日課
◇
「ふっ、ほっ、ふー!」
両手の拳を地面につけ。
身体を沈める。
そして。
もう一度、持ち上げる。
「……九百九十九!」
最後にもう一回。
「千っ!」
ぐっと腕を伸ばして。
勢いよく立ち上がった。
「よし! 拳立て千回っと!」
腕をぶらぶらと振る。
朝。
ログの家には、家の裏にちょっとした庭がある。
昨日見つけて。
これならちょうどいいと思ったから、今日は朝から借りて日課をこなしていた。
「……朝からよくやるな」
縁側の方から声がする。
ガオンだ。
その隣では。
「全くだ……ふぁぁ……」
ログが大きな欠伸をしていた。
「日課だからなぁ。もう染み付いてんだ」
「日課ねぇ……」
ログが眠そうな目で俺を見る。
「フーガだっけ? そいつに言われてんのか?」
「いや、これはバルド」
「…………」
ログが黙る。
ガオンも黙る。
「なんだよ?」
「人が多くて覚えきれん」
ガオンが真顔で言った。
「俺もだから安心していいぞ」
「なんでだよ! 昨日教えただろ!」
「一気に何人も聞いたんだぞ」
「そうだけどさぁ」
ログが庭へ下りてくる。
「で?」
「ん?」
「次は何やんだ?」
「次は素振りー!」
俺は傍に置いてあった《砕》を手に取る。
「それは誰に言われたんだ?」
今度はガオン。
「これはゲンザ!」
「また増えた……」
ログが頭を抱える。
「昨日も話しただろ?」
「名前と顔がまだ一致しねぇんだよ」
「ゲンザは分かりやすいぞ! でっかくて、声でかくて、酒飲んで――」
「待て。それ以上増やすな」
「なんでだよ!」
「……ったく」
ログが頭を掻く。
「傭兵部隊に拾われて育てられたねぇ」
「まあ」
ガオンが腕を組み。
日課を続ける俺を上から下まで見る。
「ある意味、納得だな」
「何が?」
「色々だ」
「色々ってなんだよ」
二人とも答えない。
「…………?」
昨日。
俺はログとガオンに、家族のことを話した。
幼い頃のこと。
どうやって育てられたのか。
誰から何を教わったのか。
思い出せることを話していたら。
いつの間にか、随分と遅い時間になっていた。
途中。
ログとガオンが若干引き攣った顔をしていた気もするけど。
まあ。
それはいいや。
「よし!」
《砕》を構える。
足を開き。
「いーち!」
振る。
「にー!」
もう一度。
「さーん!」
「……朝っぱらからうるせぇ」
「数えないと分かんなくなるだろ!」
「心の中で数えろよ!」
「それだと途中で忘れる!」
「知るか!」
「朝から元気だねぇ、あんた達」
「ん?」
三人で声のした方を見る。
「早いね。昼まで寝てるのかと思ってたよ」
ログのお母さんが家から出てきた。
「アルトのバカが起きて騒いだんだよ」
「誰がバカだ!」
「『日課やんなきゃ!』って朝っぱらからな」
「だって日課だぞ!」
「ふーん」
お母さんが俺を見る。
「偉いねぇ」
「え?」
「毎日やってるんだろ?」
「はい!」
「ほら。あんたも見習いな!」
「なんで俺に来んだよ!」
「朝から欠伸ばっかりしてるからだよ!」
「休みなんだからいいだろ!」
「はいはい。朝ごはんもできてるから食べな」
「おはようございます」
ガオンが頭を下げる。
「あ! おはよーございまーす!」
「あぁー! おはよー! 二人とも!」
お母さんがぱっと笑う。
「このバカには言ったけど、朝ごはんあるからねぇ!」
「ありがとうございますー!」
「ありがとうございます」
「ああ、それと」
お母さんが俺を見る。
「アルト君!」
「はい?」
「ロナーが鍛冶場にいるから、いつでも魔器持っておいでってよ!」
「分かりました!」
俺は《砕》を構え直す。
「あと九百五十回素振りしたら持ってきます!」
「…………」
お母さんの動きが止まった。
「……何回やってんだい?」
「千回です!」
「素振りだけじゃねぇぞ」
ログが横から口を挟む。
「拳立て、腹筋、スクワットを千回ずつ。今は素振り千回だと」
「…………」
お母さんが俺を見る。
次に。
地面を見る。
それからまた俺を見る。
「……すごいねー」
「はい!」
「褒めてねぇと思うぞ」
「え?」
「いや」
ログが首を振る。
「もういい」
「なんだよ?」
「いいから続きやれ」
「言われなくても!」
《砕》を握り直す。
「五十一!」
振る。
「五十二!」
「アルト」
「ん?」
「九百五十回残ってんなら、五十一じゃなくて――」
「…………」
「…………」
「あ」
「もう数分かんなくなってんじゃねぇか!」
「ログが話しかけるからだろ!」
「俺のせいかよ!」
「ははっ」
ガオンが笑う。
「笑ってないで教えてくれよ!」
「最初からやればいい」
「えぇ⁉︎」
「それが確実だな」
「そんなぁ!」
「あんた達! 朝ごはん冷めるよー!」
「はーい!」
家の中から響く声に返事をしながら。
俺は《砕》を見る。
「…………」
まあ。
飯食ってからでもいいか。
「先に食べよ!」
「切り替え早ぇな!」
このあと。
ロナーさんに《砕》を見てもらう。
ただのメンテナンス。
その時の俺は。
それくらいにしか思っていなかった。




