蜂蜜の香り
ヒルトは、隣の寝台で眠るフィリアを見つめていた。
規則正しく上下する胸元。
閉じられた瞼。
いつもなら絶えず動いている口も、今だけは静かだった。
「……本当に、黙ってる分には可愛いんだよな。」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
アカデミーにいた頃から、フィリアは人気があった。
明るくて。
誰にでも気さくで。
少し話しただけで、自分も特別な相手になれたような気分にさせる。
何人もの男子生徒が、彼女を食事や街へ誘っていた。
だが、フィリアがその誘いを受けたという話は、一度も聞かなかった。
誰となら行くんだよ。
当時のヒルトは、何度もそう思っていた。
フィリアがいる場所には、いつも花が咲いているようだった。
彼女が笑うだけで、その場が少しだけ明るくなる。
蜂蜜色の髪からは、本当に蜂蜜のような甘い香りがした。
今も、僅かにその香りがする。
ヒルトは我に返り、自分の顔へ手を当てた。
「……僕、今すごく気持ち悪くない?」
眠っている女の子を、こんなふうに眺め続けている。
本人に知られたら、しばらく弄られるどころでは済まない。
「起こしたら悪いし……。」
ヒルトは音を立てないよう、ゆっくりと寝台から立ち上がった。
固定された左腕を庇いながら、病室の扉へ向かう。
その前に、もう一度だけ。
そう思ってフィリアの顔を見る。
目が合った。
「わっ!」
ヒルトの身体が大きく跳ねた。
フィリアは寝台の上で目を開け、楽しそうに口元を緩めている。
「へへ。気づいた?」
「起きてたなら言ってよ!」
「だって、なんかヒルトが変な顔してたから。」
「どんな⁉︎」
ヒルトは思わず声を裏返した。
フィリアは少し考えるように、視線を上へ向ける。
「なんかこう……。」
「うん。」
「すごく真剣で……。」
「うん……。」
「とにかく変な顔!」
「全然説明できてないじゃん!」
「へへ。」
フィリアが楽しそうに笑う。
その笑顔を見て、ヒルトは言い返す言葉を失った。




