白塔の中②
扉の向こうへ入ると。
さっきまでとは、空気が変わった。
「……おぉ」
思わず声が漏れる。
広い。
円形に近い、大きな部屋だった。
白い石造りなのは変わらない。
けれど窓は少なく、壁に掛けられた灯りが静かに室内を照らしている。
そして。
ここにも、たくさんの武器があった。
剣。
槍。
斧。
弓。
盾。
綺麗な物ばかりじゃない。
折れた剣もあれば、半分ほど砕けた盾もある。
柄しか残っていない武器まであった。
「ここは……?」
「白塔の中でも、特に重要な品々を保管している場所です」
シルヴァンさんが答える。
「歴代の騎士達が残した武具。戦場から持ち帰られた物。そして――」
シルヴァンさんの視線が、部屋の奥へ向いた。
「我が国の歴史そのものとも言える品々です」
「…………」
俺も、その視線を追う。
部屋の一番奥。
そこだけ。
周囲から切り離されたように、ぽっかりと空間が空いていた。
その中央に。
一振りの剣がある。
「…………あ」
黒い。
巨大な剣。
昨日。
遠くから見ただけで。
訳も分からないまま、涙が止まらなくなった剣。
スパーナの宝剣。
「…………」
ドクン。
胸が鳴った。
「アルト君?」
パメラ女王の声が聞こえる。
でも。
すぐには返事ができなかった。
昨日より近い。
それだけなのに。
胸の奥から、また同じものが込み上げてくる。
懐かしい。
寂しい。
そして。
会いたい。
誰に?
分からない。
分からないのに。
「…………」
一歩。
足が前へ出た。
もう一歩。
「アルトさん」
「――っ」
足を止める。
横を見ると、シルヴァンさんが俺を見ていた。
怒ってはいない。
ただ。
片眼鏡の奥から、真っ直ぐ俺を見ている。
「あ……」
そうだった。
『私が止まれと言った場合、理由を問わず即座に止まること』
「……すみません」
「いえ」
シルヴァンさんが俺の足元を見る。
「止まれています。問題ありません」
「…………」
なんだ。
ちゃんと褒めることもあるんだな。
「今、失礼なことを考えませんでしたか?」
「考えてません!」
「声が大きいです」
「うっ……」
「ふふっ」
パメラ女王が笑ってる。
やっぱり。
この人、やりづらい。
「シルヴァン君」
「はい」
「もう少し近くまで、いいでしょう?」
「…………」
シルヴァンさんはすぐには答えなかった。
俺を見て。
宝剣を見て。
それから部屋の中を一度見回す。
「……ダリウス殿」
「おう」
「扉をお願いします」
「任せろ」
ダリウスさんが入口へ戻り、閉じられた扉の前に立った。
「陛下はこちらへ」
「はいはい」
「返事は一度で結構です」
「あら」
「…………」
パメラ女王が楽しそうに俺の隣へ移動する。
「アルトさん」
「はい」
「私の前を歩いてください」
「分かりました」
「宝剣には触れない」
「はい」
「展示台にも触れない」
「はい」
「周囲の柵にも触れない」
「はい」
「床は?」
「床には触れて構いません」
「よかった……」
「ただし舐める必要はありません」
「舐めませんよ⁉︎」
「念のためです」
「何の念のため⁉︎」
後ろから。
「ふふふっ……!」
パメラ女王の笑い声。
ダリウスさんまで肩を震わせている。
「……もう行きますよ」
「どうぞ」
なんか疲れる。
それでも。
ゆっくり。
一歩ずつ。
俺は宝剣へ近づいていった。
近づくほど、その大きさが分かる。
「……でかい」
俺の身長よりも大きい。
黒い刀身は分厚く。
飾りらしい飾りは、ほとんどない。
昨日も思ったけど。
やっぱり不思議だ。
国宝って聞いたら。
もっと金とか、宝石とか。
そういう物が付いていると思っていた。
でも。
この剣には何もない。
ただ。
斬るために作られたみたいな。
無骨な黒い大剣。
「…………」
そして。
刀身の一部に刻まれた文字。
「……スパーナ」
「ええ」
パメラ女王が俺の隣へ来る。
「昨日お話しした刻印です」
「…………」
俺は少し屈み込む。
触れないように。
顔だけを近づける。
「アルトさん」
「触ってませんよ!」
「まだ何も言っていません」
「絶対言おうとした!」
「近すぎると言おうとしました」
「ほら!」
「やはり一歩下がってください」
「はい……」
一歩下がる。
それでも。
目だけは剣から離せなかった。
「…………」
近くで見れば。
何か分かると思っていた。
でも。
分からない。
やっぱり俺は、この剣を知らない。
見たこともない。
触れたこともない。
なのに。
「……懐かしい」
小さく呟く。
昨日よりも。
ずっと近くにあるからなのか。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「アルト君?」
「……やっぱり、会いたいです」
「誰に?」
パメラ女王に聞かれて。
俺は首を横に振った。
「分かりません」
自分でも。
変なことを言っていると思う。
「この剣を使ってた人なのか……それとも、別の誰かなのか」
分からない。
顔も。
名前も。
何一つ浮かんでこない。
ただ。
「……誰かに、会いたい」
それだけだった。
「…………」
パメラ女王は何も言わない。
シルヴァンさんも。
ダリウスさんも。
静かな部屋の中。
俺はただ。
目の前の大剣を見つめ続けた。
「…………」
何も起きない。
声が聞こえるわけでも。
何かを思い出すわけでもない。
それでも。
どうしようもないくらい。
懐かしかった。




