屍の道
◇ ◇ ◇
乾いた風が、荒れた街道を吹き抜ける。
崩れかけた建物。
割れた石壁。
そして、その間を縫うように続く道には、何人もの男たちが倒れていた。
「……だから……言っただろ……」
――ズルッ。
長槍の穂先が引き抜かれ、また一人、男が地面へ崩れ落ちる。
「……聞いてた数と……全然違ぇ……報告した奴……どこ見て……」
「ん?」
「…………」
「バルドさん、なんて?」
「……別に」
「いや、絶対なんか言うてたやん」
「……チッ」
四人の男女が、倒れた男たちの間を歩いていた。
前から敵が現れても。
横から斬りかかられても。
誰一人として歩調を変えない。
まるで。
ただ散歩でもしているように。
「くそっ! 囲め!」
「逃がすな!」
建物の陰から、武器を持った男たちが次々と姿を現す。
「……だから……多いって……」
「またなんか言うてる?」
「……なんでもねぇ」
長槍を持つ男が、僅かに顔を上げる。
長身。
けれど、その背は少し丸まっている。
紺色の髪は後ろへ撫でつけられ、その中には灰色が所々に混じっていた。
身に纏うのは、軍服と鎧を組み合わせたような装い。
黒を基調に、肩や腰の装甲には紺色が差し込まれている。
「死ねぇ!」
正面から、一人の男が斬りかかる。
「…………」
男は。
猫背のまま。
長槍を動かした。
――ヒュッ!
「がっ⁉︎」
敵の剣が届くよりも早く。
石突きが腹へ突き刺さる。
身体が浮き。
そのまま。
槍を横へ。
――ドガッ!
「ぐあっ!」
隣にいた男まで巻き込み、二人まとめて道端へ吹き飛ばした。
「……ったく……」
「あ?」
「…………」
「バルドさん?」
「……なんでもねぇ」
「ほんま聞き取りづらいなぁ」
「……うるせぇ」
長槍を肩へ担ぎ、何事もなかったように再び歩き出す。
長槍型魔器。
《蜂穿》。
それを扱う、不死隊の男。
――バルド。
「…………眠い」
その少し後ろから。
気怠そうな声が聞こえた。
「まだ着かないの?」
「もうちょいやろ」
「さっきも聞いた」
「そうやった?」
「言った」
「覚えてへんなぁ」
「……最悪」
茶色の髪を顎の辺りで揃えたボブ。
半分ほど閉じられた瞳は、今にも眠ってしまいそうだった。
彼女もまた、黒を基調とした軍服に鎧を組み合わせた装い。
ただ。
肩や腰の装甲には白銀が使われ、歩くたびに揺れる上着の裾にも同じ色の意匠が走っている。
手にしているのは、細身の身体には少々長すぎるようにも見える薙刀。
「女だ!」
「先にそいつをやれ!」
「…………」
女が僅かに目を開ける。
「うるさい」
二人。
三人。
左右から迫る。
「……眠いのに」
薙刀が。
ゆらりと揺れた。
――ヒュン!
「え――」
一閃。
一人目の剣が宙を舞う。
返す刃で、二人目の足元を払う。
「うわっ!」
そして。
石突きを背後へ。
――ゴッ!
「がっ!」
三人目が崩れ落ちる。
「…………」
女は、一度も足を止めていない。
「……疲れた」
「全然動いてへんやん」
「動いた」
「そら戦っとるからなぁ」
「フーガうるさい」
「俺?」
薙刀型魔器。
《白鶴》。
それを扱う、不死隊の女。
――セラ。
「おい!」
今度は、四人の背後から怒声が響く。
「死ねぇぇぇ!」
巨大な斧を振り上げた男が、勢いよく迫ってくる。
「…………」
一人の大男が振り返った。
「っ……⁉︎」
斧を持った男の足が、一瞬だけ鈍る。
大きい。
四人の中でも、頭一つ抜けている。
分厚い胸板。
太い腕。
黒い短髪は、ところどころ寝癖のように跳ねていた。
黒を基調とした軍装。
その上から、灰色の重厚な鎧が身体を覆っている。
そして。
その背には。
男の巨体にすら似つかわしくないほど巨大な両手剣。
「どけぇぇぇ!」
斧が振り下ろされる。
「…………」
大男が大剣を抜く。
ただ。
一振り。
――ゴォンッ!
「――っ⁉︎」
斧ごと。
男の身体が吹き飛んだ。
崩れかけた石壁へ激突し、そのまま動かなくなる。
「…………」
大剣を再び背負う。
「ゴートーさん」
「…………」
「終わった?」
「……まだ」
「そっか」
それだけ答え。
また歩き始める。
大剣型魔器。
《犀嶽》。
それを扱う、不死隊の大男。
――ゴートー。
「相変わらず派手やなぁ、ゴートーさん」
「…………」
「褒めてんねんで?」
「……聞いてる」
「ならええわ」
「……それでいいのかよ」
「あ?」
「……なんでもねぇ」
「バルドさん、ほんま何言うてるか分からんなぁ」
「……チッ」
そして。
三人の少し前を、一人の男が歩いていた。
「いやぁ」
頭の後ろで手を組み、周囲を見渡す。
「えらい歓迎されとるなぁ」
「フーガのせい」
「なんで俺?」
「隊長だから」
ゴートーが短く答える。
「ゴートーさんまで?」
「……お前が先頭……歩いてるからだろ……」
「バルドさん?」
「……別に」
「また聞き取れへんかったわ」
「チッ!」
男は楽しそうに笑った。
色黒の肌。
白い髪は中央で分けられ、頬へ流れている。
鼻梁に掛かるのは、小さな丸眼鏡。
その奥の瞳は、この状況を楽しんでいるかのように細められていた。
他の三人と同じく、軍服と鎧を組み合わせたような装い。
黒を基調としながら、胸元や肩、腰を守る装甲には暗い赤が差し込まれている。
そして腰には。
幅広く、緩やかに反った片刃の大刀。
「いたぞ!」
道の先から声が響く。
「…………」
四人が足を止める。
前方。
建物の間から、次々と武装した男たちが現れる。
十。
二十。
さらに。
その後ろからも。
「武器を捨てろ!」
「…………」
白髪の男が。
丸眼鏡を指で押し上げる。
「なぁ、セラ」
「何?」
「あれ」
前方を指差す。
「俺らに言うてんの?」
「他に誰がいるの」
「せやんなぁ」
腰へ手を伸ばす。
幅広の大刀を、ゆっくりと引き抜いた。
「ゴートーさん」
「…………」
「まだいける?」
「……問題ない」
「バルドさん」
「……さっさと終わらせろ……」
「セラ」
「帰って寝たい」
「よし」
「何がよしなの?」
「全員やる気満々やな」
「どこが?」
男は大刀を肩へ担ぐ。
飄々とした笑みは、最後まで消えない。
大刀型魔器。
《龍憑》。
それを携える。
不死隊現隊長。
――フーガ。
「ほな」
一歩。
前へ。
「行こか」
「撃てぇぇぇ!」
怒声が響く。
敵が一斉に動き出した。
それでも。
四人は走らない。
ただ。
歩く。
フーガの《龍憑》が振るわれる。
――ドンッ!
「ぐあっ⁉︎」
正面の敵が吹き飛ぶ。
できた隙間へ。
バルドの《蜂穿》が走った。
一突き。
二突き。
三突き。
「……邪魔だ……」
敵が倒れるよりも早く。
次の一人へ。
横から、盾を構えた男たちが迫る。
「…………」
ゴートーが《犀嶽》を横薙ぎに振るう。
――ゴォン!
「うわぁっ⁉︎」
盾ごと。
まとめて吹き飛んだ。
「……はぁ」
セラが欠伸をする。
その最中にも。
《白鶴》は舞う。
一閃。
また一閃。
武器を弾き。
石突きで一人を倒し。
返した柄で、もう一人を地面へ沈める。
「フーガ」
「ん?」
「まだ?」
「もうちょいやろ」
「それさっきも聞いた」
「そうやった?」
「言った」
「デジャヴやな」
「違う」
「……くだらねぇこと喋ってねぇで……前見ろ……」
「バルドさん?」
「……もうええわ」
「ふはっ!」
四人は。
歩き続ける。
前から来れば。
倒す。
横から来れば。
倒す。
背後から来れば。
誰かが振り返りもせず倒す。
誰一人。
焦らない。
誰一人。
走らない。
そして。
誰一人として。
歩みを止めない。
やがて。
「…………」
道から、立っている敵がいなくなった。
「……終わった?」
セラが眠たそうに辺りを見回す。
「みたいやなぁ」
フーガが《龍憑》を収める。
「…………」
ゴートーも《犀嶽》を背負い直した。
「……ったく……」
バルドが《蜂穿》についた汚れを払い落とす。
「聞いてた数と……全然違ぇ……」
「バルドさん、なんて?」
「……なんでもねぇ」
「ほんま聞き取りづらいなぁ」
「……チッ」
「…………」
セラが、ふらふらと歩き出す。
「……フーガのせいで、めんどくさくなった」
「何がや?」
「…………」
バルドが。
ぼそぼそと口を開く。
「……隊長が……元隊長の首を……」
「ん?」
フーガが耳へ手を当てる。
「バルドさん、なんて?」
「……隊長が、元隊長の首を……」
「滑舌悪ぅ!」
「……っ!」
フーガが。
堪えきれず吹き出した。
「ふはっ! 全然聞き取れへんかったわ!」
「チッ!」
「フーガ」
「ん?」
セラが、眠たそうな顔のまま。
「フーガがグウェンさんの首落とすからでしょ!」
「…………」
ゴートーは。
何も言わない。
「…………」
「あぁ」
フーガが、ようやく思い出したように手を叩く。
「あれか?」
「それ以外ないでしょ」
「別にええやん」
フーガは。
何でもないことのように笑った。
「うざかったし」
「……チッ!」
「はぁ……」
セラが大きな欠伸をする。
「眠い……」
四人は。
再び歩き始めた。
倒れた敵を背に。
まるで。
本当に散歩でもしていたかのように。




