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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
休暇

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タイマン

 フィリアは、もう一度だけ。


 布の上に置かれたグウェンの首を見る。


 そして。


 すぐに目を逸らした。


「……大丈夫」


「…………」


 レテは何も言わず。


 フィリアの肩へ、そっと手を置いた。


「いやぁ」


 そんな俺達を見ながら。


 フーガが、ぱんっと手を叩く。


「ええ友情やなぁ」


「…………」


「ほな――始めよか」


 その瞬間。


 空気が変わった。


「アルト」


 ガオンが俺の前へ出る。


「お前は下がってろ」


「ダメだ!」


 俺は叫ぶ。


「こいつらは――」


「知るか」


「ガオン!」


「お前がこいつらを知ってるとか、そんなのはどうでもいい」


 《灼獅》に覆われた両拳を構える。


 銀色の籠手の掌から。


 熱気が滲む。


「俺の友人を殺すと言った」


 周囲の空気が。


 僅かに歪んだ。


「それだけで十分だ」


「…………」


「おぉ」


 フーガが感心したように声を漏らす。


「格好ええやん」


「ログ!」


「分かってる!」


 ログも《崩鎚》を握り直した。


 対するゴートーが。


 巨大な両手剣を構える。


 分厚い黒鉄の刀身。


 左右へ張り出した鍔は。


 獲物へ突き立てる巨大な角を思わせる。


 魔器――《犀嶽(さいごく)》。


「行くぞ!」


 ログが踏み込む。


 真正面。


 振り上げた《崩鎚》を。


 全体重ごと叩きつけた。


「らぁぁぁぁ‼︎」


 ゴートーは避けない。


 《犀嶽》を横へ構え。


 受けた。


 ガギィィン‼︎


「ぐっ……!」


 凄まじい金属音。


 石畳が軋む。


 なのに。


「…………」


 ゴートーは。


 動かない。


「なっ……」


 ログの顔が歪む。


「なんで……!」


 さっきと同じ。


 あれだけの一撃を受けて。


 ぴくりとも。


 動かない。


「ログ!」


 ガオンが横から飛び込む。


 けど。


「チッ……」


 その前へ。


 一本の長槍が滑り込んだ。


 紺色の細い柄。


 そこを這うように。


 金の意匠が螺旋を描いている。


 そして先端には。


 細く。


 鋭く。


 異様なほど真っ直ぐに伸びた穂先。


 魔器――《蜂穿(ほうせん)》。


 バルド。


「邪魔だ!」


 《灼獅》が《蜂穿》を弾く。


 ガオンはそのまま懐へ飛び込んだ。


「……遅ぇ」


「――⁉︎」


 槍の柄が。


 ガオンの脇腹へ突き刺さった。


「がっ!」


 身体がくの字に折れる。


 それでも。


 ガオンは倒れない。


「この程度――!」


 踏み込む。


 拳を振るう。


「チッ」


 バルドが半歩下がる。


 拳が鼻先を掠めた。


「――もらった!」


 さらに一歩。


 二撃目。


 速い。


 さっきよりも。


 確実に。


 なのに。


 バルドは首を傾けただけだった。


 拳が空を切る。


 直後。


 ゴッ‼︎


「がっ!」


 《蜂穿》の石突が。


 ガオンの顎を跳ね上げた。


「ガオン!」


「余所見すんな」


「――⁉︎」


 ログが振り向いた瞬間。


 ゴートーの肩が。


 胸へぶつかった。


「ぐぉっ⁉︎」


 巨体が吹き飛ぶ。


 ログの身体が石畳を転がった。


「……嘘だろ」


 ヒルトが呟く。


「今の……何も使ってないよね」


「…………」


 そうだ。


 ゴートーも。


 バルドも。


 何もしていない。


 術式も。


 何一つ。


 ただ。


 身体と。


 武器と。


 技だけ。


 それだけで。


 ログとガオンを圧倒している。


「だから言っただろ!」


 俺は叫ぶ。


「みんな逃げろ!」


「嫌です!」


 レテが《水凪》を構える。


「アルトくんを置いて逃げるなんてできません!」


「レテ!」


「ほな決まりやな」


 フーガが楽しそうに笑った。


「せっかくやし、タイマンでやろか」


「……何?」


「全員ここで暴れたら邪魔やろ?」


 フーガが周囲を見渡す。


 騒ぎに気づいた人達は。


 悲鳴を上げながら、遠くへ逃げ始めていた。


「ちょうどええやん」


 フーガが指を立てる。


「散ろか」


「…………」


 ゴートーが《犀嶽》を下ろした。


「……隊長」


「ん?」


「こいつ」


 ゴートーがログを見る。


「俺がやる」


「ははっ! ええよ!」


「勝手に決めんな!」


 ログが立ち上がる。


「俺は――」


「来い」


「……あ?」


 ゴートーが背を向けた。


 そのまま歩き出す。


「逃げんのか?」


「…………」


 足が止まる。


 ゴートーが振り返った。


「怖いなら、来なくていい」


「…………」


 ログの額に青筋が浮かぶ。


「誰が怖ぇって?」


「ログ! 待て!」


「悪ぃ、アルト」


 《崩鎚》を肩へ担ぐ。


「あれ言われて黙ってられねぇわ」


「いや、あれ絶対わざと――」


「行くぞデカブツ!」


 ログが走り出す。


 ゴートーも。


 何も言わず、路地の奥へ消えていった。


「ログ!」


「チッ……」


 ガオンが追おうとする。


 その眼前へ。


 《蜂穿》の穂先が突き出された。


「お前はこっちだ」


「……!」


「さっきから」


 バルドが面倒そうに呟く。


「鬱陶しい」


「……言ってくれるな」


 ガオンが《灼獅》を構え直す。


 籠手の周囲で。


 熱に歪んだ空気が揺れた。


「いいぜ」


 口元を吊り上げる。


「相手してやる」


「ガオンまで!」


「心配すんな」


 俺を見ないまま。


「勝って戻る」


「……ケッ」


 バルドが地面を蹴った。


 一跳びで建物の屋根へ。


「待て!」


 ガオンも追う。


 二人の姿が。


 屋根の向こうへ消えた。


「もう!」


 レテが追おうとする。


「おい」


「……!」


 その前へ。


 ドーマが立った。


 右手には長剣。


 左手には、それより一回り短い剣。


 紫と黒を基調とした。


 左右非対称の双剣。


 鍔だけが妙に丸みを帯び。


 尾を巻いた獣のような曲線を描いている。


 魔器――《化双(けそう)》。


「水色頭」


「…………」


「テメェは俺だ」


「お断りします!」


 《水凪》が閃く。


 ドーマの肩口へ。


 斬撃が走る。


 入った。


 そう思った。


「――え?」


 ドーマの身体から。


 突然、力が抜けた。


 ぐにゃりと沈む。


 刃に逆らわず。


 流されるように身を捻る。


「なっ……!」


「チッ」


 次の瞬間。


 レテの手首が掴まれていた。


「面倒くせぇな」


「離してください!」


「こっち来い」


「レテ!」


「アルトくん!」


 レテが《水凪》を振るう。


 けど。


 当たらない。


 いや。


 違う。


 当たる寸前。


 ドーマの身体が。


 力の向きに合わせて形を変えるみたいに動く。


 全部。


 流されている。


「なんだよ……あれ……」


 あんな動き。


 昔のドーマは――。


「アルトくん!」


「レテ!」


 二人の姿が。


 路地へ消えた。


「……次」


 眠そうな声。


 セラ。


 その手には。


 白い長柄の薙刀。


 細い金の意匠が柄を這い。


 先端には。


 鶴の翼を思わせる細身の刃。


 刃元から垂れた白い羽根だけが。


 風に揺れている。


 魔器――《白鶴(はっかく)》。


「……あの子」


 セラが指差した。


 ヒルトの後ろ。


 フィリア。


「……私?」


「うん」


「…………」


「来て」


「……嫌って言ったら?」


「……ここでやる」


「…………」


 フィリアが右手を伸ばした。


 淡い光が集まり。


 その手の中で形を成していく。


「――《遠音》」


 長く。


 細く。


 二枚の翅を思わせる弓が現れた。


「ヒルト」


「フィリア?」


「大丈夫」


 《遠音》を握り直す。


「行ってくる」


「待て、フィリア!」


「ヒルトも」


 俺を見る。


「アルトのこと、お願いね」


 フィリアが駆け出した。


 セラも。


 白い羽根を揺らしながら、その後を追う。


「フィリア!」


 ヒルトが追おうとした。


「ガッハハハハ!」


「――⁉︎」


 その前へ。


 ゲンザが飛び込んできた。


「よぉ! もやし!」


「……誰がもやしだ!」


「お前だ!」


「初対面で失礼すぎるだろ!」


「細けぇこと気にすんな!」


 ゲンザの両手には。


 二本の短棍。


 黒い革が巻かれた太い握り。


 両端を覆う重厚な金属には。


 橙色の筋が斜めに走っている。


 魔器――《虎鉄(こてつ)》。


「さぁ!」


 ゲンザが二本の《虎鉄》を打ち合わせる。


 ガァン‼︎


「やろうぜ!」


「…………」


 ヒルトが両手を開く。


 淡い光が。


 その掌へ集まっていく。


「――《ツインコード》」


 光が弾け。


 二丁の銃が現れた。


「アルト」


「ヒルト!」


「大丈夫」


 銃口をゲンザへ向ける。


「友達置いて逃げたら、隊長に怒られるからね」


「ガッハハ! 言うじゃねぇか!」


 ゲンザが走り出す。


「場所変えんぞ!」


「待て!」


 ヒルトも追う。


「ヒルト!」


 また。


 一人。


 消えた。


「…………」


「……エルネさん」


 ユノの声。


 振り向く。


 そこには。


 深い緑のレイピアを手にしたエルネがいた。


 細く真っ直ぐな刀身。


 その根元を囲む金色の鍔だけが。


 枝分かれした鹿の角みたいに。


 複雑な曲線を描いている。


 魔器――《翠角(すいかく)》。


「うん」


 エルネが笑った。


 あの時と。


 変わらない。


 穏やかな笑顔。


「まさか、本当にアルト君の友達だったとはね」


「…………」


 ユノの表情が曇る。


「どうして……」


「ん?」


「どうして、貴方がここにいるんですか」


「…………」


 エルネが少しだけ困ったように笑った。


「仕事だからね」


「アルトさんを殺すことが……ですか?」


「そうなる」


「…………」


「幻滅した?」


「……かなり」


「そっか」


 エルネの表情は変わらない。


「残念だな」


 《翠角》の切っ先が。


 ユノへ向けられる。


「僕は、君に会えて嬉しかったんだけどね」


「…………」


 ユノが拳を握る。


「……一つ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「あの時」


 少しだけ。


 声が震えた。


「僕に言ってくれたことも……仕事だったんですか?」


「…………」


 エルネの目が。


 ほんの少しだけ細くなる。


「それは違うよ」


 即答だった。


「あの時、君に言ったことに嘘はない」


「…………」


「悲しみも。後悔も」


 《翠角》を構える。


「全部踏み固めて、その上を歩けるくらい強くなればいい」


「……!」


「そう言っただろ?」


「……覚えてたんですね」


「もちろん」


 エルネが微笑む。


「だから――見せてよ、ユノ君」


「…………」


「あれから君が」


 切っ先が僅かに上がる。


「どれだけ踏み固めてきたのか」


「…………」


 ユノが俯く。


 そして。


「……分かりました」


 顔を上げた。


「僕も」


 指先に。


 小さな火が灯る。


「貴方に聞きたいことが、たくさんあります」


「うん」


「だから――」


 ユノの表情から。


 いつもの柔らかな笑みが消えた。


「ここで倒します」


「いい顔するようになったね」


 エルネが背を向ける。


「おいで、ユノ君」


 二人も。


 通りの向こうへ消えていった。


「…………」


 気づけば。


 みんな。


 いなくなっていた。


 ログも。


 ガオンも。


 レテも。


 フィリアも。


 ヒルトも。


 ユノも。


「…………」


 残ったのは。


 俺と。


「寂しなったなぁ」


 フーガ。


「……なぁ」


「ん?」


「なんで……」


 地面には。


 まだ。


 グウェンの首がある。


「なんで……こんなことすんだよ」


「…………」


 フーガは答えない。


 代わりに。


 腰へ手を伸ばした。


 ゆっくりと。


 一本の大刀を抜く。


「…………」


 黒い刀身。


 幅広く。


 僅かに反った長い刃。


 その表面には。


 赤い龍の紋様が。


 刃先へ向かって這うように刻まれている。


 鍔もまた。


 口を開いた龍の頭を思わせる荒々しい造形。


 柄の先では。


 赤い房が静かに揺れていた。


 魔器――《龍憑(りゅうひょう)》。


「アルト」


 フーガが《龍憑》を肩へ担ぐ。


「お前」


 笑った。


「ええ友達できたなぁ」


「…………」


「せやから」


 一歩。


 近づいてくる。


「お兄ちゃんが――」


 消えた。


「――⁉︎」


 咄嗟に腕を上げる。


 ドゴォッ‼︎


「がぁっ⁉︎」


 斬られたんじゃない。


 蹴り。


 ただの蹴りで。


 身体が宙へ浮いた。


 石畳を何度も転がる。


「ぐっ……!」


 止まる。


 顔を上げる。


「――っ」


 もう。


 目の前にいる。


 いつ動いた。


 分からなかった。


「試したるわ」


「…………!」


 フーガが楽しそうに笑う。


「お前が外で」


 《龍憑》をゆっくりと下ろす。


「どんだけ強うなったんか」


 黒い刃に刻まれた赤い龍が。


 俺を睨んでいる。


「――兄弟喧嘩しよか。アルト」

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