長い夕食③
◇
「それで?」
みたらし団子を手にしたロゼが、ふと思い出したようにガオンへ顔を向けた。
「さっき言ってた、兄ちゃんに助けられたっていうのは?」
「ああ……」
ガオンの手が止まる。
少し考えてから、静かに口を開いた。
「詳しくは言えないが……この間、姉の命を救ってもらった」
「え……?」
ロゼが目を丸くする。
さっきまで笑っていたロナーも、少しだけ表情を変えた。
「お母様がさっき言っていたログの怪我も、その時のものだ」
「…………」
ガオンはログの母へ向き直る。
「ご家族には心配をかけてしまい……申し訳ない」
深く頭を下げた。
「お、おいガオン」
ログが慌てる。
「別にお前が謝ることじゃ――」
「…………」
母さんは何も言わなかった。
ただ。
向かいに座る息子を、じっと見ていた。
「ふーん」
そんな空気を変えるように、ロナーが椅子へ深く座り直す。
「立派に軍人やってんだ」
「当たり前だろ!」
ログが胸を張る。
「俺だってもう二年目だぞ」
「そっかそっか。昔は親父の槌すらまともに――」
「その話はいいだろ!」
「ははは!」
「……立派になんてやらなくていいよ」
「え?」
ログの声が止まった。
母さんだった。
「母ちゃん?」
「立派になんて務めなくていい」
いつもの大きな声じゃない。
怒ってもいない。
ただ、静かに。
「誰かに褒められなくてもいい。偉くならなくてもいい」
母さんはログを見つめる。
「だから……無事に帰って来ておくれ」
「…………」
「それだけでいいから」
ログは何も言わなかった。
少しだけ俯いて。
「……あぁ」
短く答えた。
「母さん……」
ロナーも少し困ったように笑う。
それからログの肩を軽く叩いた。
「でも、仕事をしっかりこなすのは大事なことだよ」
「……分かってるよ」
「ならいい」
「…………」
そのやり取りを見ながら。
俺は、いつの間にか手にしていたたい焼きを見つめていた。
無事に帰ってくる。
仕事をしっかりこなす。
その二つが。
いつだって一緒ならいい。
でも。
「…………」
頭に浮かんだ。
ルミナスでの戦い。
傷ついたログ。
倒れていった人達。
そして――。
セブランさん。
「アルト君?」
「え?」
ロナーさんに呼ばれて顔を上げる。
「どうした?」
「あ……」
言おうか迷った。
でも。
「俺……ログが大怪我した時、同じ任務にいたんです」
ログが俺を見る。
「もっと……上手くできなかったのかなって」
「アルト?」
「俺がもっと上手くできてたら……傷つかなくて済んだ人とか、死ななくて済んだ人もいたのかなって……」
口にすると。
次々に出てきた。
「俺……あの時、必死だったから」
戦った。
止めようとした。
俺なりに考えた。
それでも。
「もっと何かできたんじゃないかって……」
「あれはお前のせいじゃねぇ」
ガオンがすぐに言った。
「お前がいなきゃ、もっと酷いことになってた」
「分かってる!」
思わず声が大きくなる。
「……分かってるけどさ」
「…………」
「それでも考えちゃうんだよ」
セブランさんを止めた。
俺が。
この手で。
あの人を――。
「……もっと違うやり方があったんじゃないかって」
答えは返ってこなかった。
当然だ。
あの場所にいなかった人達に、答えられるはずがない。
それなのに。
「……アルト」
「!」
低い声に顔を上げる。
ログのお父さんだった。
ずっと静かに話を聞いていたお父さんが、酒の入った杯を置く。
「……迷えるってことは」
ゆっくりと。
言葉を選ぶように続けた。
「普段から、いい仕事をしようと思ってるってことだ」
「いい……仕事?」
「……ああ」
お父さんは少しだけ視線を動かした。
その手は。
長い年月、鉄を打ち続けてきたのだろう。
大きくて。
硬そうで。
傷だらけだった。
「……仕事ってのは、区切りはある」
一度、言葉を切る。
「だが、終わりはねぇ」
「…………」
「一つ終わりゃ、次が来る」
静かな声が食卓に響く。
「上手くいきゃ、もっと上手くやりたくなる」
「…………」
「失敗すりゃ、次は失敗したくなくなる」
お父さんは自分の手を見る。
「……だから辛い」
「…………」
「辞めたくなる」
また一つ。
「投げ出したくなる」
そして。
「……だから、楽しい」
「…………」
アルト。
ガオン。
ログ。
ロナーさん。
ロゼ。
お父さんは、そこにいる全員をゆっくりと見渡した。
「……迷え」
俺を見る。
「向き合え」
「…………」
「迷った分だけ、次の仕事に持っていけ」
その言葉が。
不思議なくらい、胸の中へ入ってくる。
「……そうやって、その仕事は」
お父さんが杯を手に取った。
「自分にしかできねぇ仕事になる」
「…………」
誰も喋らなかった。
さっきまであれだけ賑やかだった食卓が、静まり返っている。
「…………」
俺は自分の手を見る。
この手で。
俺はこれからも戦う。
だったら――。
「父ちゃん」
母さんが口を開いた。
「酒、飲みすぎたかい?」
「…………」
お父さんが杯を見る。
「……ちょっと」
「ぶっ!」
ログが吹き出した。
「親父!」
「はははは!」
「父さん、酔ってたの⁉︎」
「……少しだ」
「どっちなんだよ!」
「あっはっはっは!」
母さんの笑い声につられて、みんなが笑う。
ガオンも。
ログも。
ロゼも。
ロナーさんも。
俺も。
「はははっ……!」
なんだ。
そうか。
別に。
今すぐ答えを出さなくていいんだ。
「……ありがとうございます」
「……ん?」
「俺……すぐに向き合えるかは、まだ分からないけど」
それでも。
「いっぱい迷います」
「…………」
「迷って、考えて……ちゃんと向き合います」
「……そうか」
お父さんは、それ以上何も言わなかった。
ただ静かに杯を傾けた。
俺も残っていたたい焼きを一口齧る。
甘い。
さっきより。
なんだか少しだけ、味が分かる気がした。
――向き合わなきゃ。
ずっと、そう思っていた。
だから。
早く答えを出さなきゃいけないと思っていた。
でも。
急ぐ必要なんてなかったんだ。
分からないなら。
分からないまま、考えればいい。
迷っていい。
(セブランさん)
俺。
いっぱい迷うよ。
迷って。
迷って。
その先で――。
ちゃんと、俺の答えを出すよ。




