目的は…
◇ ◇ ◇
任務を終えた四人が、不死隊の拠点へ戻った頃。
日はすでに傾き始めていた。
「ただいまぁ」
軋んだ扉を押し開け。
フーガが中へ入る。
その後ろから。
ゴートー。
バルド。
セラが続いた。
「……疲れた」
「セラ、さっきからそれしか言うてへんやん」
「疲れたし、眠い」
「増えたな」
「寝る」
「自由やなぁ」
セラは真っ直ぐ長椅子へ向かうと、そのまま横になった。
ゴートーは背負っていた《犀嶽》を壁へ立て掛ける。
バルドも《蜂穿》を置き、大きく息を吐いた。
「……聞いてた数と……全然違ぇ……余計な仕事……」
「バルドさん?」
「……なんでもねぇ」
「ほんま?」
「……チッ」
「元気そうで何よりや」
「どこ見てそう思った……」
「ん?」
「……もういい」
フーガは笑いながら、近くの椅子へ腰掛けた。
それぞれ別の場所へ散っていた仲間たちも、そろそろ戻ってくる頃だ。
――ギィ。
「おや」
噂をすれば。
扉が開いた。
「皆さん、お早いですね」
「お、エルネさん」
「ただいま戻りました」
入ってきたのは。
深緑を差し色にした軍装と軽鎧を纏う男。
腰には細身のレイピア。
先日。
墓地でユノと言葉を交わしていた男。
――エルネ。
「どうやった?」
「それなりの収穫はありましたよ」
「おお」
「もっとも」
エルネがフーガを見る。
「あなたに今話しても、もう一度全員が揃ってから説明することになるでしょう」
「よう分かっとるやん」
「長い付き合いですから」
「俺のこと好きなん?」
「嫌いではありません」
「微妙やなぁ」
「正確な回答です」
エルネは荷物を机へ置く。
その少し後。
――バン!
「戻ったぞぉ!」
「……うるさい」
長椅子から。
セラの声が飛ぶ。
「ガッハッハ! 悪ぃ悪ぃ!」
豪快な笑い声と共に入ってきたのは。
袖を捲り。
鍛えられた腕を露わにした男。
黒を基調とした軍装と鎧には。
橙色の意匠が入っている。
――ゲンザ。
「いやぁ! ジーアスはいい街だったな!」
「ゲンさん、遊びに行ったんちゃうで?」
「分かってる!」
「ほんまかぁ?」
「ちゃんと仕事はしたぞ! なぁ、ミュゼ!」
「……まぁ、一応は」
その後ろから。
若い男が顔を出した。
「うぃーっす。ただいま戻りました」
黄色を差し色にした軽装。
ゲンザと行動を共にしていた青年。
――ミュゼ。
「聞いてくださいよ。ゲンさん、途中から知らねぇおっさんたちと酒盛り始めたんすよ」
「知らねぇ奴じゃねぇ! 友達だ!」
「名前知ってるんすか?」
「知らん!」
「知らねぇじゃないっすか!」
「酒を飲めば友達だ!」
「意味分かんねぇっす……」
「ガッハッハ!」
「……声、大きい」
「おう、セラ! 寝てたのか!」
「寝ようとしてた」
「そりゃ悪かった!」
「だから声……」
セラが長椅子の上で丸くなる。
「ゲンさん相変わらずやなぁ」
「おう!」
「褒めてへんで?」
「ガッハッハ!」
そして。
少し遅れて。
――ガチャ。
「あぁ……?」
扉が開く。
紫色と金色。
嫌でも目に入る派手な装い。
小太りの身体。
片手には。
当然のように酒瓶。
「…………」
入ってきた男は。
全員から向けられた視線に眉を寄せる。
「なんだよ」
酒瓶を煽る。
「見せもんじゃねぇぞ」
「……ドーマ」
「あぁ?」
――ドーマ。
「……てめぇ……また飲んでやがったのか」
バルドが。
猫背のまま睨む。
「あぁ? 何ボソボソ言ってんだ?」
「……任務中に酒飲んでたのかって言ってんだ……クソ狸」
「あぁ⁉︎」
ドーマの眉が跳ね上がった。
「誰が狸だ、クソ蜂!」
「……てめぇだよ」
「やんのか⁉︎」
「……上等だ」
「表出ろ!」
「……ここでいいだろ」
「拠点壊したら二人で直してくださいね」
エルネが淡々と告げる。
「知るか!」
「……こいつにやらせろ」
「なんで俺だけなんだよ!」
「……お前が壊すからだろ」
「まだ壊してねぇだろうが!」
「これから壊すつもりなんですか?」
「エルネは黙ってろ!」
「理不尽ですね」
「お?」
フーガが楽しそうに二人を見る。
「今日も仲ええなぁ」
「「どこがだ!」」
「お、そこは揃うんや」
「……チッ!」
「クソが!」
「……眠い」
「…………」
ゴートーだけが。
いつも通り無言で眺めていた。
◇
「ほな」
全員が揃ったところで。
フーガが机を囲む面々を見回した。
「始めよか」
バルドとドーマは。
当然のように最も離れた位置にいる。
「……チッ」
「ケッ」
「まだやってんの?」
セラが眠たそうに呟く。
「とりあえず」
フーガが丸眼鏡を押し上げる。
「アルトについて。順番に聞こか」
「では、私から」
最初に口を開いたのは。
エルネだった。
「現在もガイスト軍に所属しています。軍内での人間関係も、概ね良好のようです」
「へぇ」
「少なくとも、近いうちにガイストを離れる様子はありません」
「なるほどなぁ」
フーガは。
それ以上何も言わなかった。
「それから」
エルネが一枚の紙を机へ置く。
「近々、スパーナへ向かうようです」
「スパーナ?」
「はい」
「俺らもそれ聞いたっすよ」
ミュゼが手を挙げる。
「王国祭っす」
「王国祭?」
「スパーナで開かれる大きな祭りっすよ。それに合わせて向かうみたいっす」
「任務か?」
ゲンザが聞く。
「いや」
ドーマが酒瓶を揺らす。
「そっちは違ぇな」
「ドーマさんも掴んどるん?」
「ああ。連中、休暇を取ってやがる」
「ほな……」
フーガが少しだけ笑う。
「旅行か」
「そう見ていいでしょう」
エルネが頷く。
「……呑気な奴だな!」
ゲンザが豪快に笑う。
「ゲンさんが言うんすか?」
「なんだミュゼ!」
「なんでもないっす」
「ガッハッハ!」
「……うるさい」
「悪ぃ!」
「…………」
フーガが。
机の上の情報へ目を落とす。
「スパーナねぇ……」
小さく呟いた。
その時。
「……あれ?」
ミュゼが。
初めて何かに気づいたように周囲を見る。
「なんや?」
「いや……」
一人ずつ。
顔を確認する。
フーガ。
ゴートー。
バルド。
セラ。
エルネ。
ゲンザ。
ドーマ。
「グウェンさんは?」
「…………」
セラが。
眠たそうな顔のまま答えた。
「フーガが首落とした」
「…………」
ミュゼが固まる。
「えー……」
一歩。
僅かに後ろへ。
「えっぐぅ……」
「なんや!」
フーガが身を乗り出した。
「文句あるんか!」
「ないっす!」
即答だった。
「早いなぁ!」
「全然ないっす!」
「ほんまに?」
「ないっす!」
「ならええわ」
「いいんですか、それで……」
エルネが小さく息を吐く。
「…………」
フーガは。
もう一度。
机の上へ目を落とした。
「スパーナねぇ……」
王国祭。
アルトも行く。
そして。
今のアルトが共にいる者たちも。
「…………」
丸眼鏡の奥の瞳が。
僅かに細くなる。
「まぁ」
立ち上がる。
「ええやろ」
そして。
いつもの調子で。
「んじゃ……今日はゲンさん、よろしくぅ!」
「おう!」
ゲンザが。
一歩前へ出た。
その瞬間。
雰囲気が変わる。
豪快に笑っていた表情が消え。
背筋が伸びる。
「――整列!」
――ザッ!
椅子が引かれた。
全員が立ち上がる。
横一列。
位置。
姿勢。
視線。
全てが。
揃う。
先ほどまで酒を飲んでいたドーマも。
バルドと喧嘩していたドーマも。
眠そうにしていたセラも。
軽口を叩いていたミュゼも。
誰一人として。
遅れない。
「気をつけぃ!」
――ザッ!
一糸乱れぬ動き。
「フーガ隊長に対し!」
一拍。
「敬礼!」
全員の腕が。
同時に上がる。
「…………」
フーガが。
その前へ立つ。
そして。
片手を軽く動かした。
「休め」
――ザッ!
再び。
全員の動きが揃う。
「えー」
フーガが丸眼鏡を押し上げる。
「ほな、情報も揃ったことやし」
いつもの。
飄々とした口調。
「次の行き先、決まりました」
「…………」
「スパーナ」
誰一人。
口を挟まない。
「王国祭に合わせて、俺らも向こうに入ります」
そして。
ほんの少しだけ間を置いた。
「目的は――」
口元が。
緩やかに吊り上がる。
「裏切り者のアルトを殺します」
「…………」
誰も。
表情を変えない。
「邪魔もんは……」
フーガが首を傾げる。
少しだけ。
考えるように。
「まぁ……殺してええやろ」
「…………」
「以上」
そして。
いつもの軽い笑みに戻る。
「はい、解散〜」
「気をつけぃ!」
ゲンザの号令が。
再び響く。
「フーガ隊長に対し!」
――ザッ!
「敬礼!」
八人の腕が。
寸分違わず上がる。
「別れ!」
「――了!」
声が。
一つに重なった。
その瞬間。
張り詰めていた空気が。
消えた。
「よーし! 酒だ!」
「ゲンさん、まだ飲むんすか⁉︎」
「飲むぞ!」
「さっきまで飲んでたじゃないっすか!」
「それとこれは別だ!」
「何が違うんすか!」
「ガッハッハ!」
「……ドーマ」
「あぁ?」
「……それ、俺の酒だろ」
「名前書いてねぇだろ」
「……俺が買った」
「だったら名前書いとけ!」
「……殺すぞ」
「やってみろクソ蜂!」
「……表出ろ」
「望むところだ!」
「また始まりましたね」
エルネが呆れたように二人を見る。
「……眠い」
セラは。
すでに長椅子へ向かっている。
「…………」
「ゴートーさん」
「……何だ」
「なんか言うてや」
「…………」
ゴートーは少し考え。
「……腹減った」
「そこなん?」
「飯なら俺が作ってやるぞ!」
「ゲンさん料理できるんすか⁉︎」
「できん!」
「じゃあ何作るんすか!」
「知らん!」
「怖ぇっすよ!」
「ふはっ!」
フーガが。
声を上げて笑う。
騒がしい仲間たち。
いつも通りの光景。
「…………」
その中で。
フーガは一人。
丸眼鏡を指で押し上げた。
「スパーナかぁ……」
小さく。
その名を口にする。
アルトが。
自分たちのもとを離れてから。
どんな場所で。
どんな連中と。
何をしてきたのか。
「…………」
フーガは。
それ以上何も言わず。
いつもの笑みを浮かべた。
王国祭。
アルトたちが旅行として向かうスパーナへ。
不死隊もまた。
向かおうとしていた。




