お仕事開始っす
◇ ◇ ◇
――少し時間は戻り。
王城。
人目のない城壁沿いの通路で。
二つの人影が、壁際にしゃがみ込んでいた。
「よし!」
ゲンザが勢いよく立ち上がる。
「じゃあ、あとは任せたぞ!」
「うーす……」
壁際で作業を続けながら。
ミュゼが気の抜けた返事をする。
そして。
ちらりとゲンザを見上げた。
「なんかゲンさん、機嫌いいっすね」
「あぁ!」
ゲンザは隠す様子もなく。
豪快に笑った。
「久しぶりにアルトに会えるからな!」
「そすか」
「ガッハハハ! どれだけ成長したか楽しみだ!」
「……親戚のおっさんみたいっすね」
「誰がおっさんだ!」
「ゲンさんっす」
「ガッハハハハ! そうか!」
「そこ否定しないんすね……」
ミュゼが呆れたように息を吐く。
「じゃ、後はやっとくっす」
「おう!」
ゲンザが大きく手を上げた。
「頼んだぞ、ミュゼ!」
「うーす」
そのまま。
ゲンザは通路の角を曲がり。
あっという間に姿を消した。
「…………」
静かになった通路。
ミュゼはしばらく。
ゲンザが消えた方向を眺めていた。
「……そんなに嬉しいもんすかね?」
首を傾げる。
「まぁ、俺はアルトさんに会ったことないからなぁ」
フーガさんも。
ゲンさんも。
エルネさんも。
それに――バルドさんも。
アルトさんの話をする時は。
珍しく楽しそうに話す。
「……バルドさんは何言ってるか分かんねーけど」
ぼそぼそと喋る姿を思い出し。
ミュゼは小さく笑った。
「セラさんは……ヘラヘラしてるって言うし」
『……あいつ、いつもヘラヘラしてる』
いつもの眠そうな顔で。
そんなことを言っていた。
「ゴートーさんは……」
少し考える。
『…………まぁ……』
「……それしか言わないし」
何を聞いても。
それ以上は話してくれなかった。
「ドーマさんなんか……」
『あぁ⁉︎ あのクソガキがどうした!』
かと思えば。
『知らねぇよ! 俺に聞くんじゃねぇ!』
なぜかブチギレる。
「…………」
ミュゼは頬を掻いた。
「ほんと、分かりやすいんだか分かりにくいんだか……」
そして。
最後に浮かんだのは。
上向きに跳ねた三日月髭。
いつも豪快に笑っていた男。
「グウェンさんは……」
ミュゼの声が。
少しだけ静かになる。
「…………」
アルトさんの話をする時。
あの人だけは。
他の皆とは少し違った。
「……多分」
ぽつりと呟く。
「本当に大切に思ってんだと思う……」
だからこそ。
フーガさんは――。
「…………」
そこまで考えて。
ミュゼは首を振った。
「ま、俺が考えても仕方ないっすね」
再びしゃがみ込む。
壁の下。
石と石の僅かな隙間へ。
手のひらほどの小さな魔具を押し込んだ。
指先で位置を調整し。
「よし」
立ち上がる。
「こんなもんか」
服についた埃を軽く払う。
それから。
懐から一枚の紙を取り出した。
簡単に描かれた王城の見取り図。
そこには。
いくつもの印が付けられている。
「一、二、三……」
指で一つずつ追っていく。
「……うん。全部終わってる」
ミュゼとゲンザが。
王城の各所へ仕掛けて回った魔具。
目的は。
城を壊すことじゃない。
女王を殺すことでもない。
必要なのは。
ただ一つ。
「フーガさん達が終わるまで――」
見取り図を折り畳む。
「ここの連中に、大人しくしててもらうこと」
そのための細工。
あとは。
自分が動かすだけ。
「……簡単なお仕事っすね」
ミュゼが歩き出す。
数歩進み。
ふと。
足を止めた。
「…………」
振り返る。
誰もいない。
「……気のせいか」
再び歩き出す。
けれど。
十歩も進まないうちに。
「――おい」
「…………」
ミュゼの足が止まった。
背後から。
低い声。
「さっきから何コソコソしてやがる」
「…………」
ゆっくりと振り返る。
そこには。
一人の青年が立っていた。
後ろと横を軽く整えた黒髪。
少し長い前髪だけが。
無造作に目元へかかっている。
端正な顔立ち。
けれど。
何より目を引いたのは――。
「…………」
その瞳。
青。
紫。
緑。
金。
いくつもの色が。
光の加減によって淡く混じり合っている。
「見ねぇ顔だな」
虹色の瞳が。
ミュゼを真っ直ぐに捉える。
「城の人間じゃねぇだろ」
「…………」
ミュゼは答えない。
その顔を。
じっと見つめる。
黒髪。
そして。
何色とも言えない特徴的な瞳。
「……あー」
「あ?」
「もしかして」
ミュゼが。
少しだけ笑った。
「セリオさんっすか?」
「…………」
セリオの目が。
僅かに細くなる。
「なんで俺の名前知ってやがる」
「やっぱそうなんすね」
ミュゼはどこか感心したように。
セリオを上から下まで眺めた。
「へぇ……」
「…………」
「思ってたより普通っすね」
「あ?」
「もっとこう……」
ミュゼが両手を広げる。
「見るからに化け物! みたいなの想像してたっす」
「……喧嘩売ってんのか?」
「いやいや」
へらっと笑う。
「褒めてるっすよ」
「どこがだ!」
セリオが一歩。
踏み出した。
「…………!」
その瞬間。
ミュゼの笑みが。
ほんの僅かに消えた。
何もしていない。
ただ。
一歩近づいただけ。
それなのに。
「……なるほど」
ミュゼが小さく呟く。
「何がだ」
「いや」
再び。
口元を緩める。
「やっぱ聞いてた通りみたいっすね」
「だから何の話だ」
「気にしないでくださいっす」
ミュゼが。
一歩後ろへ下がる。
「おい」
「じゃ」
さらに一歩。
「俺、仕事あるんで」
「待て」
「無理っす」
次の瞬間。
ミュゼが地面を蹴った。
「――!」
一気に城壁へ。
僅かな出っ張りへ足を掛け。
そのまま上へ駆け上がる。
「逃がすか!」
セリオも地面を蹴った。
その直後。
ミュゼは走りながら。
懐へ手を入れる。
取り出したのは。
小さな魔具。
「さて」
親指を。
その中心へ置く。
「――お仕事開始っす」
カチッ。
小さな音がした。




