陽動と鬼ごっこ
カチッ。
小さな音がした。
「…………?」
セリオの眉が動く。
直後。
ドォン――‼︎
王城の反対側から。
鈍い衝撃音が響いた。
「……!」
窓の向こう。
白い煙が立ち昇る。
続けて。
ドンッ‼︎
今度は別の場所。
さらに。
城内へ警鐘が鳴り響いた。
「侵入者だ!」
「西棟を確認しろ!」
「陛下の御身を最優先に!」
下から。
騎士達の怒号が聞こえてくる。
「……テメェ」
セリオが睨む。
「何しやがった」
「さぁ?」
ミュゼは走りながら。
手にした魔具を懐へ戻した。
「俺もびっくりっす」
「白々しいんだよ!」
ダンッ‼︎
「――っ⁉︎」
ミュゼが振り返る。
セリオが。
いない。
「……え?」
「止まれっつってんだろ」
「――⁉︎」
真横。
いつの間にか。
セリオが並んでいた。
「はっや――」
言い切るより早く。
拳が飛んでくる。
「っ!」
ミュゼが上体を反らす。
鼻先。
僅か数センチを。
拳が通り抜けた。
「危なっ!」
そのまま。
セリオの脚が跳ね上がる。
「うおっ!」
腕を交差。
受ける。
ドゴッ‼︎
「ぐっ――⁉︎」
重い。
ミュゼの身体が浮いた。
屋根の上を滑り。
瓦を何枚も砕きながら後退する。
「……っつぅ」
止まる。
両腕が痺れていた。
「マジっすか……」
ただの蹴り。
それを腕で受けただけ。
「聞いてたより――」
顔を上げる。
「ヤバいっすね」
「余裕そうだな」
「…………」
もう。
目の前にいる。
「――っ!」
セリオの拳。
ミュゼは首を傾けて避ける。
二発目。
身体を沈める。
三発目。
「ちょっ――!」
後ろへ跳ぶ。
「休ませろよ!」
「知るか!」
セリオが追う。
「城に何か仕掛けた奴に休憩やる馬鹿がいるか!」
「ごもっともっす!」
拳。
蹴り。
肘。
どれも速い。
それ以上に。
「……っ」
妙だった。
ミュゼが避けた先へ。
次の攻撃が飛んでくる。
右へ逃げれば。
右へ。
下がれば。
前へ。
まるで。
自分の動きが最初から分かっているみたいに。
「…………」
ミュゼの目から。
少しずつ笑みが消えていく。
「なんすか、それ」
「あ?」
「さっきから」
拳を紙一重で避ける。
「俺が動く方、先に潰してないっすか?」
「だったらどうした」
「いやぁ……」
ミュゼが笑う。
「面倒くさい人だなって」
「――そりゃどうも!」
セリオが踏み込んだ。
「っ!」
今までより。
速い。
避け――。
「そこだ」
「――⁉︎」
フェイント。
拳が止まる。
代わりに。
足払い。
「うわっ!」
ミュゼの身体が崩れる。
その襟を。
セリオが掴んだ。
「捕まえた」
「…………」
「さて」
虹色の瞳が。
至近距離からミュゼを睨む。
「全部吐いてもらおうか」
「…………」
ミュゼが。
ちらりと下を見る。
王城の中庭。
何人もの騎士が走っている。
さらに遠くから。
新たな警鐘。
「…………」
口元が緩んだ。
「なんだ」
「いや」
「?」
「さすがっすね」
「……何がだ」
「ガイスト最強」
「…………!」
ミュゼの右手が動く。
腰へ。
セリオの視線が。
一瞬だけそちらへ落ちた。
その瞬間。
「でも」
ミュゼの身体が沈む。
「――捕まる気はないっす」
セリオの手を振りほどき。
屋根の縁へ飛び込んだ。
「待て!」
ミュゼの身体が。
屋根から消える。
セリオも即座に縁へ。
「――あ?」
下。
いない。
「…………」
左右。
いない。
「……チッ」
その時。
「こっちっすよー」
「!」
声は。
上。
見上げる。
さらに高い塔の壁面。
僅かな装飾へ足を掛け。
ミュゼが立っていた。
「…………」
「いやぁ」
へらへらと笑いながら。
片手を振る。
「ほんと化け物っすね、セリオさん」
「……テメェ」
「でも」
ミュゼが。
王城の外へ目を向ける。
「俺ばっか見てていいんすか?」
「……何?」
「そろそろ――」
ドォォン‼︎
再び。
城内から衝撃音。
「始まる頃っすよ」
「…………」
セリオの表情が変わった。
「何がだ」
「さぁ?」
ミュゼは笑う。
「捕まえられたら――教えてあげるっすよ」
「……上等だ」
セリオが。
屋根を踏み砕いた。
「――!」
「今度は逃がさねぇぞ!」
「うわっ!」
迫ってくるセリオを見て。
ミュゼが塔の反対側へ飛び降りる。
「やっぱこの人――」
落下しながら。
楽しそうに笑った。
「めちゃくちゃっすね!」




