代償
◇
「朝ごはん冷めるよー!」
家の中から声が響く。
「はーい!」
俺は《砕》を下ろし、家へ向かう。
「素振りは?」
「あとで!」
「九百五十回残ってんぞ」
「分かってるって!」
「どうせ途中で何回やったか忘れんだろ」
「忘れない!」
「もう一回忘れてんじゃねぇか」
「ログが話しかけるからだろ!」
「俺のせいにすんな!」
「朝から元気だな、お前ら……」
ガオンが呆れたように呟きながら、俺たちの後ろをついてくる。
家へ入ると。
食卓には、もう朝ごはんが並んでいた。
「おお!」
「手ぇ洗ってからだよ」
「はーい!」
「アルト君は本当にいい返事するねぇ」
「こいつ返事だけはいいからな」
「なんだよ!」
「いいから手ぇ洗ってこい!」
「ログもだろ!」
三人で手を洗い、席につく。
「いただきます!」
「いただきます」
「いただきます」
早速、目の前の料理へ手を伸ばす。
「ん!」
一口食べて。
もう一口。
「これ美味しいです!」
「あら、そうかい? いっぱいあるから食べな!」
「ありがとうございます!」
「食い過ぎんなよ」
「ログに言われたくない」
「俺は普通だ!」
「昨日もいっぱい食ってただろ」
「家の飯だからいいんだよ!」
「何が違うんだ?」
「知らねぇよ!」
「朝から騒がしいねぇ」
そう言いながら。
ログのお母さんは、どこか楽しそうに笑っていた。
「ガオン君も遠慮しないで食べな」
「ありがとうございます」
「そんなちょっとずつ食べてたら昼になっちまうよ」
「……では、いただきます」
「ガオン、ここじゃ遠慮しても無駄だぞ」
「昨日で理解した」
「なんだいそれ!」
「ははは!」
朝から。
食卓に笑い声が響く。
昨日もそうだったけど。
ログの家は。
なんだかずっと賑やかだ。
「…………」
「なんだよ、アルト」
「いや」
もう一口。
口へ運ぶ。
「ログん家って、やっぱいいな」
「急になんだよ」
「別にー」
「変な奴」
「ふふっ」
ログのお母さんが笑う。
「いつでも遊びに来な」
「はい!」
「お前、即答だな」
「いいって言ってくれたんだからいいだろ!」
「まあ、いいけどよ」
「ほら! 喋ってないで食べな!」
「はーい!」
それから。
残っていた料理も綺麗に平らげ。
「ごちそうさまでしたー!」
「はいよ」
俺は立ち上がる。
「じゃあ《砕》持っていくか!」
「そうしろ。兄さん待ってんぞ」
「俺も行く」
ガオンも席を立った。
「ガオンも?」
「ああ。魔器の整備を見る機会など滅多にないからな」
「じゃあ一緒に見ようぜ!」
「お前は見てもらう側だろ」
「いいだろ!」
三人で《砕》を持って、鍛冶場へ向かう。
近づくにつれて。
――カァン!
――カァン!
金属を打つ音が大きくなってきた。
「ロナーさーん!」
「ん?」
鍛冶場を覗く。
作業台に向かっていたロナーさんが手を止め、こちらを振り返った。
「お、来たね」
「持ってきました!」
「はいはい。見えてるよ」
ロナーさんが笑いながら、作業台の上を片付ける。
「ちょうどこっちも終わったところだから、そこに置いて」
「はい!」
――ゴトッ。
《砕》を横たえる。
「じゃあ、見せてもらおうかな」
「お願いします!」
ロナーさんが両手を伸ばし。
初めて《砕》を持ち上げた。
「……おっ」
「?」
「結構重いね、これ」
「そうですか?」
「アルト君には軽い?」
「ちょうどいいです!」
「今朝、それ千回振ろうとしてたぞ」
ログが横から口を挟む。
「これを?」
「はい!」
「まだ五十回しかやってねぇけどな」
「あとでやるって!」
「ははは! そりゃすごい」
ロナーさんは笑いながら、《砕》を何度か持ち替える。
「へぇ……」
「どうです?」
「面白い造りしてるね」
「面白い?」
「うん。見た目は無骨だけど、ちゃんと振ることを考えて作られてる」
《砕》を持つ位置を少しずつ変えながら。
重さを確かめる。
「この重さの割には重心がいい。振った時に変に持っていかれないようにしてある」
「おお!」
「お前の場合、重心とか関係なく振り回しそうだけどな」
「ログ!」
「否定できるか?」
「…………できる!」
「今の間はなんだよ」
「ははは!」
ロナーさんが笑う。
けれど。
手は止めない。
表面を指でなぞり。
細かな傷や歪みがないか、一つずつ確認していく。
「外側は……大きな問題はなさそうだね」
「ほら!」
「何が『ほら』だよ」
「大事に使ってる証拠!」
「お前の使い方見てたら絶対違ぇ」
「でも大丈夫だって!」
「外側は、な」
「そこ強調するなよ!」
「まあまあ」
ロナーさんが《砕》を作業台へ戻す。
「次は術式を見てみようか」
「術式?」
「うん」
《砕》に刻まれた細かな文字と線へ指を添える。
「三つ入ってるね」
「あ! 知ってます!」
「お?」
「《強度維持》!」
「正解」
「それと《衝撃分散》!」
「うん」
「あと……」
「…………」
なんだっけ。
「反動を抑えるやつ!」
「最後だけ雑だな、お前」
「意味は合ってるだろ!」
「ははは。合ってるよ。《反動軽減》だね」
「それ!」
「忘れてたじゃねぇか」
「思い出したんだよ!」
「人に言われてな」
「うるさい!」
ガオンが横から《砕》を眺める。
「《強度維持》に《衝撃分散》。それに使用者への《反動軽減》か」
「ああ」
ロナーさんが頷く。
「この重さで打ち込むことを考えれば、どれも大事な術式だね」
「俺、反動とかあんまり気にならないけどなぁ」
「だからって要らないわけじゃないよ」
「ヒルトにも同じこと言われた」
「なら諦めろ」
ログが呆れた顔をする。
「二人に言われてんじゃねぇか」
「むぅ……」
「じゃあ順番に見ていこうか」
ロナーさんが再び《砕》へ目を落とす。
「《反動軽減》は……うん。問題なし」
「おお!」
「なんでお前が嬉しそうなんだよ」
「ちゃんと動いてるんだぞ?」
「そりゃそうだろ」
「次は《衝撃分散》」
指先が術式を辿る。
「…………」
少しして。
「ん?」
「どうしました?」
「いや……」
もう一度。
同じ場所をなぞる。
「こっちは少し流れが乱れてるな」
「流れ?」
「術式そのものは機能してる。ただ、本来より不安定になってる」
「使えないの?」
「そこまでじゃないよ。でも正常とも言えないかな」
「兄さん、直せんのか?」
「原因次第だね」
そして。
最後の術式へ。
「《強度維持》は――」
「…………」
ロナーさんの指が止まった。
「?」
もう一度。
最初から術式を辿っていく。
「兄さん?」
「ちょっと待って」
声が変わった。
さっきまで笑っていたロナーさんの顔から。
笑みが消える。
「……おかしいな」
「何が?」
「《強度維持》が……ほとんど機能してない」
「え?」
「マジか?」
ログがすぐに作業台へ近づく。
「術式が壊れてんのか?」
「いや」
ロナーさんが首を振る。
「術式自体は残ってる。刻印にも目立った傷はない」
「じゃあ、なんで機能してねぇんだ?」
「それを調べる」
作業台に並ぶ道具の中から。
細長い器具を一本手に取った。
「それ何?」
「魔器の内部の状態を調べる道具だよ」
「中が見えるの⁉︎」
「そのまま見えるわけじゃないよ」
「なんだ」
「なんで残念そうなんだよ」
「だって見てみたいだろ!」
「今は黙って見てろ」
「はい……」
ロナーさんが器具の先端を《砕》へ触れさせる。
淡い光が灯った。
「おお……」
「アルト」
「分かってるって!」
声を小さくする。
ロナーさんは何も言わず。
ゆっくりと器具を滑らせていく。
端から。
中央へ。
「…………」
俺も。
ログも。
ガオンも。
黙って見つめる。
そして。
《砕》の真ん中辺りまで来た時。
――フッ。
光が揺れた。
「……ん?」
ロナーさんの手が止まる。
少し戻し。
もう一度。
――フッ。
「…………」
「兄さん?」
「ここか……」
「何かあった?」
「もう少し待って」
角度を変え。
何度か同じ場所を確認する。
やがて。
ロナーさんが小さく息を吐いた。
「ログ」
「ん?」
「これ、思ってたより良くないぞ」
「……どういうことだ?」
「ロナーさん?」
俺が呼ぶと。
ロナーさんが顔を上げた。
「アルト君」
「はい」
「《砕》の内部にヒビが入ってる」
「…………」
「ヒビ?」
「うん」
ロナーさんが《砕》の中央辺りを指で示す。
「ちょうど、この辺りだね」
「…………」
覗き込む。
でも。
何も見えない。
「どこ?」
「外からは見えないよ。表面までは達してないから」
もう一度。
器具を当てる。
淡い光が、《砕》の中央付近で僅かに揺らいだ。
「この中にヒビが入ってる」
「それで《強度維持》が?」
ログが聞く。
「ああ。このヒビが《強度維持》の流れを阻害してる。それで、ほとんど機能しなくなってるみたいだ」
「《衝撃分散》は?」
「そっちにも影響が出てる。完全に止まってはいないけど、ヒビの周辺で流れが乱れてるね」
「……《反動軽減》だけは無事か」
「うん。それは正常」
ガオンが腕を組む。
「本体の中央にヒビ。そのうえ《強度維持》が機能していない……」
「そういうこと」
ロナーさんが《砕》へ視線を戻す。
「今すぐ折れるとは言わない。でも、この状態で強い衝撃を加え続ければ――」
「折れる?」
「……可能性は高いね」
「…………」
俺は。
何も言わずに《砕》を見る。
見た目は。
いつもと何も変わらない。
なのに。
中では。
壊れていた。
「原因、分かりますか?」
「それを知りたいんだ」
ロナーさんが俺を見る。
「アルト君。最近、《砕》に今までとは比べものにならないくらい強い負荷を掛けなかった?」
「強い負荷……」
「普段より遥かに強い力を通したとか」
「…………」
一つ。
思い当たる。
「……《砕旋》」
ガオンが俺を見る。
「セブランとの戦いか」
「うん」
あの時。
俺だけの力じゃ。
セブランには届かなかった。
だから。
エーテルから力を借りた。
その力を《砕》へ重ねて。
全力で《砕旋》を叩き込んだ。
「エーテルから力を借りて……《砕旋》を使いました」
「普段より強かった?」
「……かなり」
「少なくとも」
ガオンが口を開く。
「あれを普段通りの一撃と考えるのは無理がある」
「それが原因か?」
ログが聞く。
「断定はできないよ」
ロナーさんは首を振った。
「俺はその時の《砕》を見てないからね。ただ、普通に使っていてこんなヒビが入ったとは考えにくい」
「…………」
俺は。
作業台の上へ手を伸ばした。
《砕》に触れる。
冷たい。
いつもの感触。
「……そっか」
「アルト?」
「俺……壊しちゃったんだ」
「…………」
ログが黙る。
俺がガイストへ来て。
初めて手にした武器。
付き合いは。
まだそんなに長くない。
それでも。
人喰らいと戦った時も。
ヴォルグでも。
ルミナスでも。
ずっと。
こいつを握って戦ってきた。
「大事に使ってたつもりだったんだけどな……」
地面をぶっ叩いたり。
思いっきり振り回したり。
ログには散々、扱いが雑だと言われてきた。
それでも。
俺なりに。
本当に大事にしていた。
「…………」
《砕》の真ん中辺りを撫でる。
「……ごめんな」
「アルト」
「ん?」
「まだ直せねぇって決まったわけじゃねぇだろ」
「……うん」
ログがロナーさんを見る。
「兄さん。どうなんだ?」
「…………」
ロナーさんは答えなかった。
腕を組み。
作業台の上の《砕》を見つめている。
「兄さん?」
「……術式は」
しばらくして。
口を開いた。
「組み直すことはできる」
「じゃあ――」
「問題は本体だなぁ」
「…………」
ロナーさんが深刻そうな顔で、《砕》の中央へ手を添える。
「《強度維持》と《衝撃分散》は俺の方で組み直せる。《反動軽減》も含めて、一度全部調整した方がいいだろうね」
「じゃあ、直る?」
「術式はね」
「…………」
「でも」
中央部分を指で軽く叩く。
「このヒビは別だ」
「…………」
「場所があまり良くない。ちょうど真ん中だからね」
「真ん中だと駄目なの?」
「アルト君が振った時に力が掛かる場所なんだ。下手に塞いでも、また同じところから割れるかもしれない」
「…………」
ロナーさんはしばらく《砕》を見つめていた。
それから。
「アルト君」
「はい」
「もし、元通りに直せなかった場合なんだけど」
「…………」
「魔器を変えるつもりはある?」
「…………」
魔器を。
変える。
その言葉を聞いて。
考えるより先に。
「……嫌です」
そう答えていた。
「そっか」
「付き合いは……まだ短いけど」
《砕》へ触れる。
「これ、ヒルトが選んでくれたから……」
初めて武器を選びに行った時。
何がいいのか分からなかった俺に。
ヒルトが色々教えてくれた。
重さを確かめて。
術式を見て。
俺に合うものを一緒に探してくれた。
その中で。
俺が選んだのが。
こいつだった。
「それに……」
指先で《砕》を撫でる。
「こいつで、いっぱい戦ったし」
「…………」
「だから」
少しだけ。
握る手に力が入る。
「できるなら……《砕》がいいです」
「……そっか」
ロナーさんが頭を掻く。
「うーん……」
「無理、ですか?」
「いや」
ロナーさんがもう一度。
《砕》をじっと眺める。
端から。
中央。
そして。
反対側まで。
「…………」
「あ」
「?」
何か。
思いついたように。
ロナーさんが顔を上げる。
「アルト君」
「はい」
「今とまったく同じ形じゃなくてもいい?」
「……え?」
「《砕》じゃなくなるって意味じゃないよ」
ロナーさんが中央のヒビへ指を置く。
「こいつを捨てて、新しい魔器に変えるんじゃない」
「じゃあ?」
「こいつを使って――」
少しだけ。
考える。
「違った形になる、とかは?」
「…………」
違った形。
「それって……直すの?」
「直すとも言えるし」
ロナーさんが僅かに笑う。
「作り直す、とも言えるかな」
「作り直す……」
「まだ何とも言えないよ。ヒビの状態も、もっと詳しく調べないといけないしね」
「…………」
「ただ」
ロナーさんが《砕》を持ち上げる。
「アルト君が『こいつじゃなきゃ嫌だ』って言うなら」
その目が。
じっと《砕》を見る。
「こいつを残す方法を考えてみる」
「……!」
「兄さん、なんか思いついたのか?」
「んー……」
ログが聞くと。
ロナーさんは《砕》を眺めたまま。
「まあ……ちょっとね」
「何だよ?」
「まだ秘密」
「なんでだよ」
「できるか分からないものを先に言いたくないんだよ」
「ちぇっ」
ロナーさんが笑う。
「だから、アルト君」
「はい」
「少しの間、《砕》を預からせてもらっていい?」
「…………」
俺は。
作業台の上の《砕》を見る。
いつも。
当たり前みたいに持ち歩いていた。
寝る時だって。
手の届くところに置いていた。
「…………」
少しだけ。
寂しい。
でも。
ゆっくりと。
《砕》から手を離した。
「お願いします」
「うん」
「絶対……とは言わないでいいから」
もう一度。
《砕》へ目を落とす。
「できるだけ、こいつのままでお願いします」
「分かった」
ロナーさんが頷く。
「やれるだけやってみるよ」
「……はい」
作業台の上に残った《砕》を見つめる。
違った形。
それが。
どんなものになるのか。
この時の俺には。
まだ想像もつかなかった。




