丘の上に
石畳の道を歩き、賑やかな通りを抜けていく。
少しずつ道を行き交う人の数が減り、代わりに緩やかな坂道が続くようになっていた。
「……ヒール」
「ん?」
「まだ?」
「もう少しだよ」
「さっきも聞いた」
「そうだったかな?」
「言った」
隣から、じーっと視線を感じる。
でも、ここまで来て教えるのももったいない。
「それは着いてからのお楽しみ」
「むぅ……」
不満そうな声に横を見ると、フィリアが頬を少し膨らませていた。
「そんな顔しなくても」
「だって、教えてくれない」
「せっかく調べたんだから、着くまで秘密」
「……意地悪」
「えぇ……」
そこまで言われるとは思わなかった。
けど、フィリアも本気で怒っているわけじゃない。たぶん。
そんなやり取りをしながら、僕たちは緩やかな坂道を上っていく。
ジーアスの街並みが少しずつ下へ遠ざかっていった。
「結構上るね」
「うん」
「夜もここを上るの?」
「その予定」
「…………」
「疲れた?」
「大丈夫」
そう言って、フィリアは僕より少し前を歩く。
そして坂道を上りきったところで。
「――あ」
足を止めた。
丘の上に、一軒の店が建っていた。
二階建ての大きな建物。街中で見た店とは少し違い、周囲には他の建物がほとんどない。
だからなのか、丘の上に建つその店はやけに目立って見えた。
「ここ?」
「うん」
フィリアが店を見上げる。
「大きい……」
「僕も最初に聞いたときは驚いたよ」
「来たことあるの?」
「ないよ。調べただけ」
「……すごい調べてる」
「まあね」
せっかくの休みなんだ。
それに、フィリアと二人で出掛けるんだから、行き当たりばったりにはしたくなかった。
「ほら、上」
「上?」
僕が指差すと、フィリアが視線を上げる。
二階。そのさらに上には、いくつものテーブルと椅子が並んでいた。
「……屋上?」
「そう。あそこにも席があるんだって」
遮るもののないそこからなら、ジーアスの街を一望できる。
「夜になると、街の灯りが見えるらしいよ」
「…………」
「フィリア?」
「……うん」
なぜか返事が少し遅れた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「そう?」
「うん」
フィリアはもう一度、屋上を見上げる。
「……綺麗そう」
「でしょ?」
「うん」
気に入ってくれたみたいだ。それなら、ここまで調べた甲斐もあった。
「じゃあ、予約しに行こうか」
「うん!」
◇
「本日の夜ですね」
「はい。二人でお願いします」
店に入り、受付で店員さんに声を掛ける。
店員さんは手元の帳面を確認すると、少しして顔を上げた。
「二階のお席でしたら、まだ余裕がございます」
「屋上は空いていますか?」
僕が尋ねると、隣でフィリアがこちらを見た。
「屋上ですか?」
「はい」
「少々お待ちください」
店員さんはもう一度帳面へ視線を落とし、指先で何かを確認する。
「……一席でしたら、ご用意できます」
「じゃあ、そこでお願いします」
「ヒール」
「ん?」
フィリアが僕の服の袖を軽く引いた。
「いいの?」
「何が?」
「屋上」
「空いてるんだし、いいでしょ?」
「……うん」
まただ。
さっきから、フィリアの反応が少し変な気がする。
「では、屋上のお席でお取りしておきますね」
「ありがとうございます」
予約を済ませ、店を出る。
外へ出た瞬間、吹き抜けた風が火照った身体を少しだけ冷ましてくれた。
「これで夜は大丈夫だね」
「うん」
「じゃあ、次は買い物かな?」
「うん!」
さっきまでとは違って、フィリアがすぐに返事をする。
「セリオさんとリオネルさんのお土産も見ないとね」
「それと」
「それと?」
フィリアが僕を見る。
「ヒールの服」
「……忘れてなかったんだ」
「当たり前。ちゃんと私が選ぶから」
「お手柔らかにお願いします」
「ダメ」
「なんで?」
「ちゃんと選ぶ」
「それ、お手柔らかにする気ないよね?」
「ない」
フィリアが楽しそうに笑う。
まあ、僕の服を選ぶくらいなら好きにしてもらっていい。
問題は――。
「その代わり、ヒールも私の選んでね」
「……やっぱり僕も選ぶの?」
「約束した」
「そうだけど……」
思わず苦い顔になる。
「嫌?」
「嫌じゃないよ。ただ、僕に女の子の服を選べって言われても……」
服には詳しくない。
ましてや女の子の服なんて、何を基準に選べばいいのかも分からない。
「大丈夫」
「何が?」
「ヒールがいいと思ったのでいいから」
「それが一番難しいんだけど……」
「ふふっ」
「笑い事じゃないよ」
「楽しみにしてる」
「余計に困るなぁ……」
嫌なわけじゃない。
ただ、自信がないだけだ。
それでも約束した以上、今さら逃げるつもりもない。
「……分かったよ。ちゃんと選ぶ」
「うん!」
満足そうに笑ったフィリアを見て、僕も小さく笑う。
予約も終わった。
次は買い物。
そして夜になったら、もう一度この丘へ戻ってくる。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
僕たちは並んで、来た道を下り始めた。




