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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
休暇

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533/674

代償

     ◇


「朝ごはん冷めるよー!」


 家の中から声が響く。


「はーい!」


 俺は《砕》を下ろし、家へ向かう。


「素振りは?」


「あとで!」


「九百五十回残ってんぞ」


「分かってるって!」


「どうせ途中で何回やったか忘れんだろ」


「忘れない!」


「もう一回忘れてんじゃねぇか」


「ログが話しかけるからだろ!」


「俺のせいにすんな!」


「朝から元気だな、お前ら……」


 ガオンが呆れたように呟きながら、俺たちの後ろをついてくる。


 家へ入ると。


 食卓には、もう朝ごはんが並んでいた。


「おお!」


「手ぇ洗ってからだよ」


「はーい!」


「アルト君は本当にいい返事するねぇ」


「こいつ返事だけはいいからな」


「なんだよ!」


「いいから手ぇ洗ってこい!」


「ログもだろ!」


 三人で手を洗い、席につく。


「いただきます!」


「いただきます」


「いただきます」


 早速、目の前の料理へ手を伸ばす。


「ん!」


 一口食べて。


 もう一口。


「これ美味しいです!」


「あら、そうかい? いっぱいあるから食べな!」


「ありがとうございます!」


「食い過ぎんなよ」


「ログに言われたくない」


「俺は普通だ!」


「昨日もいっぱい食ってただろ」


「家の飯だからいいんだよ!」


「何が違うんだ?」


「知らねぇよ!」


「朝から騒がしいねぇ」


 そう言いながら。


 ログのお母さんは、どこか楽しそうに笑っていた。


「ガオン君も遠慮しないで食べな」


「ありがとうございます」


「そんなちょっとずつ食べてたら昼になっちまうよ」


「……では、いただきます」


「ガオン、ここじゃ遠慮しても無駄だぞ」


「昨日で理解した」


「なんだいそれ!」


「ははは!」


 朝から。


 食卓に笑い声が響く。


 昨日もそうだったけど。


 ログの家は。


 なんだかずっと賑やかだ。


「…………」


「なんだよ、アルト」


「いや」


 もう一口。


 口へ運ぶ。


「ログん家って、やっぱいいな」


「急になんだよ」


「別にー」


「変な奴」


「ふふっ」


 ログのお母さんが笑う。


「いつでも遊びに来な」


「はい!」


「お前、即答だな」


「いいって言ってくれたんだからいいだろ!」


「まあ、いいけどよ」


「ほら! 喋ってないで食べな!」


「はーい!」


 それから。


 残っていた料理も綺麗に平らげ。


「ごちそうさまでしたー!」


「はいよ」


 俺は立ち上がる。


「じゃあ《砕》持っていくか!」


「そうしろ。兄さん待ってんぞ」


「俺も行く」


 ガオンも席を立った。


「ガオンも?」


「ああ。魔器の整備を見る機会など滅多にないからな」


「じゃあ一緒に見ようぜ!」


「お前は見てもらう側だろ」


「いいだろ!」


 三人で《砕》を持って、鍛冶場へ向かう。


 近づくにつれて。


 ――カァン!


 ――カァン!


 金属を打つ音が大きくなってきた。


「ロナーさーん!」


「ん?」


 鍛冶場を覗く。


 作業台に向かっていたロナーさんが手を止め、こちらを振り返った。


「お、来たね」


「持ってきました!」


「はいはい。見えてるよ」


 ロナーさんが笑いながら、作業台の上を片付ける。


「ちょうどこっちも終わったところだから、そこに置いて」


「はい!」


 ――ゴトッ。


 《砕》を横たえる。


「じゃあ、見せてもらおうかな」


「お願いします!」


 ロナーさんが両手を伸ばし。


 初めて《砕》を持ち上げた。


「……おっ」


「?」


「結構重いね、これ」


「そうですか?」


「アルト君には軽い?」


「ちょうどいいです!」


「今朝、それ千回振ろうとしてたぞ」


 ログが横から口を挟む。


「これを?」


「はい!」


「まだ五十回しかやってねぇけどな」


「あとでやるって!」


「ははは! そりゃすごい」


 ロナーさんは笑いながら、《砕》を何度か持ち替える。


「へぇ……」


「どうです?」


「面白い造りしてるね」


「面白い?」


「うん。見た目は無骨だけど、ちゃんと振ることを考えて作られてる」


 《砕》を持つ位置を少しずつ変えながら。


 重さを確かめる。


「この重さの割には重心がいい。振った時に変に持っていかれないようにしてある」


「おお!」


「お前の場合、重心とか関係なく振り回しそうだけどな」


「ログ!」


「否定できるか?」


「…………できる!」


「今の間はなんだよ」


「ははは!」


 ロナーさんが笑う。


 けれど。


 手は止めない。


 表面を指でなぞり。


 細かな傷や歪みがないか、一つずつ確認していく。


「外側は……大きな問題はなさそうだね」


「ほら!」


「何が『ほら』だよ」


「大事に使ってる証拠!」


「お前の使い方見てたら絶対違ぇ」


「でも大丈夫だって!」


「外側は、な」


「そこ強調するなよ!」


「まあまあ」


 ロナーさんが《砕》を作業台へ戻す。


「次は術式を見てみようか」


「術式?」


「うん」


 《砕》に刻まれた細かな文字と線へ指を添える。


「三つ入ってるね」


「あ! 知ってます!」


「お?」


「《強度維持》!」


「正解」


「それと《衝撃分散》!」


「うん」


「あと……」


「…………」


 なんだっけ。


「反動を抑えるやつ!」


「最後だけ雑だな、お前」


「意味は合ってるだろ!」


「ははは。合ってるよ。《反動軽減》だね」


「それ!」


「忘れてたじゃねぇか」


「思い出したんだよ!」


「人に言われてな」


「うるさい!」


 ガオンが横から《砕》を眺める。


「《強度維持》に《衝撃分散》。それに使用者への《反動軽減》か」


「ああ」


 ロナーさんが頷く。


「この重さで打ち込むことを考えれば、どれも大事な術式だね」


「俺、反動とかあんまり気にならないけどなぁ」


「だからって要らないわけじゃないよ」


「ヒルトにも同じこと言われた」


「なら諦めろ」


 ログが呆れた顔をする。


「二人に言われてんじゃねぇか」


「むぅ……」


「じゃあ順番に見ていこうか」


 ロナーさんが再び《砕》へ目を落とす。


「《反動軽減》は……うん。問題なし」


「おお!」


「なんでお前が嬉しそうなんだよ」


「ちゃんと動いてるんだぞ?」


「そりゃそうだろ」


「次は《衝撃分散》」


 指先が術式を辿る。


「…………」


 少しして。


「ん?」


「どうしました?」


「いや……」


 もう一度。


 同じ場所をなぞる。


「こっちは少し流れが乱れてるな」


「流れ?」


「術式そのものは機能してる。ただ、本来より不安定になってる」


「使えないの?」


「そこまでじゃないよ。でも正常とも言えないかな」


「兄さん、直せんのか?」


「原因次第だね」


 そして。


 最後の術式へ。


「《強度維持》は――」


「…………」


 ロナーさんの指が止まった。


「?」


 もう一度。


 最初から術式を辿っていく。


「兄さん?」


「ちょっと待って」


 声が変わった。


 さっきまで笑っていたロナーさんの顔から。


 笑みが消える。


「……おかしいな」


「何が?」


「《強度維持》が……ほとんど機能してない」


「え?」


「マジか?」


 ログがすぐに作業台へ近づく。


「術式が壊れてんのか?」


「いや」


 ロナーさんが首を振る。


「術式自体は残ってる。刻印にも目立った傷はない」


「じゃあ、なんで機能してねぇんだ?」


「それを調べる」


 作業台に並ぶ道具の中から。


 細長い器具を一本手に取った。


「それ何?」


「魔器の内部の状態を調べる道具だよ」


「中が見えるの⁉︎」


「そのまま見えるわけじゃないよ」


「なんだ」


「なんで残念そうなんだよ」


「だって見てみたいだろ!」


「今は黙って見てろ」


「はい……」


 ロナーさんが器具の先端を《砕》へ触れさせる。


 淡い光が灯った。


「おお……」


「アルト」


「分かってるって!」


 声を小さくする。


 ロナーさんは何も言わず。


 ゆっくりと器具を滑らせていく。


 端から。


 中央へ。


「…………」


 俺も。


 ログも。


 ガオンも。


 黙って見つめる。


 そして。


 《砕》の真ん中辺りまで来た時。


 ――フッ。


 光が揺れた。


「……ん?」


 ロナーさんの手が止まる。


 少し戻し。


 もう一度。


 ――フッ。


「…………」


「兄さん?」


「ここか……」


「何かあった?」


「もう少し待って」


 角度を変え。


 何度か同じ場所を確認する。


 やがて。


 ロナーさんが小さく息を吐いた。


「ログ」


「ん?」


「これ、思ってたより良くないぞ」


「……どういうことだ?」


「ロナーさん?」


 俺が呼ぶと。


 ロナーさんが顔を上げた。


「アルト君」


「はい」


「《砕》の内部にヒビが入ってる」


「…………」


「ヒビ?」


「うん」


 ロナーさんが《砕》の中央辺りを指で示す。


「ちょうど、この辺りだね」


「…………」


 覗き込む。


 でも。


 何も見えない。


「どこ?」


「外からは見えないよ。表面までは達してないから」


 もう一度。


 器具を当てる。


 淡い光が、《砕》の中央付近で僅かに揺らいだ。


「この中にヒビが入ってる」


「それで《強度維持》が?」


 ログが聞く。


「ああ。このヒビが《強度維持》の流れを阻害してる。それで、ほとんど機能しなくなってるみたいだ」


「《衝撃分散》は?」


「そっちにも影響が出てる。完全に止まってはいないけど、ヒビの周辺で流れが乱れてるね」


「……《反動軽減》だけは無事か」


「うん。それは正常」


 ガオンが腕を組む。


「本体の中央にヒビ。そのうえ《強度維持》が機能していない……」


「そういうこと」


 ロナーさんが《砕》へ視線を戻す。


「今すぐ折れるとは言わない。でも、この状態で強い衝撃を加え続ければ――」


「折れる?」


「……可能性は高いね」


「…………」


 俺は。


 何も言わずに《砕》を見る。


 見た目は。


 いつもと何も変わらない。


 なのに。


 中では。


 壊れていた。


「原因、分かりますか?」


「それを知りたいんだ」


 ロナーさんが俺を見る。


「アルト君。最近、《砕》に今までとは比べものにならないくらい強い負荷を掛けなかった?」


「強い負荷……」


「普段より遥かに強い力を通したとか」


「…………」


 一つ。


 思い当たる。


「……《砕旋》」


 ガオンが俺を見る。


「セブランとの戦いか」


「うん」


 あの時。


 俺だけの力じゃ。


 セブランには届かなかった。


 だから。


 エーテルから力を借りた。


 その力を《砕》へ重ねて。


 全力で《砕旋》を叩き込んだ。


「エーテルから力を借りて……《砕旋》を使いました」


「普段より強かった?」


「……かなり」


「少なくとも」


 ガオンが口を開く。


「あれを普段通りの一撃と考えるのは無理がある」


「それが原因か?」


 ログが聞く。


「断定はできないよ」


 ロナーさんは首を振った。


「俺はその時の《砕》を見てないからね。ただ、普通に使っていてこんなヒビが入ったとは考えにくい」


「…………」


 俺は。


 作業台の上へ手を伸ばした。


 《砕》に触れる。


 冷たい。


 いつもの感触。


「……そっか」


「アルト?」


「俺……壊しちゃったんだ」


「…………」


 ログが黙る。


 俺がガイストへ来て。


 初めて手にした武器。


 付き合いは。


 まだそんなに長くない。


 それでも。


 人喰らいと戦った時も。


 ヴォルグでも。


 ルミナスでも。


 ずっと。


 こいつを握って戦ってきた。


「大事に使ってたつもりだったんだけどな……」


 地面をぶっ叩いたり。


 思いっきり振り回したり。


 ログには散々、扱いが雑だと言われてきた。


 それでも。


 俺なりに。


 本当に大事にしていた。


「…………」


 《砕》の真ん中辺りを撫でる。


「……ごめんな」


「アルト」


「ん?」


「まだ直せねぇって決まったわけじゃねぇだろ」


「……うん」


 ログがロナーさんを見る。


「兄さん。どうなんだ?」


「…………」


 ロナーさんは答えなかった。


 腕を組み。


 作業台の上の《砕》を見つめている。


「兄さん?」


「……術式は」


 しばらくして。


 口を開いた。


「組み直すことはできる」


「じゃあ――」


「問題は本体だなぁ」


「…………」


 ロナーさんが深刻そうな顔で、《砕》の中央へ手を添える。


「《強度維持》と《衝撃分散》は俺の方で組み直せる。《反動軽減》も含めて、一度全部調整した方がいいだろうね」


「じゃあ、直る?」


「術式はね」


「…………」


「でも」


 中央部分を指で軽く叩く。


「このヒビは別だ」


「…………」


「場所があまり良くない。ちょうど真ん中だからね」


「真ん中だと駄目なの?」


「アルト君が振った時に力が掛かる場所なんだ。下手に塞いでも、また同じところから割れるかもしれない」


「…………」


 ロナーさんはしばらく《砕》を見つめていた。


 それから。


「アルト君」


「はい」


「もし、元通りに直せなかった場合なんだけど」


「…………」


「魔器を変えるつもりはある?」


「…………」


 魔器を。


 変える。


 その言葉を聞いて。


 考えるより先に。


「……嫌です」


 そう答えていた。


「そっか」


「付き合いは……まだ短いけど」


 《砕》へ触れる。


「これ、ヒルトが選んでくれたから……」


 初めて武器を選びに行った時。


 何がいいのか分からなかった俺に。


 ヒルトが色々教えてくれた。


 重さを確かめて。


 術式を見て。


 俺に合うものを一緒に探してくれた。


 その中で。


 俺が選んだのが。


 こいつだった。


「それに……」


 指先で《砕》を撫でる。


「こいつで、いっぱい戦ったし」


「…………」


「だから」


 少しだけ。


 握る手に力が入る。


「できるなら……《砕》がいいです」


「……そっか」


 ロナーさんが頭を掻く。


「うーん……」


「無理、ですか?」


「いや」


 ロナーさんがもう一度。


 《砕》をじっと眺める。


 端から。


 中央。


 そして。


 反対側まで。


「…………」


「あ」


「?」


 何か。


 思いついたように。


 ロナーさんが顔を上げる。


「アルト君」


「はい」


「今とまったく同じ形じゃなくてもいい?」


「……え?」


「《砕》じゃなくなるって意味じゃないよ」


 ロナーさんが中央のヒビへ指を置く。


「こいつを捨てて、新しい魔器に変えるんじゃない」


「じゃあ?」


「こいつを使って――」


 少しだけ。


 考える。


「違った形になる、とかは?」


「…………」


 違った形。


「それって……直すの?」


「直すとも言えるし」


 ロナーさんが僅かに笑う。


「作り直す、とも言えるかな」


「作り直す……」


「まだ何とも言えないよ。ヒビの状態も、もっと詳しく調べないといけないしね」


「…………」


「ただ」


 ロナーさんが《砕》を持ち上げる。


「アルト君が『こいつじゃなきゃ嫌だ』って言うなら」


 その目が。


 じっと《砕》を見る。


「こいつを残す方法を考えてみる」


「……!」


「兄さん、なんか思いついたのか?」


「んー……」


 ログが聞くと。


 ロナーさんは《砕》を眺めたまま。


「まあ……ちょっとね」


「何だよ?」


「まだ秘密」


「なんでだよ」


「できるか分からないものを先に言いたくないんだよ」


「ちぇっ」


 ロナーさんが笑う。


「だから、アルト君」


「はい」


「少しの間、《砕》を預からせてもらっていい?」


「…………」


 俺は。


 作業台の上の《砕》を見る。


 いつも。


 当たり前みたいに持ち歩いていた。


 寝る時だって。


 手の届くところに置いていた。


「…………」


 少しだけ。


 寂しい。


 でも。


 ゆっくりと。


 《砕》から手を離した。


「お願いします」


「うん」


「絶対……とは言わないでいいから」


 もう一度。


 《砕》へ目を落とす。


「できるだけ、こいつのままでお願いします」


「分かった」


 ロナーさんが頷く。


「やれるだけやってみるよ」


「……はい」


 作業台の上に残った《砕》を見つめる。


 違った形。


 それが。


 どんなものになるのか。


 この時の俺には。


 まだ想像もつかなかった。

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