どんな家族だったんだ?
◇
「ほら! お皿はそのままでいいから、もう寝ちゃいな!」
食事を終えたところで、母さんが立ち上がった。
「いえ! 俺達もやります!」
アルトもすぐに立ち上がる。
「いいんだよ! お客様なんだから!」
「でも――」
「アルト、気にしなくていいぞ」
俺も椅子から立ち上がった。
「うちは客に片付けさせると、逆に母ちゃんがうるせぇから」
「誰がうるさいって?」
「なんでもないです」
「分かればいいんだよ!」
「…………」
アルトが俺と母さんを交互に見る。
「じゃあ……」
「では、洗い場までは運びます」
ガオンが食器を重ねながら立ち上がった。
「それくらいはさせてください」
「まったく、あんたは本当に律儀だねぇ」
母さんは苦笑しながらも頷いた。
「じゃあ、それだけお願いね」
「はい」
「俺も運ぶ!」
「なら落とすなよ」
「落とさないって!」
三人で食卓に残った皿を集める。
さっきまで山のように料理が並んでいた皿も、ほとんど空っぽだ。
「これも?」
「それは重ねていいよ!」
「はーい!」
「アルト、それ俺が持つ」
「ガオンもういっぱい持ってるだろ」
「これくらい問題ない」
「じゃあ俺こっち!」
何度か食卓と洗い場を往復して。
「よし! 終わり!」
最後の皿を置いたアルトが満足そうに手を叩いた。
「ありがとね。あとはやっとくから」
「ありがとうございます!」
「ご馳走様でした」
「はいよ!」
その時。
「あ、そういえばアルト君」
兄さんがアルトを呼び止めた。
「はい?」
「魔器、見てほしいんだって?」
「あ、はい!」
アルトの顔がぱっと明るくなる。
「《砕》っていうんですけど、ログがメンテナンスしてくれるって!」
「俺でも普通の手入れくらいはできるけどな」
俺は兄さんを指差す。
「兄さんは術式の付与ができるんだ」
「術式?」
「へぇー! すげー!」
アルトが兄さんへ詰め寄る。
「それって精霊術なんですか?」
「いや、精霊術とは違うね」
兄さんは自分の指で空中に文字を書くような仕草をした。
「魔器に術式を書いて、そこに必要な魔素を流す。簡単に言えばそんな感じ」
「へぇー……」
「まぁ、一応国家資格だけどね!」
「国家資格⁉︎」
「そう!」
「すげー!」
「…………」
ガオンが少し呆れたように兄さんを見る。
「『書いて流すだけ』……おそらく、そんな簡単な話ではないと思うが」
「あはは! まぁ慣れだよ、慣れ!」
「国家資格を慣れで片付けるのか……」
「長くやってりゃそんなもんだって!」
兄さんは笑いながら、今度はガオンを見る。
「ガオン君は? 魔器は持ってるの?」
「俺はもう霊器に至っていますので」
「へぇ!」
兄さんの目が輝く。
「若いのにすごいね!」
「いえ」
「じゃあログは? 《崩槌》は?」
「俺も霊器になったぜ!」
「お!」
兄さんが嬉しそうに俺を見る。
「ほー! やるじゃない!」
「へへっ、まぁな!」
「帰ってきて早々、いい話聞けたなぁ」
「だろ?」
「じゃあ、今のところアルト君だけか」
「はい!」
「よし。明日の朝にでも《砕》を鍛冶場へ持っておいで」
「いいんですか⁉︎」
「もちろん。状態見て、必要なら調整しよう」
「ありがとうございます!」
アルトが勢いよく頭を下げる。
「楽しみだな!」
「おう!」
俺も久しぶりに兄さんの仕事を見るのは楽しみだ。
「じゃあ俺達、部屋行くわ」
「あいよ!」
「ご馳走様でした!」
「改めて、ご馳走様でした。おやすみなさい」
「おやすみ!」
「ゆっくり寝なよー!」
母さん達に挨拶をして、三人で二階へ上がった。
◇
「はぁぁぁ……」
部屋に入った途端。
アルトが布団へ倒れ込んだ。
「腹いっぱい……」
「食ってすぐ寝るなよ」
「ちょっとだけ!」
「さっき風呂でも似たようなこと言ってなかったか?」
「言ってない!」
「言ってた気がするぞ」
ガオンまで乗ってくる。
「二人してなんだよ!」
アルトが寝転がったまま抗議する。
俺も自分の布団へ腰を下ろした。
三人分並べると、さすがに少し狭い。
「しかし」
ガオンが部屋を見回す。
「いい家だな」
「ん?」
「賑やかだ」
「あー……うるせぇだろ?」
「そういう意味じゃない」
ガオンは布団へ腰を下ろす。
「俺のところとは随分違うからな」
「そりゃ城と比べんなよ」
「だから、いいと言ってるんだ」
「…………」
なんか調子狂うな。
「俺も楽しかった!」
アルトが寝転がったまま手を上げる。
「飯もうまかったし! 風呂も広かったし! おばさん面白いし!」
「母ちゃんは声でけぇけどな」
「父ちゃんも面白かった!」
「親父はほとんど喋ってねぇだろ」
「でも面白かった!」
「どういう基準だよ」
「あとロナーさんも!」
「兄さんは明日《砕》見てくれるってよ」
「うん!」
「ロゼも――」
そこまで言って。
ふと。
さっきの食卓を思い出した。
母ちゃん。
親父。
兄さん。
ロゼ。
そこにアルトとガオンがいて。
皆で同じ飯を食って。
笑っていた。
「…………」
「ログ?」
「ん?」
「どうした?」
「いや……」
俺はそのまま布団へ横になった。
天井を見る。
ずっと昔から見てきた天井だ。
「……アルト」
「んー?」
「前にさ」
「うん」
「俺達が最初に殴り合った時のこと、覚えてるか?」
「殴り合った時?」
アルトが少し考える。
「ああ! 俺が勝ったやつ!」
「そこじゃねぇよ!」
「焦げパン?」
「それも違う!」
「じゃあ何?」
「発端だよ、発端!」
「あー……」
アルトの声が少しだけ落ち着く。
「家族のこと?」
「あぁ」
やっぱり覚えていた。
「……あん時は、本当に悪かったな」
「え?」
「一回謝ったけどよ」
俺は天井を見たまま続ける。
「今日、お前ら連れて帰ってきてさ」
「…………」
「母ちゃん達見てたら、なんか思い出した」
あの時。
俺は何も知らなかった。
アルトが何者なのか。
どこで育ったのか。
誰に育てられたのか。
何一つ知らないくせに。
『まともな家族じゃなかったんだろうな』
勝手に決めつけた。
「俺なら……」
言葉が止まる。
「母ちゃんとか親父とか、兄さんやロゼのこと何も知らねぇ奴に、あんなこと言われたら……そりゃキレるわ」
「…………」
「だから」
少しだけアルトを見る。
「改めて悪かった」
「…………」
アルトはしばらく黙っていた。
けれど。
「いいよ」
いつもの声だった。
「もう謝ってもらったし」
「……そうだったな」
「それに」
アルトが笑う。
「今は友達だろ?」
「…………」
「そうだな」
なんだか。
それだけで済んじまった。
ガオンは何も言わず、横になったまま俺達の会話を聞いている。
「…………」
でも。
一つだけ。
ずっと気になっていた。
あの時、アルトは言った。
『俺を大切に育ててくれた人たちを、何も知らない奴に否定される筋合いはない』
そして戦っている最中にも。
『家族に教わった』
そう言っていた。
なのに。
今日。
休暇の話になった時、こいつは――。
『実家ぁ……ない?』
そう答えた。
「なぁ、アルト」
「ん?」
「聞いていいか?」
「いいよ」
俺は少しだけ迷ってから。
口を開いた。
「……お前って、どんな家族だったんだ?」
「…………」
アルトの返事は。
すぐには返ってこなかった。




