酒盛り
服屋を出ると、通りの賑わいが一気に戻ってきた。
「次、あっち見たい」
「まだ見るの?」
「時間あるでしょ?」
「まあ、あるけど」
フィリアが指差した先には、雑貨の並ぶ店。
まだ夜の予約までは時間がある。
「分かったよ」
「やった」
嬉しそうに歩き出したフィリアを追いかける。
そのまま二人の姿は、人混みの中へと紛れていった。
◇
それから少しして。
二人が歩いていった場所から、離れた通り。
「…………」
一人の男が、酒瓶を片手にふらふらと歩いていた。
年の頃は四十をとうに越えているように見える。
小太りの身体。
ぼさぼさに伸びた髪に、剃るのも面倒だったのか無精髭が好き勝手に生えている。
目は半分ほどしか開いておらず。
見るからにくたびれた男だった。
そんな本人とは不釣り合いなほど、服だけは派手だった。
紫を基調とした上着。
そこかしこに金糸の刺繍が入り、指にはいくつもの指輪。
ただし胸元はだらしなく開き、帯も緩んでいる。
高そうな服なのに。
着ている男のせいで、まるでそうは見えなかった。
「…………」
男が酒瓶を口へ運ぶ。
傾ける。
「…………あぁ?」
何も出てこない。
さらに瓶を傾け。
逆さにする。
ぽたり。
最後の一滴が舌へ落ちた。
「……酒、もう無ぇのかよ」
男は瓶の中を覗き込む。
「…………」
空だった。
「どこで買ったんだっけ」
右を見る。
左を見る。
後ろも見る。
「…………」
しばらく立ち尽くし。
「クソが!」
――ガシャン!
酒瓶を地面へ叩きつけた。
突然響いた音に、周囲を歩いていた人々が一斉に振り返る。
「あぁ?」
男が睨み返した。
「見せもんじゃねぇぞ!」
通行人たちが慌てて目を逸らす。
「ったく……」
男は舌打ちすると、ふらふらと歩き出す。
数歩進んだところで。
「…………」
止まった。
また右を見る。
左を見る。
「……ここどこだ?」
誰に聞くでもなく呟く。
けれど答えてくれる者はいない。
「…………まあ、いいか」
近くの店先まで歩き。
そのまま壁にもたれるように、どかりと座り込んだ。
◇
「ガッハハハハ!」
そこから少し離れた居酒屋。
通りにまで聞こえてくる大きな笑い声が響いていた。
「親父さん! もう一杯いけるか!」
「当たり前だ! 兄ちゃんこそ潰れるんじゃねぇぞ!」
「俺を誰だと思ってやがる! まだまだこれからだ!」
「ガハハハ!」
「ガッハハハハ!」
「…………」
その隣で。
一人の若者が呆れた顔をしていた。
卓の中心で笑っているのは、日に焼けた肌をした大柄な男。
白髪の混じった短い髪に太い眉。
僅かに伸びた無精髭。
シャツの袖は肘まで捲り上げられ、露わになった腕は丸太のように太い。
その腕で大きな杯を掴み。
「っぷはぁ!」
一気に空にする。
「うめぇ!」
「いい飲みっぷりだ!」
「親父さんもな!」
――ガンッ!
二人の杯がぶつかる。
「…………」
若者はもう一度、男たちを見た。
知らない人だ。
間違いなく。
店に入ったときには、ゲンザとこの男は赤の他人だった。
それなのに。
いつの間にか同じ卓に座り、酒を酌み交わしている。
しかも。
「おう! こっちの親父さんも飲め!」
「おお! いただくよ!」
増えている。
知らない親父が。
「…………」
もう何人目だろう。
「おい! ミュゼ!」
「……なんすか」
「飲め! 食え!」
ゲンザが料理の載った皿を豪快に押し出してくる。
「奢りだぞ!」
「いや、さっきも飯食ったし、酒飲めねぇっす」
「バッキャヤロー!」
「うるさっ!」
思わず耳を塞ぐ。
「若いんだからたくさん食え! なぁ、親父さん!」
「そうだ! 若いの!」
隣に座った男が勢いよく頷いた。
「…………」
ミュゼは男を見る。
それからゲンザを見る。
もう一度。
男を見る。
「……誰すか、この人……」
「ガッハハハハ!」
「笑ってないで答えてくださいよ!」
「いいから食え食え!」
「もうー! ゲンさん飲み過ぎっす!」
「何言ってやがる! まだ三軒目だぞ!」
「三軒目だから言ってんすよ!」
「ガッハハハハ!」
「笑って誤魔化すな!」
ミュゼの声が店内に響く。
けれど。
ゲンザはまるで気にした様子もなく、いつ知り合ったのかも分からない男たちと再び杯を掲げた。
「よぉし! 飲むぞ!」
「おお!」
「乾杯だ!」
「何に乾杯するんすか……」
「なんでもいい!」
「よくないっすよ!」
――ガンッ!
杯がぶつかり。
また豪快な笑い声が上がった。
その声は。
開け放たれた店の戸から、通りの向こうまで響いていく。
◇
「…………」
店先に座り込んでいた紫の男が。
僅かに顔を上げた。
「……うるせぇな」
遠くから聞こえてくる笑い声。
しばらくそちらを睨んでいたが。
「…………」
やがて。
どうでもよくなったのか。
「酒……」
空になった手を見る。
「……どこに売ってんだよ」
男――ドーマは。
重そうに腰を上げると。
再び、ふらふらと通りを歩き始めた。




