孫の好物
◇
「おばあちゃん、準備できましたよ」
「あらあら。悪いねぇ、買い物まで付き合わせて」
「いいんですよ。私も行きたかったですから」
実家へ帰ってきた次の日。
今日はおばあちゃんと一緒に、街へ買い物に行くことになった。
昨日は久しぶりに二人で夕食を食べて。
その後も、随分と長いこと話をした。
軍でのこと。
最近あったこと。
おばあちゃんが近所の人から野菜を貰ったこと。
そんな、何でもない話。
しばらく帰れていなかった分。
私には、それだけでも十分だった。
「はい、杖」
「あら、ありがとう」
壁に立て掛けてあった杖を手渡す。
おばあちゃんはそれを受け取ると、床を軽く突いた。
歩けないわけではない。
家の中では、杖なんてなくても普通に歩き回っている。
料理だってするし。
庭に出ることだってある。
ただ。
外へ出る時だけは、念のため。
お守りみたいなものらしい。
「忘れないでくださいね」
「ふふっ。これがあると安心するのよねぇ」
「だったら尚更です」
「あらあら。あなたは心配性ねぇ」
「心配くらいさせてください」
私がそう言うと。
おばあちゃんは、にっこりと笑った。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
二人で家を出る。
朝の街には、もう多くの人が行き交っていた。
仕事へ向かう人。
荷物を抱えて歩く人。
店先では、開店の準備をしている人たちの姿も見える。
その中を二人で歩いていると。
「あ」
少し先。
停車所に馬車が止まっているのが見えた。
「馬車! おばあちゃん、ちょっと待っててください!」
「あら」
「止めてきます!」
「助かるわぁ」
私は停車所へ向かって走った。
「すみませーん!」
「ん?」
ちょうど出発しようとしていた御者のおじさんが、こちらを向く。
「祖母が乗るので、ちょっと待っていていただけますか?」
「あいよ」
「ありがとうございます!」
振り返る。
おばあちゃんは杖を片手に、こちらへ歩いてきていた。
別に杖へ身体を預けているわけでもなく。
いつも通りの足取り。
だけど。
「おばあちゃーん! ゆっくりでいいですからね!」
声を掛ける。
「分かってるわよぉ」
「走ったら駄目ですよ!」
「走らないわよぉ」
おばあちゃんが笑う。
少しして停車所までやって来ると。
「ごめんなさいねぇ。待たせちゃって」
「いいってことよ!」
御者のおじさんが豪快に笑った。
「商店地区の方でいいのかい?」
「はい。お願いします」
「あいよ。じゃあ発車するから、そこに座んな」
「ありがとうございます」
馬車の後ろには、客を乗せるための客室が繋がっている。
おばあちゃんに続いて乗り込み。
二人並んで椅子へ腰を下ろした。
「出すぞー」
御者さんの声。
ほどなくして。
ガタン。
馬車がゆっくりと動き始めた。
車輪が石畳を転がる音を聞きながら、窓の外へ目を向ける。
家々や店が。
ゆっくりと後ろへ流れていった。
「何を買いましょうか」
「そうねぇ……」
おばあちゃんが考える。
「昨日はお魚を食べたから……今日はお肉を買いましょうか」
「いいですね」
「何にしようかしらねぇ」
「お店で見てから決めましょうか」
「そうしましょう」
それから。
おばあちゃんは何かを思い出したように手を合わせた。
「ああ、そうだわ」
「どうしました?」
「果物も買わないと」
「果物?」
「蜂蜜漬けを作ろうと思ってねぇ」
「…………」
思わず。
おばあちゃんの顔を見る。
「孫が好きでねぇ」
「…………」
少しだけ。
言葉に詰まった。
けれど。
「……そうですね」
私は笑う。
「きっと喜びますよ」
「そうだといいんだけどねぇ」
おばあちゃんも笑った。
それから何事もなかったように、窓の外へ目を向ける。
「今の時期だと、りんごといちじくなんかがいいかしらねぇ」
「りんごといちじく……」
蜂蜜に漬かった果物を思い浮かべる。
「美味しそうですね」
「あら、あなたも好き?」
「はい。好きです」
「それなら多めに作りましょうか」
「……いいんですか?」
「もちろんよぉ。せっかく買い物に付き合ってくれてるんだもの」
「…………」
やっぱり。
少しだけ胸の奥が締めつけられる。
だけど。
「ありがとうございます」
今は。
それでいい。
「じゃあ、いっぱい買わないといけませんね」
「あらあら。持てるかしら」
「私が持ちますよ」
「そんなに持たせられないわよぉ」
「大丈夫です。こう見えて力には自信ありますから」
「あら、頼もしい」
「軍人ですからね」
「そうだったわねぇ」
おばあちゃんが笑う。
ガタゴト。
ガタゴト。
馬車はゆっくりと街を進んでいく。
「…………」
窓の向こうを流れる景色を眺める。
こうやって。
二人で買い物へ行くのは、いつ以来だろう。
子供の頃は。
よく一緒について行った。
私が荷物を持つと言い出して。
途中で疲れて。
結局、おばあちゃんに持ってもらったこともあった。
今度は。
私が持つ番だ。
「…………」
「どうしたの?」
「え?」
隣を見る。
おばあちゃんが不思議そうに私を見ていた。
「なんだか嬉しそうだったから」
「……そう見えました?」
「ええ」
「ふふっ」
私はもう一度、窓の外を見る。
「今日はおばあちゃんと買い物に行けますから」
「あら」
おばあちゃんは一瞬だけ目を丸くして。
すぐに。
優しく笑った。
「そう」
「はい」
「それなら、ゆっくり見て回りましょうねぇ」
「はい!」
それからしばらく。
二人で今日の夕食について話していると。
「着いたぞー」
御者さんの声が聞こえた。
馬車がゆっくりと速度を落とし。
やがて停車する。
「着きましたよ」
「あら、もう?」
「話してたら早かったですね」
「そうねぇ」
馬車を降りる。
おばあちゃんもその後に続き。
最後に私が御者さんへ代金を渡した。
「ありがとうございます」
「あいよ。またのご利用を」
「はい」
御者さんが手を上げ。
馬車が再び走り出す。
それを見送ってから。
「さて」
振り返る。
目の前には。
たくさんの店が軒を連ねる商店地区。
野菜や果物。
肉や魚。
焼きたてのパン。
様々なものが店先に並び。
朝から威勢のいい店主たちの声が飛び交っていた。
「どこから見ます?」
「そうねぇ……」
おばあちゃんが楽しそうに辺りを見回す。
「まずはお肉にしましょうか」
「はい」
「あ、その前に」
「?」
「果物を見てもいい?」
「もちろんです」
「あらあら。どっちからにしようかしら」
「ふふっ。時間はありますから、両方ゆっくり見ましょう」
「そうねぇ」
杖を片手に歩き出すおばあちゃん。
私はその隣へ並んだ。
今日は急ぐ必要なんてない。
お肉を選んで。
果物を選んで。
他にも気になるものがあれば見て回る。
それだけの。
何でもない買い物。
でも。
今の私にとっては。
こんな時間が、一番大切だった。




