緊急会議
前編
赤い信号弾が、空高く弾けた。
直後。
迫っていた獣型兵器の動きが、一斉に止まる。
「……なんだ?」
アルトが《砕》を構えたまま、眉を寄せた。
狼を模した兵器の赤い硝子玉が明滅する。
一度。
二度。
まるで新たな命令を受け取ったように身を翻し、森へ向かって走り始めた。
蜘蛛型も次々と脚の向きを変える。
上空を旋回していた鳥型も高度を上げ、森の奥へ消えていった。
「逃げるのかよ!」
アルトが追おうとする。
「待て!」
アーヴェルの鋭い声が飛んだ。
「深追いするな!」
「でも、このまま逃がしたら――」
「敵の目的が分からない。森へ入れば、再び分断される可能性がある。」
アルトは奥歯を噛み締めた。
逃げていく兵器を睨みながらも、その場で足を止める。
リオネルも剣を構えたまま、森の奥を見つめていた。
「撤退の合図でしょうか。」
「おそらくは。」
アーヴェルが答える。
しばらく警戒を続けたあと、リオネルは静かに剣を下ろした。
「せっかく、アクアリスの技をお見せしようと思ったのですが。」
ログが《崩槌》を担いだまま、隣に立つ男へ目を向ける。
「あんた、随分と余裕だな。」
「そう見えましたか?」
「ああ。」
リオネルは少し困ったように笑った。
「皆さんが無事でしたので、私も安心しただけです。」
「……そうかよ。」
ログは僅かに眉を寄せ、視線を逸らした。
街道に、ようやく静けさが戻る。
聞こえるのは、倒れた兵器の内部から漏れる駆動音と、全員の荒い呼吸だけだった。
アルトはすぐにレテへ顔を向けた。
「フィリアは?」
レテはアーヴェルに身体を支えられながら、フィリアの首筋へ指を当てる。
「出血は止まっています。」
「助かるんだよな?」
「今すぐ命を落とす状態ではありません。」
疲れ切った顔で、それでもアルトへ頷く。
「ですが、急いで医療班へ運ぶ必要があります。」
「分かった。」
アルトはフィリアへ近づこうとして、足を止めた。
自分が近づけば、戻り始めた精霊たちは再び逃げてしまう。
《砕》を握る手に、強く力が籠もった。
その時。
森の奥から、強い風が吹き抜ける。
全員が一斉に武器を構えた。
「待て待て! 俺だ!」
木々の間から、セリオが飛び出してきた。
背中には、力なく項垂れたヒルトを背負っている。
「ヒルト!」
アルトが叫ぶ。
セリオは街道へ降り立つと、周囲を見回した。
「レテ! こいつも頼む!」
「ヒルト……!」
レテの表情が変わる。
一歩踏み出した直後、力の抜けた膝が崩れた。
「オーズィラ!」
アーヴェルがその身体を支える。
「平気です……。早く、治療を……」
「今のお前に二人は無理だ。」
「ですが……!」
「私が診ます。」
リオネルがヒルトのもとへ駆け寄った。
セリオがヒルトを地面へ下ろすと、リオネルはすぐに首筋へ指を当てる。
「脈は弱いですが、まだあります。急いで運びましょう。」
セリオが大きく息を吐いた。
「よかった……。こいつ、さっき泡まで吹いてたからな。」
「泡を?」
リオネルの表情が険しくなる。
「それを先に言ってください。」
「呼吸は確認したって!」
「セリオさんは、少し黙っていてください。」
「はい。」
セリオが素直に口を閉じた。
アーヴェルはヒルトの傷を一目見ると、森へ鋭い視線を向ける。
「カイルはどうした。」
「逃げられた。あの信号弾が上がった途端にな。」
「そうか……。」
「あと、隊長。」
セリオの声から、僅かに軽さが消えた。
「あいつ、ヒルトの名前を聞いた瞬間、様子が変わった。」
「エルナーと聞いてか?」
「ああ。急に真顔になって、こいつをじっと見てた。」
「何か知っている様子だったか?」
「そこまでは分からねぇ。」
セリオは意識を失ったヒルトへ視線を落とした。
「ただ、こいつに伝えろってさ。」
アーヴェルが目を細める。
「何をだ。」
「また会いに来る、ってな。」
アーヴェルは何も答えなかった。
静まり返った森を、鋭い眼差しで見つめ続けていた。
◇
襲撃から、数日が過ぎた。
フィリアとヒルトは一命を取り留めた。
フィリアは腹部の傷が深く、まだ自力で歩くことを禁じられている。
ヒルトも折れた肋骨と傷ついた左腕を固定され、戦闘へ復帰できる状態ではなかった。
襲撃現場から回収された兵器の残骸は、軍事局へ運び込まれた。
ヴォルグ製の部品。
ガイスト国内で組み立てられた痕跡。
そして、元ガイスト軍人であるカイル・レイヴァンの出現。
事態を受け、ガイスト軍事局では緊急の隊長会議が開かれることとなった。
◇
軍事局の最上階。
重い扉の向こうに、広い会議室があった。
長机の中央には、襲撃現場から回収された残骸が並べられている。
砕けた装甲。
歪んだ脚部。
赤い硝子玉。
その最奥。
背もたれの高い椅子へ、軍事局長ノア・ヴァルハイトが深く腰掛けていた。
骨が浮くほど細い身体。
こけた頬。
目の下には濃い隈があり、眠たげな赤い瞳が半分だけ開いている。
暗灰色の髪は逆立ちながら、不規則にうねっていた。
「それでは……始めましょうか。」
気怠げな敬語が、静かな会議室へ落ちる。
その左右には、各隊を率いる隊長たちが座っていた。
大柄な身体を椅子へ押し込んでいるのは、《爆熱》バルガス・グレンダル。
赤褐色の短髪と髭。
左の眉から頬へ、大きな火傷の痕が走っている。
普段なら豪快な笑い声を響かせる男だが、今は腕を組み、険しい顔で残骸を見つめていた。
その向かいには、《水穿》シオン・アズレイ。
濃紺の髪を後ろへ流し、皺一つない軍服を身につけている。
淡い青の瞳は、机上の残骸を冷静に観察していた。
さらにその隣。
褐色の肌を持つ女性、《誘惑》ヴェロニカ・グランディア。
腰まで伸びた黒髪を椅子の背へ流し、橙色の瞳で集まった隊長たちを見回している。
アーヴェルも席へ着き、正面のノアを見据えていた。
「まずは、こちらについて整理しましょう。」
ノアは細長い指で、赤い硝子玉を転がした。
「調査結果をお願いします。」
シオンが資料を開く。
「残骸に使用されていた部品の多くは、ヴォルグで製造されたものです。」
「完成品を運び込んだわけではないのね?」
ヴェロニカが頬杖をつきながら尋ねる。
「はい。接合部に使われた素材と組み立て方は、ガイスト国内のものです。」
「つまり、部品だけが運び込まれ、こちらで完成させた。」
アーヴェルが残骸へ目を向ける。
「国内に協力者がいる可能性が高い。」
「面倒ですねぇ……。」
ノアが深く息を吐いた。
細い指で、獣型兵器の頭部を軽く叩く。
「ところで、これらを魔具と呼ぶのは、少々語弊を生みそうですね。」
「確かにな。」
アーヴェルが頷く。
「通常の魔具とは異なる。使用者が直接操作せずとも、命令に従って行動していた。」
「索敵、包囲、攻撃、撤退。」
シオンが淡々と続ける。
「道具というよりは、兵士に近い。」
「しかも、揃いも揃って獣の姿ですものね。」
ヴェロニカが赤い硝子玉を覗き込む。
「命のない、機械仕掛けの獣。」
ノアは眠たげに目を細めた。
「では、自律型魔導兵器――《機装獣》と呼びましょうか。」
「今ここで決めんのか?」
バルガスが眉を寄せる。
「呼称の統一は必要ですから。」
ノアは資料へ、気怠げに文字を書き加えた。
「以後、魔具とは別の兵器分類として扱ってください。」
赤い瞳が、机上に並ぶ残骸を見渡す。
「自律型魔導兵器《機装獣》。形状に応じて、狼型、蜘蛛型、鳥型と分類しましょう。」
誰からも異論は出なかった。
ノアは次の資料へ手を伸ばす。
「さて……呼び名が決まったところで、本題へ入りましょうか。」




