楽しかった?
◇
それから。
僕たちは、ジーアスの街を随分と歩き回った。
最初に入ったのは、通りの角にあった雑貨屋。
所狭しと並べられた小物を眺めているうちに、気づけば思っていた以上に時間が経っていて。
店を出たと思えば。
「あっちも見たい」
「また?」
「見るだけ」
「さっきもそう言って何か買ってなかった?」
「……気のせい」
「袋増えてるけど?」
「気のせい」
「そういうことにしておくよ」
そのままフィリアに連れられて、今度は別の店へ。
そこを出たら。
また次の店。
通りを歩いていて、気になるものが目に入れば足を止める。
小物を扱う店。
食器の並ぶ店。
何に使うのかよく分からないものまで置いてある雑貨屋。
フィリアが店先から動かなくなり、仕方なく中へ入ったこともあった。
逆に。
僕が気になって立ち止まった店に、フィリアがついてきたこともあった。
何かを買った店もあれば。
散々悩んだ末に、結局何も買わずに出た店もある。
目的なんて。
途中から、ほとんどなくなっていた気がする。
「次どこ行く?」
「まだ行くの?」
「時間あるでしょ?」
「まあ……あるけど」
「じゃあ行こ」
「はいはい」
そんなことを何度繰り返しただろう。
歩いて。
店に入って。
また歩いて。
くだらないことで笑って。
たまにどっちへ行くかで揉めて。
結局フィリアについていって。
気づけば。
「……ヒール」
「ん?」
「荷物」
「荷物?」
「すごいことになってる」
「…………」
言われて。
ようやく自分の手を見る。
右手に二つ。
左手にもいくつか。
服の入った袋に。
お土産。
それ以外にも、途中で買ったものが増えていた。
「……いつの間に」
「いっぱい買ったから」
「半分くらいフィリアのじゃない?」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「じゃあ持つ」
「いいよ。そんなに重くないし」
「でも」
「フィリアも持ってるでしょ?」
「……うん」
フィリアの手にもいくつかの袋が提げられている。
結局。
二人して似たようなものだった。
「それにしても……」
僕は辺りを見回す。
「随分回ったね」
「うん」
「最初は買い物だけの予定だった気がするんだけど」
「買い物してるよ?」
「そういう意味じゃなくて」
思わず笑う。
でも。
まあ、いいか。
今日は休みなんだ。
こうやって目的もなく街を歩き回るのも、悪くない。
むしろ。
思っていたより楽しかった。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「?」
フィリアが首を傾げる。
そのまま歩き出そうとして。
「……あ」
今度は僕が足を止めた。
「ヒール?」
「もうこんな時間なんだ」
「え?」
いつの間にか。
街の景色が変わっていた。
服屋を出た頃には、まだ頭上にあったはずの太陽。
それが今では大きく西へ傾いている。
建物の隙間から差し込む夕陽が、石畳を長く照らし。
昼間は白っぽく見えていた建物の壁も、今は淡い橙色に染まっていた。
「ほんとだ……」
フィリアも空を見上げる。
赤く染まり始めた空。
その反対側には。
もう僅かに、夜の色が混じり始めている。
通りに並ぶ店でも。
一つ。
また一つと。
軒先に吊るされた灯りが点き始めていた。
昼間とは違う色に変わっていくジーアス。
「いっぱい回ったからかな」
「だろうね」
「そんなに長くいた感じしなかった」
「僕も」
時計を気にすることもなく。
ただ二人で歩き回っていた。
だからなのか。
随分長く街にいたはずなのに、あっという間だった気がする。
「楽しかった?」
ふいに。
フィリアが聞いてきた。
「え?」
「今日」
「まだ終わってないよ?」
「そうだけど」
フィリアが少しだけ僕を見る。
「楽しかった?」
「…………」
どうして二回聞くんだろう。
「楽しかったよ」
「ほんと?」
「うん。フィリアは?」
「楽しい」
「ならよかった」
「うん!」
フィリアが笑う。
朝からいろんな場所へ行った。
飯を食べて。
買い物をして。
ただ街を歩いて。
まだ一日は終わっていない。
むしろ。
僕が一番調べていた場所には、これから向かう。
「そろそろ行こうか」
「うん」
「予約の時間に遅れたら困るし」
僕たちは、通りの向こうへ目を向ける。
建物のさらに先。
昼間に一度訪れた丘が見えていた。
その頂上にある店も。
ここからでは小さくしか見えない。
「…………」
隣を見る。
フィリアが丘を見つめたまま、黙っている。
「どうしたの?」
「……また、あそこまで上るんだよね」
「そうだよ」
「…………」
「忘れてた?」
「ちょっと」
「昼間も普通に上ったじゃん」
「いっぱい歩いたから、今は違う」
「ああ、それは確かに」
僕も今日はかなり歩いた。
それでも。
「頑張ろう」
「ヒールが荷物持ってね」
「もう持ってるよ」
「私のも」
「それは自分で持ってよ」
「えー」
「えー、じゃないって」
そんなやり取りをしながら。
僕たちは再び歩き出す。
昼間よりも少しだけゆっくりと。
赤く染まった空の下。
夜の灯りが点き始めたジーアスの街を抜けて。
昼間に予約した。
丘の上の店へ向かって。




