緊急会議②
「さて……呼び名が決まったところで、本題へ入りましょうか。」
ノアが机上の資料を一枚めくる。
「《機装獣》の部品はヴォルグ製。組み立てはガイスト国内。そして、現場にはカイル・レイヴァンと思われる男がいた。」
眠たげな赤い瞳が、アーヴェルへ向けられた。
「本人で間違いありませんか?」
「俺は直接会っていません。」
アーヴェルは静かに答える。
「交戦したバルディアとエルナーからの報告では、男は風属性の精霊術師。細剣型の霊器を持ち、極めて高い風の技量を有していた。」
シオンが資料へ目を落とす。
「報告によれば、先にエルナー隊員を圧倒。その後、駆けつけたバルディア隊員とも互角以上に渡り合ったとあります。」
「それだけでは、同一人物と断定できないのでは?」
「ああ。」
アーヴェルは短く頷いた。
「だが、バルディアと戦ってなお余力を残し、信号弾と同時に撤退している。」
その声が低くなる。
「さらに、エルナーは男が《颶風》と呼ばれていたのを聞いている。」
「つまり、状況からの推測ですか。」
「限りなく確信に近い推測だ。」
アーヴェルは机上の残骸へ視線を落とした。
「風の精霊術師で、あれほどの力を持つ者を、俺はカイル・レイヴァン以外に知らない。」
「元国境部隊隊長、《颶風》カイル・レイヴァン……。」
シオンが静かに名前を口にする。
「失踪後の足取りは、これまで一切掴めていなかった。」
「それが突然、ヴォルグ製の兵器と一緒に現れたわけね。」
ヴェロニカが長い黒髪を指先で弄ぶ。
「随分と分かりやすい組み合わせですこと。」
「分かりやすすぎる。」
アーヴェルが低く返す。
「ヴォルグと通じているように見せること自体が、目的である可能性もある。」
「同意します。」
シオンが頷いた。
「現時点では、カイル・レイヴァンとヴォルグの関係を断定できません。」
「なら、直接確かめりゃいい。」
バルガスが太い腕を机へ置いた。
「ヴォルグへ人を送れ。」
「外交を通して調査を求めても、証拠を隠されるでしょうねぇ。」
ノアが気怠げに息を吐く。
「かといって、正式な許可もなく他国を調べ回れば、発覚した際に大問題です。」
「今さら怖じ気づく話か?」
バルガスの声が低くなる。
「俺の隊は、あの化け物どもに壊滅させられた。」
握られた拳が、僅かに震えている。
「何も分からねぇまま、終わらせられるか。」
会議室が静まり返った。
バルガス隊で生き残った者は、一人だけ。
襲撃当日、別の任務へ出されていた隊員だった。
「生存した隊員は、現在どうしている。」
アーヴェルが尋ねる。
「謹慎中だ。」
バルガスは苦々しく答えた。
「勝手にヴォルグへ向かおうとしやがった。」
「仲間の仇討ちですか。」
シオンの声に感情はない。
「その状態では、潜入任務に適しているとは言えません。」
「分かってる。」
バルガスがアーヴェルを見る。
「だから、クロイツ。ヴォルグへ行くなら、あいつもお前の班へ混ぜてくれ。」
「俺の隊へ?」
「ああ。」
「復讐心に駆られて命令を無視する者は連れていけん。」
「まず本人と話してくれ。」
バルガスは視線を逸らさなかった。
「俺が言っても、あいつは自分が生き残ったことを責めるだけだ。」
豪快な男の声が、僅かに掠れる。
「別任務に出したのは俺だ。あいつが仲間を見捨てたわけじゃねぇ。」
「あら。」
ヴェロニカの金色の瞳が細められた。
「随分と部下思いなのね、《爆熱》。」
「茶化すな。」
「茶化してはいないわ。」
アーヴェルはしばらく黙ったあと、頷いた。
「命令に従えると判断した場合のみ、同行を認める。」
「それでいい。」
バルガスが短く答えた。
「駄目なら、俺が止める。」
「では、そのように。」
ノアが資料へ書き加える。
「非公式調査班の指揮は、アーヴェル・クロイツ隊長。」
「承知しました。」
「同行するのは、ログ・スミスマン隊員、レテ・オーズィラ隊員。」
ノアは一度言葉を切った。
「エルナー隊員とリーベ隊員は、負傷のため今回の任務から外します。」
「当然だ。」
アーヴェルに異論はなかった。
「バルガス隊の生存者については、クロイツ隊長の判断に一任します。」
「それから、もう一名。」
ノアが細い指で次の書類を持ち上げる。
「スパーナから、リオネル・アクアリス殿が同行を希望しています。」
「スパーナの人間を潜入任務へ?」
シオンが眉を寄せる。
「今回襲撃されたのは、スパーナの防衛大臣ですからねぇ。」
「それでも、他国の軍人を加えるのは危険です。」
「私も断りたいのですが……。」
ノアは面倒そうに目元を押さえた。
「本人が、真相を確かめる責任があると譲らないそうです。」
「爽やかな顔をして、随分と頑固な男ですこと。」
ヴェロニカが楽しそうに笑う。
アーヴェルは街道でのリオネルを思い出した。
「アクアリス殿の実力は確かです。」
「では、同行を認めますか?」
「スパーナ側の正式な許可があるならば。」
「そちらは既に話を通しているそうですよ。」
ノアが深くため息を吐く。
「準備がいいことで。」
そして、最後の資料へ視線を落とした。
「もう一つ。アルトと名乗る青年についてです。」
アーヴェルの表情が僅かに硬くなる。
「彼はリーベ隊員を救出しました。その功績は認めます。」
「なら――」
「ですが。」
気怠げだったノアの赤い瞳が、アーヴェルを捉えた。
「近くにいるだけで、周囲の精霊を逃がしてしまう。」
誰も言葉を挟まない。
「今回、複数の精霊術師が術を失いました。状況によっては、味方の部隊を壊滅させかねません。」
「本人に敵意はない。」
「敵意がないことと、危険でないことは別です。」
シオンが淡々と告げる。
「自由行動を認める段階ではありません。」
アーヴェルは拳を握った。
「どうするつもりです。」
「当面の間、軍事局管理下の居住区で生活していただきます。」
ノアは気怠げな声のまま答えた。
「外出は禁止。監視の兵も置きます。」
「軟禁か。」
「拘束具も尋問も行いません。罪人として扱うつもりもありませんよ。」
ノアは頬杖をつく。
「ただし、彼が何者なのか分かるまでは、外へ出すわけにはいきません。」
アーヴェルはしばらく黙っていた。
やがて、低く答える。
「……承知しました。」
「では、決定ですねぇ。」
ノアがゆっくりと椅子から身体を起こす。
その瞬間。
会議室の空気が、僅かに張り詰めた。
「アーヴェル・クロイツ隊長。」
「はい。」
「ヴォルグへ潜入し、《機装獣》の製造経路と、カイル・レイヴァンとの関係を調査してください。」
「承知しました。」
「くれぐれも、戦争は始めないでくださいね。」
ノアは再び椅子へ沈み込む。
「後始末をするのは、私なので。」




