二人が同時に。
屋根を蹴った。




