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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
休暇

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日課の理由


「……はい」


 作業台の上に残った《砕》を見る。


 違った形。


 それが。


 どんなものになるのか。


 この時の俺には。


 まだ想像もつかなかった。


「あ、そうだ」


 ロナーさんが思い出したように顔を上げる。


「アルト君たち、明後日からスパーナだよね?」


「はい!」


「それまでには……多分、間に合わないと思うけど」


 ロナーさんが《砕》を見る。


「大丈夫?」


「うーん……」


 少し考える。


「旅行だから大丈夫だと思います」


「旅行……」


 ガオンが少しだけ眉を動かした。


「まあ、戦闘目的ではないからな」


「だろ?」


「何も起きなければ、だが」


「なんでそんな言い方するんだよ!」


「お前といると何か起きそうだからだ」


「俺のせい⁉︎」


「あー! スパーナ楽しみだなぁ!」


 ログが大きく伸びをする。


「兄貴、スパーナ行ったことある?」


「ないよ」


「マジか」


「だから、たくさんお土産話を期待してるよ」


「おう! 任せとけ!」


「お土産じゃなくて、お土産話なんだな」


「ガオン、そこ気にすんのか?」


「少しな」


「ははは!」


 ロナーさんが笑う。


「ところで」


 ログが鍛冶場の奥を見る。


「親父は? 風呂場か?」


「うん」


 ロナーさんが頷く。


「父さんは今、身を清めてるよ」


「……清める?」


 ガオンが首を傾げた。


「ああ」


 ログが何でもないことのように答える。


「親父は毎日欠かさず、仕事の前に冷たい水で身体を清めるんだよ」


「毎日?」


「雨でも雪でもな」


「……何故だ?」


「鍛冶の神様に失礼のないように、だってよ」


「へぇ……」


 ガオンが感心したように鍛冶場を見回す。


 俺は。


「…………」


 なんだか。


 それを聞いて。


「日課じゃん」


「ん?」


「それ、日課じゃん!」


「あー……」


 ログが頷く。


「まあ、そうだな」


「確かにね」


 ロナーさんも笑った。


 そして。


 ふと。


 俺を見る。


「じゃあ、アルト君」


「はい?」


「アルト君は、なんでその日課を毎日こなすの?」


「俺?」


「うん」


「…………」


 なんで。


 そう言われると。


 少し難しい。


「うーん……」


 腕を組む。


「言われたからっていうのもあるんですけど」


 バルドに。


 ゲンザに。


 フーガに。


 いろんなことを教えられた。


 それを。


 今でも毎日続けている。


「……多分」


 自分でも。


 今まで考えたことがなかった。


「安心したいだけなんだと思います」


「安心?」


「はい」


 ロナーさんを見る。


「これをちゃんとやってるから、俺は強くなれるとか」


 拳を見る。


「ちゃんとやってれば、認めてもらえるとか……」


「…………」


「俺」


 少しだけ。


 言葉が止まる。


「実は、精霊に嫌われていて」


 ロナーさんの表情が変わった。


「精霊に?」


「はい」


 ちらりと。


 ログを見る。


「今も、ログのアルゴスはずっと隠れてると思うんですけど」


「…………」


 ログは何も言わなかった。


「俺が近くにいると、精霊は逃げちゃうんです」


 ガイストに来てからも。


 それは。


 ずっと変わらない。


「だから……」


「…………」


「うーん!」


 頭を掻く。


「なんて言えばいいか分かんないけど!」


「ゆっくりでいいよ」


「はい……」


 もう一度。


 考える。


「これをちゃんとこなせてるうちは」


 毎日。


 同じことをする。


 教えられたことを。


 教えられた通りに。


「最低限……自分を保てる気がして」


「…………」


「俺は大丈夫だって、思えるっていうか……」


 自分で言っておいて。


 やっぱり。


 よく分からない。


「……そんな感じです!」


「最後雑だな」


「だって上手く言えないんだよ!」


「ははは」


 ロナーさんが笑う。


 でも。


 すぐに。


「精霊に嫌われてる……か」


 小さく呟いた。


「…………」


 それから。


 何かを考えるように俺を見て。


「そっか」


 それだけ言った。


 そして。


「――らしいけど」


 視線を横へ。


「どう思う? 二人とも」


「え?」


 俺も見る。


 ガオンとログ。


「…………」


 ガオンが腕を組む。


 少し考えて。


「なら」


 俺を見る。


「しっかりこなさないとな」


「え?」


「なぁ、ログ?」


「……ああ」


 ログが頷く。


「よし」


 そのまま。


 鍛冶場の出口へ向かう。


「行くぞ、アルト」


「どこに?」


「裏庭だよ」


「え?」


「日課の続きだろ?」


「でも――」


 ログが振り返る。


「千回とは言わず」


 ニッと笑う。


「何万回でも俺らが付き合ってやる」


「…………」


「いや、何万回は多すぎるだろ」


 ガオンが真顔で言った。


「お前が言い出したみたいにすんな!」


「俺は『しっかりこなせ』と言っただけだ」


「そこは乗れよ!」


「限度がある」


「え?」


 俺だけ。


 二人のやり取りについていけない。


「…………」


「ははは」


 ロナーさんが笑った。


「アルト君」


「……はい?」


「そんなに心配しなくても」


 ロナーさんがログとガオンを見る。


「君を受け入れてくれる人は、ちゃんといるってことさ」


「…………」


 俺も。


 二人を見る。


「何見てんだよ」


「いや……」


「行くぞ」


 ガオンも歩き出す。


「…………」


 なんだろう。


 胸の奥が。


 少しだけ。


 むずむずする。


「……うん!」


「あ、待って」


「?」


 ロナーさんが俺を呼び止めた。


 鍛冶場の壁へ向かい。


 立て掛けてあった一本の鉄杖を手に取る。


「これ」


「?」


 渡された。


「おっ」


 《砕》より。


 少し軽い。


 でも。


 握った感じは結構似ている。


「僕から貸してあげる」


「いいんですか?」


「うん。素振りにはちょうどいいと思うから」


 ロナーさんが俺の持ち方を見る。


「ちょっと軽いかもしれないけどね」


「確かに《砕》より軽いです!」


「だったら」


 ロナーさんが笑う。


「力のコントロールの練習だと思ってさ」


「コントロール……」


「軽いからって、いつもと同じ力任せに振らないこと」


「…………」


「できる?」


「できます!」


「本当かぁ?」


「できますって!」


「兄さん、そいつに繊細なこと求めるの無理じゃねぇか?」


「ログ!」


「なら見せてみろよ」


「よーし!」


 鉄杖を握り。


 鍛冶場の出口へ走る。


「裏庭行くぞー!」


「おい! 家ん中で振り回すな!」


「振ってないだろ!」


「走るなっつってんだよ!」


「それは言ってないだろー!」


「今言った!」


「ははは!」


 後ろから。


 ロナーさんの笑い声が聞こえる。


 《砕》は。


 しばらくお休み。


 少し寂しいけど。


「ログ! ガオン! 早く!」


「はいはい!」


「まったく……」


 二人の声が返ってくる。


 俺は借りた鉄杖を握り直した。


「よし!」


 残り。


 九百五十回。


 いや。


 最初からやり直そう。


 今度は。


 二人と一緒に。

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