宝剣は国宝です
◇ ◇ ◇
王城を出て。
俺はパメラ女王とダリウスさんと一緒に、《追憶の白塔》へ向かっていた。
昨日の王国祭が終わったばかりだというのに、街にはまだ祭りの名残が残っている。
建物に飾られた旗。
道の端には色とりどりの花。
昨日使われていた屋台を片付ける人達の姿もあった。
「…………」
そして。
街の向こうにそびえる、真っ白な塔。
《追憶の白塔》。
昨日。
あそこで俺は宝剣を見た。
「……俺、あそこで泣いたんだよな」
「あら」
隣を歩いていたパメラ女王が笑う。
「とっても可愛らしかったわよ?」
「忘れてください……」
「無理ねぇ」
「即答⁉︎」
「だって、あんなに泣いている子は久しぶりに見たんですもの」
「うぅ……」
後ろからダリウスさんの豪快な笑い声が聞こえてくる。
「ガッハッハッハ! 男が泣くのは恥ずかしいことではないぞ!」
「それは分かってますけど……!」
大勢の前で。
しかもレテに抱きついて。
最後はみんなで抱き合って。
……思い出すのやめよう。
恥ずかしくなってきた。
やがて白塔へ近づくにつれ、騎士の姿が増えてきた。
昨日ほどじゃないけど、塔の周囲には柵が置かれ、何人もの騎士が警備に当たっている。
その中で。
「そこ。柵を半歩下げてください」
よく通る男の声が聞こえた。
「はっ!」
「昨日ほど人通りは多くありませんが、それは通路を狭めていい理由にはなりません」
「申し訳ありません!」
「謝罪ではなく改善を。次から気をつけてください」
「は、はい!」
「それから三番」
別の騎士がビクッとする。
「先ほどから左側ばかり見ていますね」
「えっ」
「警備とは左右を見る仕事です。貴方の右側だけ無法地帯にするつもりですか?」
「す、すみません!」
「ですから、謝罪ではなく改善を」
「はい!」
「返事だけは素晴らしいですね」
「…………」
……あ。
なんとなく分かった。
「パメラ様」
「なぁに?」
「あの人ですか?」
「ええ」
パメラ女王が楽しそうに微笑む。
「あれがシルヴァン君よ」
俺達の少し先。
騎士達へ細かく指示を出している男がいた。
歳は、まだ若い。
三十には届いていないくらいだろうか。
背は高いけど、ダリウスさんみたいな大男じゃない。
むしろ細身。
黒い髪は綺麗に後ろへ流されていて、身につけた騎士服にも乱れ一つない。
そして一番目につくのは。
片方の目に掛けられた、小さな片眼鏡。
なんというか。
遠くから見ただけでも――。
細かそう。
「……本当に細かそうですね」
「あら。分かる?」
「なんとなく」
「でしょう?」
「陛下」
「ひゃっ」
いつの間にか。
シルヴァンさんが、こっちを見ていた。
「聞こえております」
「まあ。耳もいいのね」
「陛下の声が大きいのです」
「そうだったかしら?」
「昔から」
シルヴァンさんがこちらへ歩いてくる。
騎士達もパメラ女王の姿に気づき、一斉に姿勢を正した。
シルヴァンさんは俺達の前まで来ると、胸へ手を当てて頭を下げる。
「陛下。こちらへいらっしゃるとは伺っておりませんが」
「今決めたもの」
「でしょうね」
「?」
「事前に伺っていれば、私は今頃もう少し心の準備ができております」
「大袈裟ねぇ」
「陛下が予定外の行動をなさる時は、大抵こちらの仕事が増えますので」
「…………」
すごい。
女王様相手なのに。
本当に一言多い。
「それで」
シルヴァンさんの視線が俺へ向いた。
「こちらの少年は?」
「アルト君。私のお客様よ」
「アルト……」
シルヴァンさんが俺を見る。
顔。
肩。
腕。
手。
足。
上から下まで。
ゆっくり見られる。
「…………」
なんだ?
なんかすごい見られてる。
「昨日、宝剣を見ながら号泣していた少年ですね」
「えっ⁉︎」
「覚えています」
「忘れてください!」
「無理ですね」
「パメラ様と同じこと言った!」
「あら、気が合うわね」
「それは光栄です」
全然嬉しそうじゃない。
「それで陛下」
「ええ」
「その少年を連れて、白塔へ何の御用でしょう」
「宝剣を見せてあげようと思って」
「なるほど」
「…………」
「…………」
シルヴァンさんが片眼鏡の位置を直す。
「陛下」
「なぁに?」
「昨日、私が申し上げた『宝剣は国宝です』という言葉を覚えておいででしょうか」
「もちろん」
「安心いたしました」
シルヴァンさんが頷く。
「では、お帰りください」
「嫌よ」
「でしょうね」
早い。
「シルヴァン君」
「はい」
「私が許可します」
「陛下はいつもそう仰います」
「女王ですもの」
「そのお立場を便利に使わないでいただきたい」
「まあ」
パメラ女王が口元に手を添えて笑う。
その後ろでは、ダリウスさんが腕を組みながら何度も頷いていた。
「やはり陛下が直接来て正解でしたな」
「でしょう?」
「ダリウス殿」
「ん?」
「後ほどお話があります」
「なぜだ⁉︎」
「心当たりがないのでしたら、その件も含めて」
「ぬぅ……!」
ダリウスさんが黙った。
強い。
この人。
「とにかく」
シルヴァンさんが俺へ向き直る。
「陛下がお連れした以上、素性を疑うつもりはありません」
「はい」
「ですが、宝剣へ近づけるかは別問題です」
「…………はい」
「目的を伺っても?」
「目的……」
「なぜ宝剣を近くで見たいのです?」
俺は少し考える。
でも。
考えたところで、答えなんて昨日から変わっていない。
「……分からないんです」
「分からない?」
「はい」
シルヴァンさんの眉が僅かに動いた。
「昨日、あの剣を見た時……すごく懐かしくなって」
「…………」
「俺、あの剣なんて見たことないはずなのに。なんか寂しくなって……」
昨日のことを思い出す。
あの黒い大剣を見た瞬間。
胸の奥から溢れてきた。
あの気持ち。
「それで……会いたくなったんです」
「誰に?」
「それも分かりません」
「…………」
「変ですよね」
自分でも笑ってしまう。
「でも、あの剣を使ってた人に会いたいって思ったんです」
だから。
「もっと近くで見たら、何か分かるかもしれないって」
「…………」
シルヴァンさんは何も言わなかった。
ただ。
俺の目をじっと見ている。
「なるほど」
「じゃあ――」
「理由としては意味不明ですね」
「ですよね!」
分かってたけど!
「シルヴァン君」
「ですが」
パメラ女王の言葉を遮り。
シルヴァンさんが続ける。
「嘘を吐いているようにも見えません」
「え?」
「少なくとも、宝剣を盗み出そうとしている人間の顔ではない」
「盗まないですよ⁉︎」
「それは結構」
シルヴァンさんが片眼鏡を直す。
「三つ、条件があります」
「はい!」
「一つ。白塔内部では私から離れないこと」
「はい!」
「二つ。許可なく宝剣へ触れないこと」
「はい!」
「三つ。私が止まれと言った場合、理由を問わず即座に止まること」
「はい!」
「…………」
シルヴァンさんが俺を見る。
「返事が大きいですね」
「……すみません」
「小さくしろとは言っていません」
「じゃあどうすればいいんですか⁉︎」
「普通にしてください」
「普通にしてます!」
「それが普通でしたか」
「シルヴァン君」
パメラ女王が笑いを堪えながら呼ぶ。
「アルト君をいじめないの」
「いじめておりません。確認です」
「絶対楽しんでる……」
「気のせいでしょう」
そう言うと。
シルヴァンさんは踵を返した。
「では、ご案内いたします」
その先には。
昨日とは違い、静けさを取り戻した《追憶の白塔》。
そして。
その中に眠る、あの黒い大剣。
「…………」
また少し。
胸がざわついた。
「行きましょう。アルト君」
「……はい!」
俺はパメラ女王と一緒に。
シルヴァンさんの後を追った。




