女王のお茶会③
「……そう」
パメラ女王は静かに呟いた。
さっきまで浮かべていた柔らかな笑みが、ほんの少しだけ薄れる。
「懐かしくて、寂しくて……あの剣を使っていた人に会いたい、か」
「……はい」
自分でも変なことを言っていると思う。
千年も昔から残っている剣だ。
使っていた人に会えるはずなんてない。
それでも。
昨日、あの剣を見た瞬間に湧き上がった気持ちは嘘じゃなかった。
「パメラ様」
ガオンが静かに口を開く。
「アルトが聞きたがっているのは、宝剣の来歴です。俺が知っていることは話しましたが……王家に伝わる話なら、何か他にもあるのではないかと」
「なるほどね」
パメラ女王は頷き、ティーカップへ手を伸ばした。
「でもね、アルト君」
「はい」
「あの剣について、私達が知っていることは……実はそれほど多くないの」
「そうなんですか?」
「ええ」
パメラ女王は一口だけお茶を飲むと、カップを受け皿へ戻した。
「今から、およそ千年前」
その声が、少しだけ変わる。
昨日。
《継剣の儀》で聞いた声ほど強くはない。
けれど。
長い歴史を語り継ぐ者の声だった。
「この地には、《悪魔》と呼ばれた一人の大罪人がいたと伝えられています」
「……アルカニウス」
俺がその名を口にすると。
「ええ。アルカニウス」
パメラ女王が頷いた。
「彼が何をしたのか。その全てが正確に残されているわけではありません。千年という時間は、あまりにも長いものですから」
風が吹く。
木々の葉が擦れ。
どこかで小鳥が鳴いた。
「ただ、数多くの命を奪い、この地に大きな災いをもたらした人物として伝えられている。そして――」
パメラ女王が続ける。
「そのアルカニウスを討ったとされているのが、スパーナ王家の祖――カリン・エルディア」
「カリン……」
「彼女はアルカニウスを討った後、一振りの大剣を持ち帰ったとされています」
「それが……」
「ええ」
パメラ女王が微笑む。
「昨日、貴方が見た宝剣よ」
「…………」
あの黒い大剣。
無骨で。
飾り気なんてほとんどなくて。
なのに。
見ただけで、胸が締めつけられた。
「宝剣には、一つの文字が刻まれている」
「《スパーナ》……ですよね?」
「あら。そこまで知っているのね」
「ガオンに教えてもらいました」
パメラ女王がガオンを見る。
「ガオちゃん、ちゃんと勉強していたのねぇ」
「……一応、王族ですので」
「ふふふ」
ガオンが少しだけ嫌そうな顔をする。
でも、もう止める気はないらしい。
「その通り。剣には《スパーナ》という文字が刻まれているわ」
パメラ女王は続ける。
「カリンは、その文字から取って、この国を《スパーナ》と名付けたとされています」
「国の名前を……剣から?」
「ええ」
「じゃあ、やっぱりスパーナって……あの剣の名前なんですか?」
「それが現在では最も一般的な説ね」
「…………」
でも。
なんだろう。
昨日聞いた時も思った。
今、改めて聞いても。
胸の奥に何かが引っかかる。
「……変だな」
「アルト?」
レテが俺を見る。
「いや……」
何が変なのか。
自分でも分からない。
ただ。
「スパーナ……」
その名前を口にすると。
なぜか。
剣の名前を呼んでいるような気がしなかった。
「…………」
パメラ女王が俺を見ている。
「どうしたの?」
「……その人は?」
「その人?」
「あの剣を使ってた人です」
俺はパメラ女王を見る。
「その人のことは、何か残ってないんですか?」
「…………」
「どんな人だったとか。何が好きだったとか。どうやって戦ってたとか……」
会えないのは分かっている。
それでも。
知りたかった。
「カリン・エルディアのことかしら?」
「…………」
言われて。
俺はすぐに頷けなかった。
「……分かりません」
「え?」
「俺が会いたいって思ったのが、その人なのかも……分からないんです」
「…………」
「変ですよね」
思わず笑ってしまう。
「誰に会いたいのかも分からないのに、会いたいなんて」
「…………」
誰も笑わなかった。
パメラ女王も。
ダリウスさんも。
ただ静かに、俺を見ている。
やがて。
パメラ女王がゆっくりと口を開いた。
「……残念だけれど」
「はい」
「宝剣の使い手について、確かな記録はほとんど残されていないの」
「……そうですか」
やっぱり。
千年前だもんな。
「でも――」
「?」
パメラ女王がダリウスさんを見る。
ダリウスさんも、さっきまでの豪快な笑顔を消していた。
二人が僅かに視線を交わす。
それから。
パメラ女王は、もう一度俺へ向き直った。
「記録がないのなら」
その瞳が静かに細められる。
「残っているものを、自分の目で見てみる?」
「……残っているもの?」
「ええ」
パメラ女王は微笑んだ。
「あの宝剣を――」
「もっと近くで見てみる?」




