お土産と服屋③
服屋へ入ると、外の賑やかさが少しだけ遠ざかった。
壁際には上着やシャツが並び、店の中央には綺麗に畳まれた服が積まれている。
「結構あるね」
「うん」
フィリアは店内を見回すと、すぐに僕の方を向いた。
「じゃあ、選ぶね」
「もう?」
「そのために来たんでしょ?」
「そうだけど……」
もう少し見るものかと思っていた。
けれどフィリアは迷うことなく服の並んだ棚へ向かっていく。
僕もその後を追おうとすると。
「ヒールはそこで待ってて」
「僕の服なんだけど?」
「私が選ぶから」
「……分かったよ」
近くにあった椅子に腰掛ける。
別に、服にはそこまでこだわりがない。
動きやすくて、変じゃなければそれでいい。
だからフィリアに任せること自体は構わないんだけど。
「…………」
あっちへ行ったと思ったら戻ってきて。
今度は別の棚へ。
随分と真剣だ。
「これ」
しばらくして、フィリアが何着かの服を抱えて戻ってきた。
その中から取り出したのは、白に近い薄灰色のシャツ。
それに合わせるのは濃紺の薄手の上着で、派手な装飾はなく、襟元に小さな留め具が一つ付いているだけ。
さらに細身の黒いパンツまで用意されていた。
「……全部?」
「うん」
「上だけじゃないんだ」
「ちゃんと合わせた方がいいでしょ?」
フィリアが僕の身体にシャツを合わせ、少し離れて眺める。
「うん。やっぱりこれ」
「もう決まったの?」
「まだ」
「まだなの?」
「着てみて」
「はいはい」
言われるがまま服を受け取る。
別に嫌じゃないけど。
こういうのは、どうにも落ち着かない。
着替えてフィリアの前へ戻ると。
「…………」
何も言わない。
「フィリア?」
「ちょっと待って」
「何を?」
僕の周りを一度回り、正面へ戻ってくる。
「……うん」
「何?」
「似合ってる」
「そう?」
「うん!」
満足そうだ。
鏡に映った自分を見てみる。
普段自分で選ぶ服より、少しだけきちんとして見える気がする。
「じゃあ、これでいいんじゃない?」
「ヒールは?」
「僕?」
「気に入った?」
「うん。いいと思うよ」
「……そっか」
フィリアが嬉しそうに笑う。
僕が着る服なのに、僕より喜んでいる気がする。
結局、そのままフィリアが選んだ一式を買うことになった。
「満足?」
「うん」
「ならよかった」
これで終わり。
――なら、よかったんだけど。
「じゃあ次」
「…………」
来た。
「私の番」
「やっぱりやるの?」
「約束したでしょ?」
「覚えてるよ」
覚えてはいる。
ただ、改めて店内を見回す。
さっきまで見ていた男物とは違い、反対側には色も形も全然違う服が並んでいる。
正直、何がいいのかさっぱり分からない。
「フィリアが自分で選んだ方がいいんじゃない?」
「嫌」
「即答だね」
「ヒールが選ぶって言った」
「言ったけど……僕、こういうの苦手なんだよ」
「知ってる」
「知ってるなら――」
「だから選んで」
「なんでそうなるの?」
フィリアが楽しそうに笑う。
嫌なわけじゃない。
ただ、本当に分からないんだ。
変なのを選んだら申し訳ないし。
かといって、フィリアが普段着ているようなものを選んでも、それは僕が選ぶ意味がない気もする。
「……何でもいいの?」
「うん」
「本当に?」
「ヒールがいいと思ったやつ」
「それが一番困るんだけどなぁ……」
そう言いながら、服の並んだ棚へ向かう。
白。
赤。
黄色。
青。
形も丈もそれぞれ違う。
「…………」
分からない。
本当に分からない。
「フィリア」
「なに?」
「見られてると選びづらいんだけど」
「気にしないで」
「気になるよ」
「ふふっ」
絶対楽しんでる。
僕は小さく息を吐いて、もう一度服へ目を向けた。
そのまま何着か眺めていると。
「……あ」
一着の服が目に留まった。
淡い水色のワンピース。
腰の辺りで軽く絞られ、そこから下は緩やかに広がっている。
派手な装飾はなく、襟元に小さな白い飾りがあるくらい。
その隣には、合わせるためなのか白い短めの羽織りも掛けられていた。
「…………」
なんでだろう。
服のことなんて分からないのに。
それを見た瞬間。
フィリアが着ている姿が、なんとなく浮かんだ。
僕はワンピースを手に取る。
「……これかな」
「これ?」
いつの間にか隣に来ていたフィリアが覗き込む。
「うん」
「どうして?」
「どうしてって言われても……」
改めて服を見る。
理由なんて考えて選んだわけじゃない。
「なんとなく、フィリアに似合いそうだから」
「…………」
「フィリア?」
「着てみる」
「え?」
「着てくる」
僕が返事をするより早く、フィリアはワンピースと白い羽織りを抱えて奥へ向かっていった。
「…………」
そんなに嬉しいものなのかな。
よく分からない。
しばらく待っていると。
「……ヒール」
声に振り返る。
「おお」
淡い水色のワンピースを着たフィリアが立っていた。
腰から下へ緩やかに広がった裾が、歩くたびにふわりと揺れる。
その上には白い羽織り。
普段のフィリアとは少し雰囲気が違って見えた。
「どう?」
「…………」
「ヒール?」
「あ、ごめん」
つい見てしまっていた。
でも。
「うん。やっぱり似合ってる」
「……!」
フィリアの目が僅かに見開かれる。
「本当?」
「うん。いいと思うよ」
「…………そっか」
フィリアが自分の服を見下ろす。
それから。
小さく笑った。
「じゃあ、これにする」
「もう決めるの?」
「うん」
「他も見なくていいの?」
「これがいい」
「そっか」
僕が選んだ服を気に入ってくれたなら。
まあ。
頑張って選んだ甲斐はあったのかもしれない。
フィリアはもう一度、自分の姿を鏡に映す。
その顔は。
僕の服を選んでいたときよりも。
どこか嬉しそうに見えた。




