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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
休暇

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536/672

屍の道

     ◇ ◇ ◇


 乾いた風が、荒れた街道を吹き抜ける。


 崩れかけた建物。


 割れた石壁。


 そして、その間を縫うように続く道には、何人もの男たちが倒れていた。


「……だから……言っただろ……」


 ――ズルッ。


 長槍の穂先が引き抜かれ、また一人、男が地面へ崩れ落ちる。


「……聞いてた数と……全然違ぇ……報告した奴……どこ見て……」


「ん?」


「…………」


「バルドさん、なんて?」


「……別に」


「いや、絶対なんか言うてたやん」


「……チッ」


 四人の男女が、倒れた男たちの間を歩いていた。


 前から敵が現れても。


 横から斬りかかられても。


 誰一人として歩調を変えない。


 まるで。


 ただ散歩でもしているように。


「くそっ! 囲め!」


「逃がすな!」


 建物の陰から、武器を持った男たちが次々と姿を現す。


「……だから……多いって……」


「またなんか言うてる?」


「……なんでもねぇ」


 長槍を持つ男が、僅かに顔を上げる。


 長身。


 けれど、その背は少し丸まっている。


 紺色の髪は後ろへ撫でつけられ、その中には灰色が所々に混じっていた。


 身に纏うのは、軍服と鎧を組み合わせたような装い。


 黒を基調に、肩や腰の装甲には紺色が差し込まれている。


「死ねぇ!」


 正面から、一人の男が斬りかかる。


「…………」


 男は。


 猫背のまま。


 長槍を動かした。


 ――ヒュッ!


「がっ⁉︎」


 敵の剣が届くよりも早く。


 石突きが腹へ突き刺さる。


 身体が浮き。


 そのまま。


 槍を横へ。


 ――ドガッ!


「ぐあっ!」


 隣にいた男まで巻き込み、二人まとめて道端へ吹き飛ばした。


「……ったく……」


「あ?」


「…………」


「バルドさん?」


「……なんでもねぇ」


「ほんま聞き取りづらいなぁ」


「……うるせぇ」


 長槍を肩へ担ぎ、何事もなかったように再び歩き出す。


 長槍型魔器。


 《蜂穿(ほうせん)》。


 それを扱う、不死隊の男。


 ――バルド。


「…………眠い」


 その少し後ろから。


 気怠そうな声が聞こえた。


「まだ着かないの?」


「もうちょいやろ」


「さっきも聞いた」


「そうやった?」


「言った」


「覚えてへんなぁ」


「……最悪」


 茶色の髪を顎の辺りで揃えたボブ。


 半分ほど閉じられた瞳は、今にも眠ってしまいそうだった。


 彼女もまた、黒を基調とした軍服に鎧を組み合わせた装い。


 ただ。


 肩や腰の装甲には白銀が使われ、歩くたびに揺れる上着の裾にも同じ色の意匠が走っている。


 手にしているのは、細身の身体には少々長すぎるようにも見える薙刀。


「女だ!」


「先にそいつをやれ!」


「…………」


 女が僅かに目を開ける。


「うるさい」


 二人。


 三人。


 左右から迫る。


「……眠いのに」


 薙刀が。


 ゆらりと揺れた。


 ――ヒュン!


「え――」


 一閃。


 一人目の剣が宙を舞う。


 返す刃で、二人目の足元を払う。


「うわっ!」


 そして。


 石突きを背後へ。


 ――ゴッ!


「がっ!」


 三人目が崩れ落ちる。


「…………」


 女は、一度も足を止めていない。


「……疲れた」


「全然動いてへんやん」


「動いた」


「そら戦っとるからなぁ」


「フーガうるさい」


「俺?」


 薙刀型魔器。


 《白鶴(はっかく)》。


 それを扱う、不死隊の女。


 ――セラ。


「おい!」


 今度は、四人の背後から怒声が響く。


「死ねぇぇぇ!」


 巨大な斧を振り上げた男が、勢いよく迫ってくる。


「…………」


 一人の大男が振り返った。


「っ……⁉︎」


 斧を持った男の足が、一瞬だけ鈍る。


 大きい。


 四人の中でも、頭一つ抜けている。


 分厚い胸板。


 太い腕。


 黒い短髪は、ところどころ寝癖のように跳ねていた。


 黒を基調とした軍装。


 その上から、灰色の重厚な鎧が身体を覆っている。


 そして。


 その背には。


 男の巨体にすら似つかわしくないほど巨大な両手剣。


「どけぇぇぇ!」


 斧が振り下ろされる。


「…………」


 大男が大剣を抜く。


 ただ。


 一振り。


 ――ゴォンッ!


「――っ⁉︎」


 斧ごと。


 男の身体が吹き飛んだ。


 崩れかけた石壁へ激突し、そのまま動かなくなる。


「…………」


 大剣を再び背負う。


「ゴートーさん」


「…………」


「終わった?」


「……まだ」


「そっか」


 それだけ答え。


 また歩き始める。


 大剣型魔器。


 《犀嶽(さいがく)》。


 それを扱う、不死隊の大男。


 ――ゴートー。


「相変わらず派手やなぁ、ゴートーさん」


「…………」


「褒めてんねんで?」


「……聞いてる」


「ならええわ」


「……それでいいのかよ」


「あ?」


「……なんでもねぇ」


「バルドさん、ほんま何言うてるか分からんなぁ」


「……チッ」


 そして。


 三人の少し前を、一人の男が歩いていた。


「いやぁ」


 頭の後ろで手を組み、周囲を見渡す。


「えらい歓迎されとるなぁ」


「フーガのせい」


「なんで俺?」


「隊長だから」


 ゴートーが短く答える。


「ゴートーさんまで?」


「……お前が先頭……歩いてるからだろ……」


「バルドさん?」


「……別に」


「また聞き取れへんかったわ」


「チッ!」


 男は楽しそうに笑った。


 色黒の肌。


 白い髪は中央で分けられ、頬へ流れている。


 鼻梁に掛かるのは、小さな丸眼鏡。


 その奥の瞳は、この状況を楽しんでいるかのように細められていた。


 他の三人と同じく、軍服と鎧を組み合わせたような装い。


 黒を基調としながら、胸元や肩、腰を守る装甲には暗い赤が差し込まれている。


 そして腰には。


 幅広く、緩やかに反った片刃の大刀。


「いたぞ!」


 道の先から声が響く。


「…………」


 四人が足を止める。


 前方。


 建物の間から、次々と武装した男たちが現れる。


 十。


 二十。


 さらに。


 その後ろからも。


「武器を捨てろ!」


「…………」


 白髪の男が。


 丸眼鏡を指で押し上げる。


「なぁ、セラ」


「何?」


「あれ」


 前方を指差す。


「俺らに言うてんの?」


「他に誰がいるの」


「せやんなぁ」


 腰へ手を伸ばす。


 幅広の大刀を、ゆっくりと引き抜いた。


「ゴートーさん」


「…………」


「まだいける?」


「……問題ない」


「バルドさん」


「……さっさと終わらせろ……」


「セラ」


「帰って寝たい」


「よし」


「何がよしなの?」


「全員やる気満々やな」


「どこが?」


 男は大刀を肩へ担ぐ。


 飄々とした笑みは、最後まで消えない。


 大刀型魔器。


 《龍憑(りゅうひょう)》。


 それを携える。


 不死隊現隊長。


 ――フーガ。


「ほな」


 一歩。


 前へ。


「行こか」


「撃てぇぇぇ!」


 怒声が響く。


 敵が一斉に動き出した。


 それでも。


 四人は走らない。


 ただ。


 歩く。


 フーガの《龍憑》が振るわれる。


 ――ドンッ!


「ぐあっ⁉︎」


 正面の敵が吹き飛ぶ。


 できた隙間へ。


 バルドの《蜂穿》が走った。


 一突き。


 二突き。


 三突き。


「……邪魔だ……」


 敵が倒れるよりも早く。


 次の一人へ。


 横から、盾を構えた男たちが迫る。


「…………」


 ゴートーが《犀嶽》を横薙ぎに振るう。


 ――ゴォン!


「うわぁっ⁉︎」


 盾ごと。


 まとめて吹き飛んだ。


「……はぁ」


 セラが欠伸をする。


 その最中にも。


 《白鶴》は舞う。


 一閃。


 また一閃。


 武器を弾き。


 石突きで一人を倒し。


 返した柄で、もう一人を地面へ沈める。


「フーガ」


「ん?」


「まだ?」


「もうちょいやろ」


「それさっきも聞いた」


「そうやった?」


「言った」


「デジャヴやな」


「違う」


「……くだらねぇこと喋ってねぇで……前見ろ……」


「バルドさん?」


「……もうええわ」


「ふはっ!」


 四人は。


 歩き続ける。


 前から来れば。


 倒す。


 横から来れば。


 倒す。


 背後から来れば。


 誰かが振り返りもせず倒す。


 誰一人。


 焦らない。


 誰一人。


 走らない。


 そして。


 誰一人として。


 歩みを止めない。


 やがて。


「…………」


 道から、立っている敵がいなくなった。


「……終わった?」


 セラが眠たそうに辺りを見回す。


「みたいやなぁ」


 フーガが《龍憑》を収める。


「…………」


 ゴートーも《犀嶽》を背負い直した。


「……ったく……」


 バルドが《蜂穿》についた汚れを払い落とす。


「聞いてた数と……全然違ぇ……」


「バルドさん、なんて?」


「……なんでもねぇ」


「ほんま聞き取りづらいなぁ」


「……チッ」


「…………」


 セラが、ふらふらと歩き出す。


「……フーガのせいで、めんどくさくなった」


「何がや?」


「…………」


 バルドが。


 ぼそぼそと口を開く。


「……隊長が……元隊長の首を……」


「ん?」


 フーガが耳へ手を当てる。


「バルドさん、なんて?」


「……隊長が、元隊長の首を……」


「滑舌悪ぅ!」


「……っ!」


 フーガが。


 堪えきれず吹き出した。


「ふはっ! 全然聞き取れへんかったわ!」


「チッ!」


「フーガ」


「ん?」


 セラが、眠たそうな顔のまま。


「フーガがグウェンさんの首落とすからでしょ!」


「…………」


 ゴートーは。


 何も言わない。


「…………」


「あぁ」


 フーガが、ようやく思い出したように手を叩く。


「あれか?」


「それ以外ないでしょ」


「別にええやん」


 フーガは。


 何でもないことのように笑った。


「うざかったし」


「……チッ!」


「はぁ……」


 セラが大きな欠伸をする。


「眠い……」


 四人は。


 再び歩き始めた。


 倒れた敵を背に。


 まるで。


 本当に散歩でもしていたかのように。

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