ジーアスの日常
嬉しそうに笑うフィリアと並んで、通りを歩いていく。
昼になり、ジーアスの街は朝よりも賑わいを増していた。
緩やかに続く石畳の道。
その両側には、白や淡い黄色、薄い青などに塗られた建物が隙間なく並んでいる。
赤茶色の屋根。
壁から覗く木組み。
窓辺には色とりどりの花が飾られ、建物の壁から伸びた黒い鉄細工の街灯が通りを見下ろしている。
まだ昼だから、その中に明かりはない。
石畳を荷馬車がゆっくりと進み、その横を買い物籠を抱えた人達が行き交う。
店先からは客を呼ぶ声。
パン屋から漂う焼きたての香り。
遠くからは子供達の笑い声。
いつものジーアスだ。
「あっ」
フィリアが二階の窓を見上げた。
干された白いシーツが、ふわりと大きく膨らむ。
その間を、小さな風の精霊が楽しそうに飛び回っていた。
くるくる。
ひらひら。
シーツの間を縫うたびに柔らかな風が起こる。
「今日はよく乾きそうだね」
「天気もいいからね」
洗濯物を取り込もうとしていた女性が、風の精霊へ手を伸ばした。
「ありがとね」
指先から、淡い光が零れる。
ほんの少しの魔素。
風の精霊は嬉しそうに女性の指先へ近づくと、その光を受け取った。
身体が、ぽうっと明るくなる。
お手伝いのお駄賃。
ジーアスでは珍しくもない光景だ。
少し先の花屋では、水の精霊が店先に並んだ花へ水を撒いていた。
ふわりと浮かび上がり。
ぱらぱらと、小さな雨を降らせていく。
「こっちもお願いね」
店員に言われた水の精霊が、隣の鉢へ移動する。
水を撒き終えると。
当然のように店員の前で待った。
「あはは、分かってるよ」
少量の魔素を受け取ると、満足そうにくるりと回る。
「ふふっ、かわいい」
「お駄賃待ってたね」
「働いたんだから当然でしょ?」
「フィリアも欲しいの?」
「なんで私⁉︎」
「いや、なんとなく」
「もう!」
笑いながら歩いていると。
今度は道の端で、何かが動いていた。
「ん?」
小さな土の精霊だ。
石畳から少し浮いてしまった石を、一生懸命押している。
「…………」
「…………」
ぐっ。
ぐっ。
身体全部を使うように押しているけど。
なかなか動かない。
「頑張れ……」
フィリアが小さく呟いた。
「…………」
「…………」
ぐぐぐっ――。
ゴトン。
石が元の場所へ収まった。
「おぉ!」
「やった!」
思わず二人で声を上げる。
近くで作業をしていた職人も気づいたらしい。
「お、直してくれたのか。ありがとな」
職人がしゃがみ、魔素を少し分け与える。
土の精霊は嬉しそうに淡く光った。
そして――。
「…………」
少し離れたところにある、別の浮いた石を見つけた。
とことこと近づいていく。
また押し始める。
「ははっ、まだやるんだ」
「働き者だね」
そのまま通りを進む。
パン屋の開いた窓からは、窯の近くで火の精霊が揺れているのが見えた。
店主が生地を窯へ入れると、火の精霊が楽しそうに炎を揺らす。
人が暮らして。
その隣で精霊が暮らしている。
どちらかが特別なわけでもない。
助けてもらえば、お礼をする。
ただそれだけ。
僕達にとっては、ずっと見てきた当たり前の景色だ。
「ヒール」
「ん?」
「なんか今日、街がいつもより綺麗に見える」
「そう?」
「うん」
フィリアが辺りを見回す。
「いつも歩いてるところなのにね」
「…………」
言われてみれば。
僕も少しだけ、そんな気がする。
見慣れた石畳。
見慣れた店。
見慣れた精霊達。
何も変わっていないはずなのに。
「休暇だからじゃない?」
「えー、それだけ?」
「じゃあ天気がいいから」
「もう!」
「ははは」
フィリアが頬を膨らませる。
「ヒールは分かってないなぁ」
「何が?」
「なんでもない!」
「またそれ?」
「いいの!」
フィリアが少しだけ先を歩いていく。
その背中を追いながら、僕は笑った。
でも。
フィリアの言っていることも、なんとなく分かる。
任務でもない。
巡回でもない。
目的地へ急ぐ必要もない。
ただ二人で、見慣れた街を歩いている。
それだけなのに。
いつものジーアスが。
今日は少しだけ違って見えた。
「ヒール! 早く!」
「はいはい。今行くよ」
フィリアに追いつき、再び隣に並ぶ。
「夜のお店って、あとどれくらい?」
「もう少しだよ」
「どんなお店?」
「それは着いてからのお楽しみ」
「えー! 教えてよ!」
「せっかく調べたんだから、着くまで秘密」
「……ヒールが?」
「何その反応」
「だってヒールが、お店調べたの?」
「調べるよ、それくらい」
「へぇー……」
「せっかくフィリアと出かけるんだから、ちゃんとしたかったし」
「…………」
「フィリア?」
「……なんでもない」
「?」
まただ。
今日は本当に多いな。
「ほら、行こう」
「……うん!」
何故か嬉しそうになったフィリアと。
僕はそのまま、石畳の道を歩いていった。




