待ち合わせ十五分前
◇
待ち合わせの十五分前。
噴水広場に着いた僕は、噴水の縁に腰掛けて時計を確認した。
「……ちょっと早かったかな」
まぁ、遅れるよりはいい。
広場は朝から賑わっていた。
噴水の周りを走り回る子供達。
屋台の準備をする店主。
行き交う人々の声に、水の流れる音が混ざっている。
「…………」
ふと、自分の格好を見る。
白いシャツ。
その上に、少し丈の長い黒の上着。
動きやすい黒のパンツに革靴。
腰元には細身のベルト。
結局、ほとんどサーヤに選び直された。
『せっかくなんだから、これくらいちゃんとして!』
別に最初の服でも変じゃなかったと思うんだけどなぁ。
「……ん?」
風が吹く。
ふわり。
自分から漂ってきた香りに、思わず鼻を動かす。
「…………」
これもサーヤだ。
『ちょっと首出して』
『なんで?』
『いいから!』
言われるがまま首元を出したら。
シュッ。
シュッ。
『うわっ! 何これ⁉︎』
『香水!』
『こんなのいらないって!』
『いる!』
結局、首元と手首に付けられた。
「……まだ匂うな」
嫌な香りではない。
少し爽やかで、ほのかに甘い。
でも。
「……僕、こんなの付けたことないんだけど」
なんだか落ち着かない。
そもそも。
たまごサンドを食べて。
バーベキューして。
買い物するだけなのに。
なんでここまで――。
「ヒールー!」
「!」
聞き慣れた声。
振り返る。
人混みの向こうから、フィリアが小走りでこちらへ向かってきていた。
「ごめん! 待った?」
「いや、僕も今――」
そこまで言って。
言葉が止まった。
「…………」
「ヒール?」
いつもと違う。
軍服じゃないから、というだけじゃない。
淡い生成り色のブラウス。
袖はふわりと膨らみ、手首の辺りで細く絞られている。
その上から、若葉を思わせる淡い黄緑の生地が重なっていた。
腰には同じ色の細いリボン。
歩くたび、膝下まである柔らかなスカートが風を含んで揺れる。
足元は歩きやすそうな茶色の編み上げ靴。
長い金色の髪も、今日は少しだけ編み込まれていて。
そこにも、小さな黄緑のリボンが結ばれていた。
「…………」
なんというか。
フィリアらしい。
明るくて。
軽やかで。
「……似合ってるね」
「――⁉︎」
フィリアが固まった。
「あれ?」
「い、いきなり言う⁉︎」
「え? ダメだった?」
「ダメじゃないけど!」
顔を赤くして、フィリアが髪を触る。
「……ありがと」
「うん」
「…………」
「…………」
なんだ?
いつものフィリアなのに。
今日は少しだけ違って見える。
「……ヒールも」
「ん?」
今度はフィリアが僕を見る。
頭から。
足元まで。
「今日、なんか……ちゃんとしてるね」
「なんかって何?」
「いつもより!」
「サーヤに全部選び直されたんだよ」
「サーヤ?」
「あぁ。施設の子」
「へぇ……」
フィリアがもう一度僕を見る。
「いいじゃん。似合ってる」
「そう?」
「うん!」
「ならよかった」
朝から散々着替えさせられた甲斐はあったのかな。
「…………ん?」
フィリアが少し近づいた。
「どうしたの?」
「ヒール……」
もう一歩。
鼻を小さく動かす。
「なんかいい匂いする」
「!」
やっぱり分かるのか。
「あー……これもサーヤ」
「これも?」
「香水まで付けられた」
「香水⁉︎」
「うん。僕はいらないって言ったんだけど」
「…………」
「フィリア?」
「……ふーん」
「何?」
「別に?」
なんだその反応。
「…………」
フィリアがまた少しだけ近づく。
「……いい匂い」
「そう?」
「うん」
「ならいいけど」
「…………」
なんだろう。
近い。
「フィリア?」
「!」
ぱっと離れた。
「な、何でもない!」
「そう?」
「そう!」
フィリアは誤魔化すように噴水へ目を向けた。
「それより!」
「うん」
「たまごサンド!」
「あぁ」
「行こ!」
「まだどこで食べるか決めてないけどね」
「探せばあるでしょ!」
「ははっ、そうだね」
フィリアが先に歩き出す。
その後を追いかけようとして。
「…………」
ふと思う。
いつも見ているはずなのに。
軍服じゃないだけで、こんなに印象って変わるものなんだな。
「ヒール! 置いてくよー!」
「あ、待ってよ!」
僕は小走りでフィリアを追いかけた。
こうして。
僕達の休暇の一日が始まった。




