舌鼓
◇ ◇ ◇
荷物を置き。
再び一階へ降りてくると。
「よし!」
アルトが。
勢いよく宿の扉を開けた。
「行くぞ!」
「待ってアルト!」
その横を。
フィリアが駆け抜ける。
「パイはこっち!」
「あっ! そうだった!」
「君たち……」
ヒルトが。
呆れながら二人を追う。
宿を出れば。
先ほどの喧騒が。
再び七人を包み込んだ。
楽器を奏でる音。
客を呼び込む店主たちの声。
笑いながら行き交う人々。
そして。
あちらこちらから漂ってくる。
食欲を刺激する香り。
「こっち!」
フィリアが。
迷うことなく大通りを進んでいく。
「よく覚えてるな!」
「肉の場所は忘れない!」
「すげぇ!」
「褒めるところなの?」
ヒルトが呟く。
やがて。
「あった!」
二人が同時に叫んだ。
そこには。
大きな窯を構えた露店。
焼き上がったばかりの。
丸みを帯びたパイが並べられている。
表面には。
こんがりと焼き色がつき。
切れ目からは。
肉汁が僅かに滲んでいた。
「いらっしゃい!」
店主が。
豪快に笑う。
「焼きたてだよ!」
「肉⁉︎」
「肉だ!」
「二つ!」
「早ぇよ!」
ログが突っ込む。
「じゃあ三つ!」
「増やすな!」
「ログも食べるだろ?」
「……食うけどよ」
「ほら!」
「勝手に決めんな」
そう言いながらも。
ログは財布を取り出している。
「僕もいただこうかな」
ヒルトが。
並んだパイを眺める。
「レテは?」
「私は……」
レテも。
少し迷ってから。
「せっかくですし、いただきます」
「ユノは?」
「僕はですねぇ」
ユノが。
辺りを見回す。
「麺を探しています」
「まだ諦めてなかったのか」
「当然ですよ」
その時。
アルトが。
ふと隣を見る。
「ガオンは?」
「俺はあっちだ」
ガオンが指差した先。
別の露店では。
大きな鍋から。
湯気が立ち昇っていた。
「なんだあれ?」
「ポタージュだ」
「ポタージュ?」
「ああ」
ガオンの目が。
僅かに輝く。
「美味そうだ」
「…………」
ヒルトが。
その横顔を見る。
「ガオン、そういうの好きなんだ?」
「そういうのとはなんだ」
「いや」
ヒルトが笑う。
「もっと豪華なの食べるのかと思ってた」
「宮廷料理のことか?」
「うん」
「嫌いではない」
ガオンが。
鍋から漂う香りへ鼻を向ける。
「だが、俺はこういう料理の方が好きだ」
「へぇ」
「家で作るような料理や、屋台の料理は国によって違うからな」
ガオンが歩き出す。
「その土地に来たなら食べておきたい」
「ガオン!」
アルトが。
後ろから声を上げる。
「俺もそれ食う!」
「お前はパイを買っただろ」
「両方食う!」
「私も」
フィリアが。
焼きたてのパイを抱えながら続く。
「フィリアまで⁉︎」
「旅行だよ、ヒール!」
「便利な言葉だなぁ、旅行……」
結局。
全員揃って。
大鍋の露店へ向かった。
鍋の中では。
淡い黄色の。
とろりとしたスープが煮立っている。
「おっちゃん!」
アルトが。
鍋を覗き込む。
「これ何入ってんの?」
「今日は芋と玉ねぎだ!」
店主が答える。
「今日は?」
「ああ」
店主が。
木杓子で鍋を混ぜる。
「ポタージュってのはな、昔は余った野菜を何でもぶち込んで作ったもんだからな!」
「何でも⁉︎」
「何でもだ!」
「雑だな!」
「昔の兵隊に言ってくれ!」
「兵隊?」
アルトが。
首を傾げる。
「知らないのか?」
店主が笑った。
「こいつは元々、スパーナの兵隊が食ってたもんさ」
「へぇ!」
アルトが。
途端に食いつく。
店主は。
待ってましたと言わんばかりに。
鍋を混ぜながら続けた。
「昔は今みたいなスープじゃない。野菜をドロドロになるまで煮て、そこからさらに水気を飛ばす」
「それを食べるの?」
フィリアが尋ねる。
「そのままでも食えたらしいがな。基本は硬いパンに挟んで持ち歩いたんだと」
「パンに?」
「ああ。行軍中はそのまま齧る」
店主が。
鍋を指差す。
「で、火を使える場所まで来たら、鍋に水を入れて中身を溶かす」
「それでスープに戻すのか!」
「そういうこと!」
「おお……!」
アルトの目が。
輝いた。
「すげぇ!」
「さらに」
店主が。
にやりと笑う。
「硬くなったパンも千切って入れちまう」
「パンも⁉︎」
「腹に入れば一緒だからな!」
「やっぱり雑だ!」
「だから兵隊に言ってくれ!」
店主が笑い。
アルトも笑う。
「今は?」
レテが。
鍋を覗き込む。
「今はちゃんと料理だよ」
店主が胸を張った。
「野菜をじっくり煮て、出汁を取って、乳を加える店もある。家庭ごとに味も違う」
「へぇ……」
「うちのは美味いぞ?」
「食う!」
「俺もだ」
アルトに続き。
ガオンが即答する。
「二つだな!」
「いや」
ガオンが。
指を立てる。
「俺は大盛りで頼む」
「ガオンさん……」
ユノが笑う。
「好きなんですねぇ」
「ああ」
そこは。
迷うことなく認めた。
やがて。
木の器いっぱいに注がれた。
熱々のポタージュ。
アルトが。
匙で掬う。
ふうっ。
ふうっ。
息を吹きかけ。
「いただきます!」
ぱくり。
「…………!」
じゃが芋の甘み。
炒めた玉ねぎの香ばしさ。
そして。
僅かに効いた塩気。
「うまっ!」
隣では。
ガオンも一口。
「…………」
静かに飲み込み。
「美味い」
「顔が嬉しそうだぞ!」
「そうか?」
「うん!」
「気のせいだ」
「いや、嬉しそう」
ヒルトも笑う。
「気のせいだ」
「ガオンさん、おかわりします?」
「する」
「するんだ」
そんなガオンの横で。
「ん〜!」
フィリアが。
先ほど買ったパイへ齧りつく。
「おいひぃ!」
「飲み込んでから喋りなよ」
「ヒールも食べる?」
「買ったから大丈夫」
「一口あげる!」
「いや、だから――」
「はい!」
「……ありがとう」
騒がしい二人。
熱々のポタージュを飲むガオン。
まだ麺の屋台を探しているユノ。
それを見ながら笑うレテ。
そして。
「アルト」
「ん?」
ログが。
大通りの向こうを顎で示した。
「さっきの腸詰め」
「…………!」
アルトが。
立ち上がる。
「あれも食わなきゃ!」
「まだ食べるの⁉︎」
ヒルトの声が。
王都の喧騒へ溶けていった。




