アクアリスの技
爆風が収まる。
折れた枝や土煙が、ゆっくりと地面へ落ちていった。
「あー、くそ……。」
セリオはヒルトを庇ったまま、顔を上げる。
服も髪も泥だらけだった。
「こんな泥まみれじゃ、俺が負けたみてぇじゃねぇか。」
周囲を見回す。
カイルの姿は、もうどこにもない。
セリオは痺れの残る腕を軽く振った。
「……いや、俺の完敗か……。」
互いの切り札がぶつかっていれば、どうなっていたかは分からない。
それでも、カイルに逃げられたことに変わりはなかった。
「あー、帰って風呂入りてぇー。」
大きく息を吐き、足元へ視線を落とす。
「さぁ、ヒルトが死ぬ前に帰るか。」
そう言って、ヒルトの顔を覗き込んだ。
「ぶっ!」
ヒルトの口元から、白い泡が溢れていた。
「こいつ、泡吹いてる!」
セリオは慌ててヒルトの身体を横へ向ける。
首筋へ指を当て、脈を確かめた。
弱い。
呼吸も浅い。
だが、まだ生きている。
「笑えねぇぞ、これ……。」
セリオはヒルトの顔を見つめた。
傷だらけで、泥と血に汚れている。
それでも、最後まで逃げなかった。
「まあ……リヒトの後ろに隠れてた臆病者がねぇ。」
かつての姿が脳裏に浮かぶ。
兄の背中から、怯えた目でこちらを覗いていた小さな子供。
セリオは僅かに目を細めた。
「よくやったよ。本当に。」
ヒルトを慎重に背負う。
両腕を掴み、落とさないようにしっかりと支えた。
「《天翔》」
足元で風が巻き起こる。
次の瞬間。
セリオはヒルトを背負ったまま、森の中を駆け抜けた。
◇
「はぁ……はぁ……。」
アルトは《砕》を地面へ突き、荒い呼吸を繰り返していた。
「こいつら……いつまで出てくんだよ……。」
街道には、砕かれた魔具の残骸がいくつも転がっている。
だが、森の奥からは、まだ新たな駆動音が響いていた。
「キリがねぇ……。」
ログも《崩槌》を担ぎながら、大きく息を吐く。
身体の至るところに、細かな傷が増えていた。
その後方。
レテはフィリアの傍らへ膝をつき、治療を続けている。
「……ぐっ。」
水色の光を灯す両手が震えていた。
額から流れた汗が、頬を伝って地面へ落ちる。
「オーズィラ、下がれ。」
アーヴェルが《不落》を構えたまま言った。
「平気です……。」
「手が震えている。」
「まだ、治療を止めるわけには……。」
「これは命令だ!」
鋭い声が飛ぶ。
レテの肩が僅かに揺れた。
それでも、フィリアの傷口から手を離そうとはしない。
「クロイツ殿。」
静かな声が、その場へ響いた。
アーヴェルが振り返る。
「アクアリス殿……。」
リオネルが剣を手に、ゆっくりと前へ出る。
「ここは私に任せてください。」
「しかし……。」
「引き時も肝心ですよ。」
リオネルは穏やかな表情のまま、迫り来る魔具の群れへ視線を向けた。
「そちらの女性を連れて、下がってください。」
アーヴェルは一瞬だけ迷った。
だが、レテの震える手を見て決断する。
「……頼みます。」
「ええ。」
リオネルはレテの傍へ歩み寄った。
「さあ、貴女も。立てますか?」
「ありが、ありがとうございます……。」
レテは地面へ手をつき、ふらつきながら立ち上がる。
アーヴェルがすぐに、その身体を支えた。
二人はフィリアを守るように、後方へ下がっていく。
リオネルはそれを見届けると、一人で街道の中央へ立った。
迫る魔具の群れ。
その数を前にしても、表情は変わらない。
「さてと。」
剣を静かに構える。
「それでは参ります。」
青い瞳が、真っ直ぐ前を捉えた。
「アクアリスの技を、お見せしましょう。」
パァン。
その瞬間。
空高く、赤い信号弾が打ち上がった。




