簡単な身支度
◇
朝。
「ん……」
窓から差し込む光に目を覚ます。
見慣れた天井。
昨日は久しぶりに、昔使っていた部屋で眠った。
「……朝か」
身体を起こし、大きく伸びをする。
時計を見る。
待ち合わせは十一時。
まだ随分と余裕がある。
「さて、と」
ベッドから降り、衣装棚を開ける。
「…………」
上はこれ。
下はこれ。
上着は……今日は暖かそうだし、薄手のでいいか。
「よし」
決まった。
着替えを済ませ、鏡の前で軽く髪を整える。
「……こんなもんかな」
数分もかからなかった。
そのまま部屋を出て、一階へ降りる。
◇
「おはよう」
「あ! ヒルト兄ちゃん!」
真っ先にニカが反応した。
「おっそ! もうみんな起きてるぞ!」
「休みなんだからいいだろ?」
「軍人がだらしねぇな!」
「ニカに言われたくないなぁ」
「なんだと!」
「朝から騒がない!」
「いでっ!」
サーヤに頭を小突かれる。
「おはよう、ヒルト」
「おはよう、サーヤ」
「にぃー!」
「おっと」
今度はラズが駆け寄ってくる。
「おはよー!」
「おはよう、ラズ」
「ヒルトにぃー、おそい!」
「ラズまで?」
「おはよ!」
リズも笑いながら手を振っている。
「おはよう、リズ」
空いている席へ座る。
「シスターは?」
「もう教会の方に行ったよ。朝から人が来てるみたい」
「そっか」
出された朝食を食べ始める。
今日は十一時に噴水広場。
フィリアと待ち合わせだ。
「ヒルト」
「ん?」
向かいに座るサーヤが声をかけてきた。
「今日はどうするの? ここにいる?」
「あぁ、今日は出かけるよ」
「そうなんだ。誰と?」
「フィリア」
「…………」
サーヤの手が止まった。
「……フィリア?」
「うん。アカデミアから一緒の同期だよ」
「…………女の人?」
「うん」
「…………」
今度は俺の顔を見る。
「二人で?」
「うん」
「…………」
「なんで?」
「何しに行くの?」
「前に約束してたんだ。たまごサンド食べに行こうって」
「……その後は?」
「バーベキューかな」
「…………」
「あと、今度スパーナに行くから、その買い物も一緒にしようって」
「…………」
なんだ?
さっきから妙に黙るな。
「何時から?」
「十一時」
「…………」
サーヤが俺を見る。
頭から。
足元まで。
そして、もう一度顔まで。
「……ヒルト」
「ん?」
「部屋戻って」
「なんで⁉︎」
「いいから」
「いや、まだ朝ご飯――」
「後で食べればいいから!」
「えぇ……」
腕を掴まれる。
「ちょ、サーヤ?」
「早く!」
「なんなんだよ……」
◇
「はい。衣装棚開けて」
「…………」
部屋まで連れ戻された。
「なんで?」
「いいから!」
「はいはい」
言われるがまま衣装棚を開ける。
するとサーヤが俺を押し退けるようにして、中を覗き込んだ。
「うーん……」
「…………」
「これは……違う」
一着。
「これも違う」
二着。
「これも……なんか違うなぁ」
三着。
次々と服がベッドの上へ並べられていく。
「サーヤ」
「なに?」
「僕が選んだ時より時間かかってない?」
「ヒルトが早すぎるの!」
「服なんて変じゃなければいいだろ?」
「そういうところ!」
「えぇ……」
なんで怒られてるんだろう。
「あ、これ」
サーヤが一着取り出した。
「これ着てみて」
「今のでいいじゃん」
「ダメ」
「さっき変とは言わなかったよね?」
「変じゃないけどダメなの!」
「難しいなぁ……」
サーヤは大きくため息を吐いた。
「女の人と二人で出かけるんでしょ?」
「そうだけど」
「たまごサンド食べに行って?」
「うん」
「バーベキューして?」
「うん」
「そのあと一緒に買い物するんでしょ?」
「そうだよ」
「…………」
サーヤがじっと俺を見る。
「なに?」
「……そのフィリアさん、絶対今日の服悩んでると思う」
「フィリアが?」
「多分」
「なんで?」
「なんでって……」
サーヤが頭を抱えた。
「ヒルトって、こういうところあるよね……」
「どういうところ?」
「そういうところ!」
「どこだよ……」
「いいから、ちょっとくらい格好つけなよ!」
「フィリアは僕の服なんて気にしないと思うけど」
「…………」
「サーヤ?」
目が細くなった。
「……フィリアさん、大変そう」
「会ったことないだろ?」
「ないけど分かる」
「なんで⁉︎」
「なんでも!」
また怒られた。
「ほら! 着替えて!」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「はい!」
「…………」
サーヤが固まった。
「どうしたの?」
「……今の私、シスターみたいだった」
「はははっ!」
「笑わないでよ!」
結局。
俺が数分で終わらせたはずの服選びは。
サーヤによって、最初からやり直されることになった。




