ごゆっくり
「感謝する。謁見の間だな?」
ガオンが立ち上がる。
けれど、リゼットさんは小さく首を横に振った。
「いや。先ほども伝えたように、謁見ではない」
「…………」
ガオンの顔が固まった。
「まさか……」
「ほう」
リゼットさんが僅かに目を細める。
「貴方は女王陛下のことを、よく知っているようだ」
そして。
ここで初めて、その表情が変わった。
口元だけに。
張り付けたような笑みが浮かぶ。
「そのまさかだ」
「…………中庭」
「その通り」
リゼットさんは腕を広げ。
廊下の先を示した。
「ごゆっくり」
「…………」
ガオンの顔が明らかに嫌そうになった。
「どうした?」
「……はぁ」
俺が聞くと、ガオンは深いため息を吐く。
それから俺達を見回した。
「お前ら。茶と菓子は好きか?」
「好き!」
ヒルトが即答した。
「返事が早いな……」
「だってお菓子でしょ?」
「まぁ、そうだが……」
ガオンは額を押さえる。
「……まぁ、お前らは楽にしていてもいいだろう」
「?」
なんだ?
女王様に会うのに、楽にしていていいのか?
ガオンだけは、これから戦いにでも行くような顔をしている。
「行くぞ」
そう言って歩き出す。
「女王の茶会だ」
「…………」
俺達もその後を追った。
茶会……?
◇ ◇ ◇
待合室を出て。
俺達はガオンに連れられ、王城の中を歩いていく。
「おぉ……」
外から見た時も古い城だと思った。
でも。
中へ入ると、それがもっとよく分かる。
床には白い石が敷き詰められ、長い年月を歩かれてきたからなのか、中央だけが僅かに滑らかになっていた。
壁も真っ白じゃない。
少しくすんだ石壁。
ところどころに細かな傷があり、その上から補修された跡も残っている。
だけど、古びている感じはしなかった。
綺麗に磨かれた床。
手入れされた柱。
窓から差し込む朝の光。
古いものを、そのまま大切に使い続けている。
そんな感じだ。
「すげぇな……」
天井を見上げる。
高い。
何本もの太い梁が渡され、その間には剣と盾を組み合わせた紋章が並んでいる。
廊下の壁には絵も飾られていた。
馬上で剣を掲げる騎士。
大勢の兵士を率いる女性。
傷だらけの鎧を着た老人。
その下には、それぞれ名前らしき文字が刻まれている。
「歴代の騎士でしょうか」
レテも興味深そうに眺めていた。
「多分な」
ガオンが答える。
「スパーナは、過去の人間をよく残す国だ。王族だけじゃない。国に功績を残した騎士や職人なんかも城に飾られている」
「へぇー」
フィリアが一枚の肖像画へ近づく。
「この人、女の人だ」
「ほんとですねぇ。随分大きな剣を持ってますね」
ユノも隣から覗き込んだ。
さらに進むと。
今度は廊下の壁そのものに、いくつもの古い剣が飾られていた。
綺麗なものばかりじゃない。
刃が欠けた剣。
折れて半分しか残っていない槍。
大きくへこんだ盾。
「壊れてるのも飾るんだな」
ログが足を止める。
「捨てないんだ……」
俺も、折れた剣を見る。
昨日の《継剣の儀》。
そこでパメラ女王が話していた言葉を思い出した。
誰もが、それぞれの剣を持っている。
それは別に、本物の剣じゃなくてもいい。
きっと。
ここにあるものにも。
それぞれ誰かの話があるんだろう。
「アルト」
「ん?」
「置いてくぞ」
「あ、待って!」
少し先でガオンが振り返っていた。
慌てて追いかける。
廊下を曲がり。
階段を下り。
また長い廊下を進む。
「なぁガオン」
「なんだ」
「中庭ってどこなんだ?」
「もうすぐだ」
「女王様って、いつも中庭でお茶してるの?」
「…………」
ガオンが黙った。
「ガオン?」
「アルト」
「ん?」
「一つだけ言っておく」
歩きながら、ガオンが振り返る。
「パメラ様は優しい」
「うん」
「とても優しい」
「さっきも聞いたぞ?」
「だが――」
ガオンの顔が引きつった。
「茶会で礼儀を間違えると、その優しい笑顔のまま延々と作法を直される」
「…………」
「カップの持ち方。座り方。背筋。視線。菓子の取り方。話す順番。全部だ」
「…………」
なんだろう。
急に茶と菓子が怖くなってきた。
「ヒルト」
「なに?」
「さっき好きって言ってたよな」
「……うん」
「頑張れよ」
「なんで僕⁉︎」
その時。
廊下の先から、柔らかな光が差し込んできた。
大きく開かれた扉。
その向こうには。
緑に囲まれた中庭が広がっていた。




