どうしようもないくらい懐かしかった
扉の向こうへ入ると。
さっきまでとは、空気が変わった。
「……おぉ」
思わず声が漏れる。
広い。
円形に近い、大きな部屋だった。
白い石造りなのは変わらない。
けれど窓は少なく、壁に掛けられた灯りが静かに室内を照らしている。
そして。
ここにも、たくさんの武器があった。
剣。
槍。
斧。
弓。
盾。
綺麗な物ばかりじゃない。
折れた剣もあれば、半分ほど砕けた盾もある。
柄しか残っていない武器まであった。
「ここは……?」
「白塔の中でも、特に重要な品々を保管している場所です」
シルヴァンさんが答える。
「歴代の騎士達が残した武具。戦場から持ち帰られた物。そして――」
シルヴァンさんの視線が、部屋の奥へ向いた。
「我が国の歴史そのものとも言える品々です」
「…………」
俺も、その視線を追う。
部屋の一番奥。
そこだけ。
周囲から切り離されたように、ぽっかりと空間が空いていた。
その中央に。
一振りの剣がある。
「…………あ」
黒い。
巨大な剣。
昨日。
遠くから見ただけで。
訳も分からないまま、涙が止まらなくなった剣。
スパーナの宝剣。
「…………」
ドクン。
胸が鳴った。
「アルト君?」
パメラ女王の声が聞こえる。
でも。
すぐには返事ができなかった。
昨日より近い。
それだけなのに。
胸の奥から、また同じものが込み上げてくる。
懐かしい。
寂しい。
そして。
会いたい。
誰に?
分からない。
分からないのに。
「…………」
一歩。
足が前へ出た。
もう一歩。
「アルトさん」
「――っ」
足を止める。
横を見ると、シルヴァンさんが俺を見ていた。
怒ってはいない。
ただ。
片眼鏡の奥から、真っ直ぐ俺を見ている。
「あ……」
そうだった。
『私が止まれと言った場合、理由を問わず即座に止まること』
「……すみません」
「いえ」
シルヴァンさんが俺の足元を見る。
「止まれています。問題ありません」
「…………」
なんだ。
ちゃんと褒めることもあるんだな。
「今、失礼なことを考えませんでしたか?」
「考えてません!」
「声が大きいです」
「うっ……」
「ふふっ」
パメラ女王が笑ってる。
やっぱり。
この人、やりづらい。
「シルヴァン君」
「はい」
「もう少し近くまで、いいでしょう?」
「…………」
シルヴァンさんはすぐには答えなかった。
俺を見て。
宝剣を見て。
それから部屋の中を一度見回す。
「……ダリウス殿」
「おう」
「扉をお願いします」
「任せろ」
ダリウスさんが入口へ戻り、閉じられた扉の前に立った。
「陛下はこちらへ」
「はいはい」
「返事は一度で結構です」
「あら」
「…………」
パメラ女王が楽しそうに俺の隣へ移動する。
「アルトさん」
「はい」
「私の前を歩いてください」
「分かりました」
「宝剣には触れない」
「はい」
「展示台にも触れない」
「はい」
「周囲の柵にも触れない」
「はい」
「床は?」
「床には触れて構いません」
「よかった……」
「ただし舐める必要はありません」
「舐めませんよ⁉︎」
「念のためです」
「何の念のため⁉︎」
後ろから。
「ふふふっ……!」
パメラ女王の笑い声。
ダリウスさんまで肩を震わせている。
「……もう行きますよ」
「どうぞ」
なんか疲れる。
それでも。
ゆっくり。
一歩ずつ。
俺は宝剣へ近づいていった。
近づくほど、その大きさが分かる。
「……でかい」
俺の身長よりも大きい。
黒い刀身は分厚く。
飾りらしい飾りは、ほとんどない。
昨日も思ったけど。
やっぱり不思議だ。
国宝って聞いたら。
もっと金とか、宝石とか。
そういう物が付いていると思っていた。
でも。
この剣には何もない。
ただ。
斬るために作られたみたいな。
無骨な黒い大剣。
「…………」
そして。
刀身の一部に刻まれた文字。
「……スパーナ」
「ええ」
パメラ女王が俺の隣へ来る。
「昨日お話しした刻印です」
「…………」
俺は少し屈み込む。
触れないように。
顔だけを近づける。
「アルトさん」
「触ってませんよ!」
「まだ何も言っていません」
「絶対言おうとした!」
「近すぎると言おうとしました」
「ほら!」
「やはり一歩下がってください」
「はい……」
一歩下がる。
それでも。
目だけは剣から離せなかった。
「…………」
近くで見れば。
何か分かると思っていた。
でも。
分からない。
やっぱり俺は、この剣を知らない。
見たこともない。
触れたこともない。
なのに。
「……懐かしい」
小さく呟く。
昨日よりも。
ずっと近くにあるからなのか。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「アルト君?」
「……やっぱり、会いたいです」
「誰に?」
パメラ女王に聞かれて。
俺は首を横に振った。
「分かりません」
自分でも。
変なことを言っていると思う。
「この剣を使ってた人なのか……それとも、別の誰かなのか」
分からない。
顔も。
名前も。
何一つ浮かんでこない。
ただ。
「……誰かに、会いたい」
それだけだった。
「…………」
パメラ女王は何も言わない。
シルヴァンさんも。
ダリウスさんも。
静かな部屋の中。
俺はただ。
目の前の大剣を見つめ続けた。
「…………」
何も起きない。
声が聞こえるわけでも。
何かを思い出すわけでもない。
それでも。
どうしようもないくらい。
懐かしかった。




